119 直接対決延長戦5


 フィリップがフレドリクたちと戦闘を開始する直前……


「そう緊張しなくてもよろしくてよ。あなたとは、一度しっかりと話をしたかっただけですわ」


 氷の壁の逆側では、エステルは妖しい笑みを浮かべてルイーゼに声を掛けた。

 これはエステルのお願い。昨夜フィリップは、エステルからルイーゼと2人きりで話をしたいと頼まれていたから叶えてあげたのだ。


 その方法とは、フィリップのハリネズミのような氷魔法でフレドリクたちとルイーゼを分断し、天井付近まで伸ばしたツララで影を作った。

 ここまでお膳立てすれば、エステルの出番。ツララの影はルイーゼの影と重ねていたから、エステルが影を操るだけで滑るように引っ張れたのだ。

 あとはフィリップが分厚い壁を作ってくれたからゆっくりと話ができるので、エステルはルイーゼにテーブル席に着くように促している。


「本当にお話だけですか?」

「そう言ってますでしょう。野蛮なことは男共に任せて、わたくしたちはお茶をしますわよ。カイサ、オーセ。準備しなさい」

「「は……はい!」」


 ヒロインとライバルが対峙しているので、カイサとオーセはドキドキして見ていたけど、エステルに呼ばれたので急いで準備。茶菓子と紅茶を入れて、毒味までやらされていた。


「何もないでしょう? 安心して座りなさい」

「はい……」


 ここまでやられて、やっと席に着くルイーゼ。苦手意識が強いのと、エステルの目はいつ見ても怖いらしい。


「では、お茶会を開始しましょう」


 エステルはニッコリ笑ったつもりで、紅茶を静かに飲む。遅れてルイーゼも紅茶に口を付けたが、ズズズーっと大きな音を出した。


「す、すみません!」

「いいのですわ。いまはマナーなんて気にすることなくてよ」


 エステルに睨まれたと感じたルイーゼは、早くも謝罪。カイサとオーセも「マナーがなってない」と顔に書いているので、ルイーゼはそちらにもペコリと頭を下げた。


「帝都学院を卒業して、もう9年も経ちますわよね。当家に来た時も成長が感じられなかったですが、マナーの練習はしませんでしたの?」

「したのですが……」

「まったく上手くならなかったのですわね」

「え?」

「その上、フレドリク殿下からも必要ないと言われたのではありませんこと?」

「そうです……でも、どうして知ってるのですか?」


 言いたいことをエステルが当てているのでは、ルイーゼも不思議がっている。


「陛下いわく、そういう設定らしいですわよ。できないことは、あなたのせいではなく、この世界が悪いのですわ」

「せ、世界……ですか?」

「そうですわ。あなたも悩んでいたのでしょうね。あなたは悪くないのですわ。この世界が、分不相応の地位を与えて、それなのに努力を禁じているから悪いのですわ」

「うっ……うぅぅ……うわ~~~ん」


 エステルの言葉が腑に落ちすぎて大泣きするルイーゼ。これまでの行為は自分のせいではないと教えてくれる人に初めて出会ったのだから仕方がない。

 ルイーゼはエステルに心を許して、これまでの悩みを話すのであった……


「これって精神攻撃?」

「だね。さすが悪役令嬢」


 ただし、ゴシップ好きのカイサとオーセには、エステルが凄い攻撃をしていると思われて陰口を叩かれるのであったとさ。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 時は少し戻り、フィリップがあおってフレドリクたちが激怒した直後……フレドリクが剣を抜くと同時に、カイも大剣を抜きながら前に出た。


「俺にやらせてくれ。すぐに終わらせる」

「しかし、フィリップはこんな魔法を隠していたのだぞ。1人で大丈夫か?」

「ここまでの規模は、そうポンポン使える魔法じゃないだろ? 接近戦に持ち込めば余裕だ」

「そうか……でも、気を付けろよ」

「ああ!」


 フレドリクから許可を得たカイは、氷の壁を背にするフィリップに近付いた。


「全部聞こえてるよ~? タイマンなんて面白くないから、全員でかかって来てよ~」

「ぬかせ。俺に一太刀も浴びせられずに大怪我したのを忘れたのか?」

「忘れたって言ってんじゃん。三下」

「ならば思い出させてやる!! ぎゃっ!?」


 フィリップの挑発に乗ってカイが走り出した瞬間、すってんころりん。カイは受け身も取れずに背中から倒れなので、後頭部を押さえて転がってる。


「アハハ。バッカだな~。そんな無駄口叩いてるから、足下がおろそかになるんだよ」


 これはたいした攻撃ではない。フィリップが氷魔法でカイの足下を凍らせていたから滑ってこけただけなのだ。


「貴様~!」

「プププ。すり足してる……おっそ。アハハハハハ」


 なので、カイはすり足で前進。間合いまで遠かったこともあり、到着までけっこう時間があるから無様すぎて、フィリップは笑いがこらえきれない。


「その余裕が仇になるんだ!」


 足下が普通の床に変わった瞬間、カイはジャンプからの斬り付け。フィリップの肩口を正確に捉えた。


「なっ……」


 しかし、その剣はフィリップに優しく受け止められる。サビた剣を当たった瞬間に素早く引いて力を吸収し、そっと切っ先を床に置いたのだ。


「さっきは覚えてないとか言ったけど、本当は覚えてるよ。カイの攻撃が弱すぎるから、自分で傷付けて大怪我したフリをしたんだからね。これで実力差もわかってくれたかな~?」

「ふ、ふざけるな!! がはっ!?」


 実力差に納得いかないカイは無防備に大剣を振り上げたので、フィリップに蹴られて吹っ飛んで行った。


「さあ、盛り上がって来たね~? 兄貴たちが倒れるのが先か、えっちゃんが聖女ちゃんを殺すのが先か、どっちが早いかな~?? アハハハハハハ」


 フレドリクたちに緊張が走るなか、フィリップの笑い声が響くのであった……

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