089 皇帝の訪問2


 メイドに案内され、先に応接室でイチャイチャお茶をしているフレドリク皇帝とルイーゼ皇后の元へ、ホーコンとエステルが入室する。

 フレドリクはエステルの顔を見たくないようだけど、今回の訪問の目的はおねだりなので、そのことには触れずにできるだけ視線を外している。


 遅れてやって来た2人が許可を得てフレドリクたちの対面に座ると、まずは当たり障りのない会話から始まる。


「先日送ってくれた馬車、アレは嘘みたいに乗り心地がよかったぞ。長旅で体の痛みがないなんて初めての経験だ」

「お気に召してくれて幸いです。なんでしたら、もう数台お送りしましょうか?」

「いいのか? いや、しかし……」


 一瞬嬉しそうに腰を浮かしたフレドリクだったが、これから大変なお願いがあるのだから言い淀んでいる。

 そこにエステルが助け船を出す。


「お父様、陛下はすぐに欲しいのですわよ。つい先日納品された馬車なら、まだ一度も使ってないのですからちょうどいいのではなくて?」

「おお! そうだったな。通常のと野営用が届いたばかりだった。2台ともお持ち帰りください」

「陛下、野営用は凄いのですわ。ずっと寝転んだまま移動ができるのですよ。もちろん揺れはほとんど感じませんから、眠っていても気になりませんのよ」

「どちらもプレゼントですから、お気になさらず」

「あ、ああ……」


 いや、ほとんどセールストーク。無理矢理に近い形で押し付けられたからには、フレドリクも受け取らざるを得なかった。

 しかし、これは悪いきっかけではない。どの領地も財政難なのに、これほどの高級品をポンッとくれるのだから多少の融通は利くとフレドリクも計算し、軽く咳払いしてから切り出す。


「それでなんだが……今日ここに来たのは、頼みがあって来たのだ」

「頼み、ですか?」

「そうだ……麦を譲ってくれないか??」


 フィリップから聞いていた要求が早くも来たので、ホーコンたちは笑いそうに……というより、この要求を早く引き出そうと馬車の話をしていたのだから、腹の中では大笑いだ。


「麦と言われましても、先日、全て売ってしまったと返答したしだいなのですが……」

「いや、まだあるはずだ。それを、無償で譲ってほしい」

「まだあるとは……兵糧のことですか!? それもタダで!?」


 ホーコンはいま気付いたみたいに演技しているので、エステルは横を向いて笑いをこらえている。


「いまは手持ちがないのだ。代金は来年……いや、再来年には必ず払う。どうか、頼めないだろうか?」

「辺境伯様……どうか、帝国の民のためにお願いします!!」


 フレドリクがお願いすると、ルイーゼが会話に入って頭を下げる。そして遅れてフレドリクも頭を下げたので、ホーコンとエステルはこのチャンスに顔を見合わせてニヤリ。

 ただ、長い間笑っているわけにもいかないので、お互い真面目な顔になったのを確認したら、エステルが声を出す。


「陛下も皇后様も頭をお上げください」


 2人が元の体勢に戻ると、エステルはフレドリクの顔を見ながら喋る。


「ここは帝国……陛下の国ですわ。何も頭を下げなくとも、ただ命令すればいいのですわ」

「いや、しかし……」

「わたくしどもは家臣なのですから、陛下を助けることは当然ですわ。麦もタダで提供させていただきますわ。そうですわよね? お父様」

「うむ。陛下が形振なりふり構わずここまでしているのだ。それほどの危機なら、我々が助けず誰が助ける。私が近くの領からも麦を集めて進ぜよう!」

「エステル……辺境伯……」

「ありがとうございます。ありがとうございます!」


 ホーコンの名ゼリフが決まると、フレドリクは感動の顔。ルイーゼは立ち上がって何度も頭を下げるので、エステルはまた横を向いて笑いを我慢。

 麦がどれだけ集められるかは、事前に派閥からも確認が終わっていたので、その数字より低目を提出。ホーコンはアドリブで、派閥が予定より多くの麦を送ってくれたと美味しいところを残してあげたみたいだ。



 麦の話が終わると、和やかにティータイムに入ってもいいはずなのに、いまだフレドリクとルイーゼは緊張したままなので、ホーコンはわかっているクセに心配そうに質問する。


「どうかなさりましたか? 顔色も悪いようですが……長旅で疲れているのでしょう。近くの宿を貸し切りにしていますので、今日のところはもうお休みになってください」

「い、いや。大丈夫だ」


 フレドリクはルイーゼを見て同時に頷くと、揃って頭を下げた。


「金も貸して欲しいのだ!」

「お願いします!」

「ええぇぇ!?」


 これほど大量の麦を巻きあげられた上に、金まで要求されたと驚きの演技をするホーコン。その演技が雑になっていたからエステルは吹き出しそうになって横を向いたが、すぐに立て直した。


「しょ、少々お待ちくださいませ。お父様、こちらへ」

「あ、ああ……少しお待ちください」


 2人は限界。応接室から出て、ダッシュで一番端の部屋に駆け込んだら、涙を拭いながら大笑いしてる。


「ハァハァ……ここまで殿下の読み通りだと、演技も難しいぞ」

「本当に……殿下の苦労が、いま初めてわかりましたわ」

「苦労??」

「なんでもないですわ。それよりストーリーから外れてしまいましたので、修正しましょう。ここは嫌そうな姿を見せるとなっていたのですから、席を外してもプレッシャーは与えられますわよね?」

「ああ。そうだな。いくら出せるか調べていたことにしようか」

「では、行きましょうか」


 笑いが我慢できなかったせいで修正が余儀なくされたが、落ち着くとエステルから部屋を出る。


「待った! もうひと笑いさせてくれ。クックックッ」

「もう! 笑いは移るのですわよ。フフフフフ」


 しかし、ホーコンが腕を掴んで笑ったせいで、エステルまで笑いが再燃してしばらく動けない2人であった。

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