087 一通の手紙


 12月初め……


 ダンマーク辺境伯領では冬に入ってから、ハルム王国から奪った麦を使って各地に元奴隷の救助部隊を送っていた。この頃にはダンマーク辺境伯領では定員をかなりオーバーしていたから、派閥の領地の出番。

 元より予定していたことなので、連れて帰って来た元奴隷は派閥の領地に割り振られ、これまでの苦労が嘘のような好待遇で迎えられた。でも、今までが酷かっただけで、普通の暮らしだ。


 それらの報告は事細かく辺境伯邸に届けられ、ホーコンはフィリップの耳に入れていたけど、あまり聞くきなし。フィリップは昼に出掛けて夕方に帰る日々を送っていた。

 夜遊びはエステルが怪しむから、最近は昼に遊んでるんだって。


 そうしていつものように帰ったら、玄関にはウッラが仁王立ちで立っていた。


「クンクンクンクン……」

「な、なに? なんでにおい嗅いでるの??」

「クンクン……お嬢様から仰せつかっていますので……土のにおい??」

「うん。ちょっと散歩してたら、イモの収穫してたから手伝って来たの。こ~んな大きなイモもあったんだよ~?」

「ウソはなさそうですね……」


 ウッラは信じているけど、本当は大ウソ。こんなこともあろうかと、フィリップは娼館で楽しんでから、アイテムボックスに入れていた少し汚れた上着に着替えて帰って来たのだ。


「そんなことより!!」

「へ? 浮気チェックより大事なことあったの??」

「旦那様とお嬢様がお呼びです! すぐに来るようにと言われていたのですよ!!」

「うん。やっぱり浮気チェックいらなくない??」

「行きますよ~~~!!」

「歩けるから~~~……」


 というわけで、急に慌て出したウッラに担がれたフィリップは、執務室に雑に放り込まれるのであった。



「なんか暗いね~……えっちゃん大丈夫?」


 ホーコンもエステルもテンションが低かったからフィリップも気になったが、エステルは暗いどころか青い顔をしていたので、フィリップは上着を脱ぎながらエステルの隣に座った。


「え、ええ……」

「ぜんぜん大丈夫じゃないじゃん。辺境伯、何があったの?」


 エステルでは話にならないと思ったフィリップは、手を握りながらホーコンを見た。


「皇帝陛下から手紙が届いたのです」

「兄貴から? 何かえっちゃんを悲しませること言ってたの!?」


 エステルがこんな状態になっているから、フィリップも声が大きくなってしまった。


「いえ、皇后様と一緒にうちに遊びに来るそうです」

「なんだと~~~!? ……へ? もう一回言ってくれる??」

「ですから、陛下は皇后様とうちに遊びに来るとだけ書かれていまして……」

「なるほど……」


 フィリップ、早とちり。勢い余ってキレてしまったが、めちゃくちゃたいしたことがなかったので、軌道修正に頭を働かせている。


「あの2人に会うの、やっぱり怖いよね。でも、大丈夫。僕がいるから。それに、あの2人はえっちゃんを傷付けるために来るわけじゃないからね」


 フィリップがエステルの背中をさすって元気付けていたら、その話を聞いていたホーコンから質問が来る。


「陛下の来訪は、何か目的があってのことですか……」

「うん。目的を書かないなんて、ズルいよね~?」

「ということは……麦ですか?」

「麦だけじゃないよ。お金も催促するはずだ」

「ほお~……」


 フィリップの予想に、ホーコンはさもありなんと額に怒りマークを浮かべているが、フィリップはエステルをかまう。


「ヤツら、遊びに来るは建前なの。ここから麦とお金を毟り取ろうとしているの。ま、あの2人のことだから、お願いして来るはずだよ。そこをね。えっちゃんがね……」


 フィリップが励ますようにエステルに策を与えていると……


「オ~ッホッホッホッホッホッホ~」


 完全復活。エステルは急に立ち上がって悪い顔で笑い出した。


「ちょっとやりすぎた??」

「はあ……娘は悪魔にでも魂を売り渡したのでしょうか……」


 その顔は怖すぎて、今度はフィリップとホーコンが抱き合って震えるのであったとさ。



 それから悪魔の雄叫びのようなエステルの笑いが止まったら、全員気持ちを落ち着かせるためにティータイム。これからの話に戻る。


「念のため確認だけど、無理にえっちゃんが兄貴たちと会わなくていいんだからね?」

「こんな面白いこと、誰にも譲りませんことよ!」

「そ、そうなんだ……念のため確認だけど、殺したらダメだからね??」

「「……」」

「なんで2人とも僕と目を合わせてくれないの!?」


 フィリップが確認を取ると、ホーコンまで飛んで火に入る夏の虫って顔で「それもアリかも?」と考えていたので、焦って忠告する。


「兄貴、ああ見えてレベルが50もあるから、絶対にケンカしちゃダメ。返り討ちにあうからね?」

「え……」

「それは本当ですの?」

「うん。物語通りなら……聖女ちゃんはえっちゃんと同じくらいだけど、聖魔法が半端ないから。仮に兄貴の腕が取れたとしてもすぐにくっつけちゃうからね。あの2人が揃っている時は、絶対にケンカしないで。僕はその場にいないんだからね」


 主人公補正のある2人の強さを説明して、ケンカ禁止を約束させていたら、エステルは気になることを質問する。


「殿下が手を下せばよろしくなくて?」

「僕に兄貴を殺せと??」

「いえ、失言でしたわ」


 フィリップが人が死ぬのを嫌うことを知っているエステルはすぐに謝罪すると、フィリップは笑顔を見せる。


「いま兄貴たちがいなくなると、帝都周辺の人はほとんど餓死しちゃうよ。というか、それぐらいの決意を持って帝国人がここに押し寄せるから、勝ち目は薄いかな~?」

「「あ……」」


 まだ作戦は道半ば。いまだにフレデリクとルイーゼのファンは半分以上はいるとフィリップは予想しているので、暗殺は最悪の手段と2人もわかってくれた。


「あ、そうそう。兄貴が来るんだったら、しばらく僕はここから離れておくよ」


 この発言には、エステルが納得いかない。


「さっき、僕がいると言ってたじゃないですか!? それなのに、殿下はわたくしと一緒にいてくれないですの!?」

「心は一緒じゃダメ??」

「ダメですわ!!」


 心の支えを失ったとエステルが泣き付くので、フィリップは誠心誠意、どこに行くかを説明し、ホーコンにも説得を手伝ってもらい、なんとか納得してもらうのであった。

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