086 皇帝の決意


 帝都、冬……フレドリク皇帝たちは、毎日食糧の確保で忙しくしていた。


 最近では冬でも育つ農作物が流通して収入を得てはいるが、主食である麦は遠方から購入しなくてはいけないから焼け石に水。商人から足下を見られ、例年より4倍もの高値で売り付けられているから、国庫からの支出も止まらないのだ。


「クソッ! どいつもこいつも値下げ交渉に応じない!!」


 いつもの会議の際には、カイ・リンドホルム近衛騎士長は怒鳴りながら執務室に入って来た。これは、強面のカイなら、商人もビビって要求に応じるかと思っての策。

 しかし商人だって、その程度の修羅場は潜って来たのだから、元々が高かっただとか、移動費がこんなにかかっただとか、盗賊対策の護衛が高いだとか反撃して言い負かしているのだ。

 というより、他にも買い手がいると言われては何も言えなくなっているから、カイはフレドリクたちに愚痴っているのだ。


「なあ? あいつらの麦を召し上げる法律とか作れないのか??」


 なので、こちらも最終手段。国の力で対抗したいらしいが、フレドリクは首を横に振る。


「そんなことをすると、商人が帝都から出て行ってしまう。出て行くだけならまだいいが、麦を売りに来る商人がいなくなってしまうんだ」

「くっ……」

「来年の春……大麦の収穫までの辛抱だ」


 手詰まり。実際問題、帝都に流れて来る麦は、ほとんどダンマーク辺境伯領周辺の物で、商人は一番高値で買い取ってくれる帝都に運んでいるのだから、無碍むげにはできない。

 それをきつく当たると、他にも麦を欲しがっている領地は多々あるのだから、全てそこに運んで帝都には一粒だって入って来ない事態になってしまうのだ。


 いきり立っていたカイもフレドリクに諭されると、今度はヨーセフ・リンデグレーン宰相が最悪の報告を付け加える。


「しかしこのペースで国庫から支出していると、来年の春まで持たないかもしれません。さらに物価が高騰するとなると、確実に……」

「もうか? もう、そこまで来ているのか……他の支出を減らせるところは減らそう」

「いますぐ減らせる支出となると、新年の祝賀会ぐらいしか思い付きませんね」

「うむ……今回は取りやめよう。他にも何か思い付くことはないか?」


 ひとまず急場しのぎだが、国の支出の見直し。式典や祭りなんかは全て取りやめ、公僕の給料や軍事費にも踏み込む。

 ただ、給料を減らすとこの物価高では死ねと言っているような物なので、軍の装備の新調を取りやめ、馬を少し減らすことで話がまとまった。


 だが、それだけではさらなる物価高には耐えられないので、フレドリクは次なる策にモンス・サンドバリ神殿長を頼る。


「いちおう聞くけど、ここ最近のお布施って、どうなってる?」


 いや、信者のお金に手を付けようとしている。


「残念ながら、炊き出しと子供たちに全て使っているのでありません」

「だよな~……いやいや。欲しいとかじゃなくて、羽振りのいい場所はないかと聞きたかったのだ」


 いや、ゴメン。話の流れ的に神殿から巻き上げようとしているのかと思ったが、フレドリクには何か狙いがあるらしい。ちょっと心の声が漏れていたけど……


「羽振りがいいと言えば、あそこしかありません……」

「ダンマーク辺境伯か……」


 ただし、そこはエステルの巣窟なので、全員嫌そうな顔になっている。エステルは盗賊や悪党ではなく貴族の令嬢なのに、巣窟って……


「それを知ってどうするつもりなのですか?」


 モンスの問いに、フレドリクは嫌そうに応える。


「金を融通してもらえないかと思ってな」

「「「エステルから借金~~~??」」」

「言いたいことはわかる。しかし、背に腹はかえられない。それに、あそこには、まだまだ麦があるはずだ」

「あ……兵糧……」


 カイの呟きに、フレドリクは指を鳴らす。


「それだ。フィリップのおかげかどうか真偽の程はわからないが、二度も軍を押し返したのだ。2ヶ国とも警戒して攻めることはしないだろう。ましては今は冬……間違いなく戦は起こらない」

「「「おお~」」」


 苦肉の策だがフレドリクの言葉は正しいので、イケメン4からも感嘆の声が漏れる。ただし、問題はエステル。それもあるが、もうひとつあるので、モンスとヨーセフは不安な声を出す。


「辺境伯は陛下を避けているようでしたが、大丈夫でしょうか?」

「それに私が行った時には、かなり体調が悪そうでしたよ?」

「大丈夫だ。私みずから出向く。それならば、会わないわけにはいかないだろう」

「「「陛下……」」」


 何故か感動しているイケメン4。たぶん、エステルの巣窟には送り出したくないのだろう。


「私がいない間、皆には帝都を守ってほしい。頼んだからな」

「「「はっ!」」」


 こうしてフレドリクは、イケメン4に死地に送り出されるか如く、抱き合って会議が終わるのであった。



 その夜……


「フックン……元気がないけど大丈夫?」


 皇帝の愛の巣では、フレドリクがベッドに寝転んだまま天井を眺めていたので、ルイーゼ皇后は心配していた。


「数日後、ダンマーク辺境伯領に旅立つんだ……」

「えっと……何を思い詰めているのかな?」


 さすがにルイーゼも、ちょっと遠出するだけでフレドリクのテンションが低い理由がわからない。


「エステルに頭を下げると思うと、少しな………」


 ここで金策と麦を手に入れるために向かうと聞いたルイーゼは、ベッドの上だというのに立ちあがった。


「だったら、私もついて行くよ! 私ならいくらでも頭を下げられるから、任せて!!」

「ルイーゼ……君にそこまでさせられない。一緒に来てくれるだけで、私は勇気が持てる。ありがとうルイーゼ~!」

「フック~ン!」


 こうしてフレドリクとルイーゼは抱き合いながら、エステルとの対決を決意するのであった。


 お金と食糧を融通してもらえないかとお願いしに行くだけなのに……

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