082 辺境伯領の変化
「お疲れ様ですわ」
氷の雪だるま相手に激しい訓練をしていたフィリップが、息を絶え絶えヒザに両手をつけて動きが止まると、エステルが近付いた。
「ハァーハァー……きっつ。えっちゃんが見てるから、張り切りすぎちゃったよ」
「ウフフ。殿下でも、あのような顔をするのですわね。かっこよかったですわよ」
「そう? 努力してる姿なんて、かっこ悪いと思っていたよ」
「いいえ。いまにも抱きつきたい気持ちですわ。でも、汗がつきそうなので我慢していますの」
「しまったな~。タオルも渡しておくべきだった。そしたら、マネージャーみたいに拭いてもらえたのに」
エステルはマネージャーの言葉の意味はわかっていなかったが、フィリップが出したタオルを奪い取って優しく汗を拭う。
「これでよろしくて?」
「うん。でも、帰ったらシャワー浴びたいね。一緒に入らな~い??」
「もう……そこまではやりませんことよ」
「残念。アハハ。片付けするから、ちょっと待っててね」
エステルに断られたけど笑って流したフィリップは、出した氷は熱を加えて溶かし、証拠隠滅。ウトウトしていたウッラとエステルを、以前、馬車の試作品で作った手押し車に乗せて帰路に着くのであった。
「ウッラもダメか……」
「何か言いまして?」
「ううん。揺れは大丈夫??」
帰ってからウッラとお風呂に入ろうとしていたフィリップは、当てが外れるのであったとさ。
月日は流れ、夏……
ダンマーク辺境伯領では至るところで麦が揺れ、人々はこの光景に今年の豊作を期待して笑顔が溢れていた。
フィリップも変装して外へ出て、農地を視察しながらそこで働く元奴隷が笑顔で手を振っていたので振り返し、お昼になったらピクニック。レジャーシートを敷いてランチにする。
「ウフフ。凄い人気でしたわね」
「ん~? お姉ちゃんが美人だからじゃない??」
「全てエリクの物ですわよ。わたくしは関わり合いがないですもの」
「そうかな~?」
「そうですわ。時々外に出て、皆と一緒に汗を流していたと聞いてますわよ」
「暇潰しに農業してただけなんだけどね~」
フィリップとしては、エステルたちが相手にしてくれないから暇潰しをしていただけなので、人気の理由とは思っていない。なんだったら元奴隷とバカ話したり、かわいい女の子をお持ち帰りしていたから、本当にわからないらしい。
「ま、このまま行くと、予想より収穫量は多そうでよかったよ。天気だけは、誰も予想できないもんね~」
「エリクなら、天気も予想できそうで怖いですわ」
「衛星もないんじゃ無理だよ~……あ、でも、鳥が低く飛んでいたら、翌日は雨とか聞いたことあるかも?」
「衛星はよくわかりませんが、どうして鳥が低く飛ぶと雨が降りますの??」
「低気圧がどうちゃらこうちゃらって聞いたけど……覚えてないな。要は、雨の前の日は餌である虫が低く飛ぶから鳥も低く飛ぶらしいよ。伝承みたいなものだよ」
「ということは、虫が雨を降る日を当てるのですね……でも、虫は見えにくいから、鳥に目が行くと……もっと似たような話はないのですの?」
天気の話はエステルも興味津々となっていたので、フィリップはうろ覚えの知識を披露。
ただし、どれも必ず雨になるものではなかったので、毎日雲の動きを調べたほうがまだマシ的なことを言って、エステルを悩ませていた。上手くいけば天気は当てられるが、人件費が気になるらしい。
ランチを終えると馬車に乗って移動し、青空教室に顔を出したフィリップたち。ちょうど休憩時間だったらしく、フィリップは子供たちに囲まれて消えていた。
それから授業が始まったら、フィリップはカツラを押さえてフラフラとエステルの元へと戻って来た。
「どうしてそんなに人気でしたの?」
「前にオモチャを作ってあげたことがあるからかな~? それから、なんか作ってって絡まれるようになったの」
「そんなことで……わたくしなんて、誰も近付いて来なかったのですわよ……」
「アハハ。お姉ちゃんは怖いもん。もっと笑わなきゃ」
「笑っているつもりでしたのに……」
エステルの笑顔を見たフィリップは、「こわっ」とか思ったけど口には出せず。エステルが落ち込んでいるんだもん。
そうして宥めていたら、エステルも授業に目を持って行った。
「神殿の子供たちより勉強意欲がありますわね。殿下が何かしましたの?」
「特には……あ、ここの子って、ほとんど元奴隷の養子になったじゃない?」
「ええ。高い給金をいただいているからって、引き取ってくれましたわね。おかげで、余計な出費をしなくて助かってますわ」
「子供にはお金をかけたほうがいいってのは置いておいて……引き取ってくれたお母さんもお父さんも、識字率低いじゃない? だから、恩返しで君たちが教えてあげたら? って言ってみたの。そのせいかもね」
「そういえば……ここ最近、文字が読める人が急激に増えていましたわ! どうしてそれを先に言わないのですの!?」
「いや、僕も適当に言っただけだし~」
ここでもフィリップの適当作戦がズバリ嵌まっていたので、エステルとしては課題だった領地の識字率が上がると興奮気味。なので、他の町でも普及させようと、急いで辺境伯邸に戻るのであった。
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