088 皇帝の来訪1


 フレドリク皇帝の手紙が届いた3日後、一際豪華な馬車や騎馬の集団、何台も連なる馬車がダンマーク辺境伯領を我が物顔で走っていた。

 この大隊は、フレドリクを乗せた馬車を守る近衛騎士の集団。早馬で手紙を送ったと同時に大隊も出発していたから、こんなに早く到着したのだ。


 辺境伯領では皇帝来訪の知らせを民にしていたので、通るであろう道には誰1人いない。しかし農地はすぐ近くなので、そこで働く民には馬車の集団を見たらひざまずくように教育してある。

 ただし、奴隷制度廃止のせいで被害を受けた民も多くいるので、馬車が通り過ぎる際には睨んでいる者が多かった。というか、フィリップがたまに農業を手伝う時に「皇帝が悪い」と吹き込んでいたらしい……


「わあ~。農地ばかりだね。アレは何を作ってるんだろう?」


 そんな状態なのにルイーゼ皇后はのん気なモノ。フレドリクは民の視線には気付いているけど、ルイーゼが楽しそうにしているので気にならないらしい。


「カブかイモだろうな。あとで辺境伯に頼んで採れたてを食べさせてもらおうか」

「うん! 楽しみだな~」


 新婚旅行かってぐらいのん気に馬車が進むと、お昼前に辺境伯邸に到着。辺境伯邸の玄関の前には、ホーコンを筆頭に、家族、親類、従者がずらっと整列してお辞儀をして待っていた。

 その前で止まった馬車から、フレドリクが先に顔を見せ、遅れて出て来たルイーゼが手を取って降りる。その光景をエステルはチラッと見て「ルイーゼから降りろや! 女王のつもりなんか!!」とか思ったらしい。


 フレドリクたちは手を握ったままホーコンの前まで進み、声を掛ける。


「出迎えご苦労。おもてを上げよ」

「ははっ! 皇帝陛下、並びに皇后様にあらせましては、長旅ご苦労様でございます」


 フレドリクからの許可が出ると、ホーコンから順に、家族、親類、従者と面を上げた。


「以前、宰相が出向いた時には寝込んでいたと聞いたが、もう体は大丈夫なのか?」

「はっ。運悪く、過労と風邪を繰り返してしまいなかなか起きれませんでしたが、夏頃には完全回復しております。陛下からの登城のめい、何度も破ったことをここにお詫びします」

「そのことはもうよい。辺境伯が元気でいることこそが、私への最大の忠義だ。民のため、今までよく働いてくれた」

「ははっ!! そのお言葉、幸福の至りでございます」


 ひとまずホーコンの大袈裟な挨拶が終わったら、フレドリクたちを中に通して歓迎の宴。食堂ではフレドリクたちは上座に座り、辺境伯家族と豪華な食事をしている。


「凄いな……昨今では、城でもここまで豪華な食事は出ないぞ。それに、どれも美味しいな」

「ご謙遜を。我が家の料理人が宮廷料理人に勝てるわけがございません」

「いや……そうか。食材のせいか。どの食材も味がしっかりしているから美味しいのだな。その味を活かす料理人の腕も素晴らしい。いい料理人を持ったな」

「そのお言葉、料理人とこれらの食材を育てた農家の者に、届けさせていただきます。きっと、何代も受け継がれるほまれとなることでしょう」


 ここでもホーコンは、顔に似合わず丁寧な返し。そのお陰で会食は無難に進んでいるのだが、残念ながらそれを邪魔する者がいる。


「エステル……ルイーゼのことをそう睨まないでやってくれないか?」


 エステルだ。


「す、すみません。私のマナーが悪かったです……」


 いや、ルイーゼだ。食事が始まってから、ずっとガチャガチャやっていたから誰もがそこに目が行っていたのだ。それなのに、今までエステルをいないものとしていたフレドリクは、何故かエステルだけをやり玉にあげている。


「失礼ながら、わたくしは皇后様を睨んでいませんことよ。先日、ある殿方から教えていただいたのですが、どうやらわたくし、目付きが悪いみたいですの」


 エステルの発言で周りは吹き出しそうになったので、フレドリクも不思議そうにしている。


「昔から皆様、怯えた顔ですぐに謝って来ると不思議に思っていたのですが、このせいだったのですわ。できればこのことを子供の頃に聞かされていたら、こんな目付きの悪い女にならずにすんだとショックを受けて寝込んだほどですわ」

「ブッ……あはははは」


 エステルの冗談に、まさかのルイーゼが大笑い。


「わはははは」

「「「「「あはははは」」」」」


 それに釣られてホーコン、家族、親類、従者が続いて笑ってしまった。フレドリクは呆気に取られているだけ。エステルはそこまで笑われることを言ってないと、ちょっとイラッとしてる。


「あははははははは……あっ! すみません」


 皆の笑いが止まってもしばらくルイーゼは1人で笑い続けていたので、フレドリク以外の全員から冷めた目で見られていたから、ルイーゼも恥ずかしくなって謝ってしまった。


「あのその……そのことを知っていたら、学院時代もエステル様と仲良くなれたかな~と思って……」

「皇后様……家臣の娘に敬称など付けてはなりませんことよ。エステルとお呼びくださいませ」

「いや、その……」


 エステルに睨まれているように感じたルイーゼは、なかなか呼び捨てにできないのでフレドリクを見た。


「呼び方なんてなんでもいいだろう。それより、このカブはさっきの畑の物じゃないか?」

「そうかもしれませんね!」


 すると、フレドリクは話を変えてルイーゼを助ける。それからはまたエステルを一切見なくなり、フレドリクはルイーゼとの世界に没頭するのであった。



「エステル! 大丈夫か!?」


 食事会が終わり、フレドリクたちが食堂から退出するのをお辞儀をして見送ったエステルが崩れ落ちると、ホーコンが間一髪、体を支えた。


「だ、大丈夫ですわ。少し緊張が緩んだだけですわ」

「そ、そうか。でも、無理するな。お父さんだけでも、このあとのことはなんとかなるんだぞ」

「いいえ。わたくしを侮辱した者が頭を下げるのですのよ。それを見ないまま死ねませんわ。さあ、行きますわよ!」

「エステル……」


 こうしてエステルは死を覚悟して、別室に移動するのであっ……


「お前はまだまだ死なないぞ?」


 心配していたホーコンも、娘が何を言っているかわからないのであったとさ。

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