090 皇帝の訪問3


「ここは皇帝陛下の国……ただ命令してくれさえすれば、わたくしどもはいくらでも用意しますわ」

「そうか! 感謝する!!」

「ありがとうございます! これで多くの民が救えます!!」


 笑いを収めて応接室に戻ったエステルは、フィリップの描いた作戦のレールに戻したら、フレドリク皇帝もルイーゼ皇后も笑顔。抱き合って喜んでいる。エステルとホーコンは笑いそうになるから、早く話を進める。

 かといって、ダンマーク辺境伯領の財政は無限ではない。他領にまで金を要求することはフレドリクの名を汚し兼ねないので、ここはホーコンがギリギリまで出して、足りなくなったら他領から借りることにしていた。


 ここまでされては、ホーコンの評価は爆上げ。エステルはちょい上げ……嫌いなものは嫌いみたい。

 フレドリクは勅令書をこの場で書き、数字だけはまだ決定していないのであとからホーコンが書き足せるようにして、その用紙に笑顔でサインしたのであった。



 それからは、フレドリクたちは機嫌よく世間話。ホーコンをめちゃくちゃ褒めて、エステルは少しだけ。自分の苦労話もしていたら夕食の時間になったので、そのままディナーに突入。

 酒も入り、上機嫌で本日の宿屋に帰って行ったのであった。


「なんだか拍子抜けだな……」

「ええ。こんな用紙にサインするなんて、どうかしてますわ。あの頃の陛下は、本当にどこに行ったのでしょう……」


 フィリップの作戦が上手く嵌まりすぎて、フレドリクが少し心配になるホーコンとエステルであった。


 その夜……


「フフフフフ。あの2人に頭を下げさせてやりましたわ! ざまぁみろですわ! オ~ッホッホッホッホッホ~」


 エステルの笑い声が辺境伯邸に響き渡り、何人かは悪魔でも出たのかと跳び起きたのであったとさ。



 それから2日間、麦が届くまでフレドリクたちはダンマーク辺境伯領を視察。その見張りとして辺境伯夫婦が張り付き、エステルが各種事務仕事。どちらもあまり顔を見たくないからの配慮だ。

 フレドリクたちは帝都より遥かに活気のあるダンマーク辺境伯領を見て驚きの連続だったので質問が多かったが、ホーコンが無難に答えていた。


 領民と話す場合は、ホーコンが失礼がないようにフレドリクたちを紹介していたけど、元奴隷はフレドリクたちと話す時には、明らかに顔が曇っていた。

 いちおうその場ではホーコンが怒っていたけど、そのあとに連れて来ていた従者がフォロー。アレはパフォーマンスで、実は褒めているとか言いくるめていた。


 その間に、エステルは派閥から届いた麦の集計や、新型馬車の手入れの指示。フレドリクの連れて来ていた馬車には、次々と麦とお金が積み込まれていた。



 あっと言う間に2日が過ぎると、ホーコンたちは朝からフレドリクの泊まっていた宿屋に出向き、別れの挨拶をしていた。


「世話になったな。ここへ来れて、今までの疲れが吹き飛んだ気分だ」

「ははっ! 陛下、並びに皇后様が楽しんでくれただけで、感無量でございます」

「そうか。それと、麦と金……感謝する。必ず帝国がより良い方向に向かうように使わせてもらう。この借りは、必ず返すからな」

「ははっ! もったいないお言葉。家臣として当然のことをしたまででございます」

「何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれ」


 フレドリクの社交辞令の挨拶に、ホーコンは初めて頼み事をする。


「恐れながら!」

「どうした? 言ってみよ」

「娘の無期限の蟄居ちっきょの件……いつまで領地に留めておけばよろしいのでしょうか? 先日、気のある男に海に誘われたらしいのですが、断らざるを得なかったので、かわいそうでかわいそうで……」

「蟄居……」


 フレドリクは少し考えて笑顔を見せる。


「そうだったな。もう8年にもなるか……自由にしていいぞ。これは、借りを返すとかではない。罪は償い終わっただけだ。辺境伯……これからも、帝国のため励んでくれ」

「ははっ!」


 こうしてフレドリクたちは、笑顔で馬車に乗り込んで帰って行くのであった。


「あの顔、完全に蟄居の件は忘れていましたわね……」

「ああ……いきなり婚約破棄したことも謝罪がないとは、どこまでも我が家を馬鹿にしたヤツだ……麦の量と渡した金額、二桁ほど足してやれ」


 それとは違い、エステルとホーコンたちは、怒りの表情でフレドリクたちを見送ったのであった。





 ダンマーク辺境伯領を旅立ったフレドリクとルイーゼは、ベッド付き新型馬車で寝転びながら進んでいた。


「上手くいったね!」

「ああ! 最高の結果だ!!」


 大量の麦と大金を無償で手に入れたのだから、喜ばないわけがない。


「それにしてもこの馬車、乗って来た馬車より断然気持ちいいね」

「ああ。これなら子供も一緒に来れたかもな」

「本当に……そういえば私、まだ海を見たことなかったな~。今度、みんなで行こうよ」

「それはいいな。この危機が終わったら行くか。でも、その前に……」


 旅の約束をしたら、フレドリクはルイーゼを引き寄せる。


「ルイーゼ……愛してる」

「ん……フックン、私も愛してるよ」


 頼み事が上手くいったせいかこの馬車が悪いのか、周りも気にせず愛し始める2人であった……

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