三章 引きこもり皇子、働く

047 悩ましい報告


 帝都、秋……


 各地では麦の収穫が終わり、次々とフレドリク皇帝の元へと報告が届いていた。その収穫量は例年より多いので、フレドリクも満足気な顔でルイーゼ皇后やイケメン4と笑顔で過ごしていた。

 しかし、しばらくすると帝都に奴隷だった者がチラホラ現れ、日が経つに連れて増えて行き、止まる気配がない。


 何かがおかしいと感じたフレドリクは各地に兵士を派遣して、情報を吸い上げる。その情報に危機感を覚えたフレドリクは、ルイーゼとイケメン4を集めて会議を開いていた。


「……と、収穫が終わった途端、奴隷だった者がほとんど解雇されているらしいんだ」


 フレドリクの説明が終わると、カイ・リンドホルム近衛騎士長が机を叩いて立ち上がる。


「どうしてそうなるんだ! 来年の収穫はどうするつもりなんだ!!」


 その言葉に各々思うことがあるのか、雇用主や領主を非難している。だが、そんなことをするために集められたわけではないので、落ち着くとモンス・サンドバリ神殿長が手を上げた。


「神殿からも報告が……元奴隷が帝都に集まっている理由を聞いたところ、皇后様がいるかららしいのです」

「どういうことだ?」

「雇い主からは、聖女様なら救ってくれると吹き込まれたようで……」

「つまり、帝都に来れば、施しを受けられると信じて来てしまったのか……」


 フレドリクたちは、追い返す案は口に出さずに飲み込む。ルイーゼが心配そうに見ていたからだ。


「ひとまず、神殿で炊き出しを続けてくれないか?」

「もちろん続けますが、これ以上増えるとなると、食料も場所もまったく足りません」

「そうか……食料はしばらく備蓄を切り崩すとして、場所は……」


 フレドリクの悩みに、ヨーセフ・リンデグレーン宰相が答える。


「犯罪を犯した貴族の屋敷はどうですか?」

「そこなら充分な広さはあるな。雨風もしのげそうだ。手配しよう」


 こうして当面の方針が決まったフレドリクたちは忙しく動き、元奴隷を全て受け入れるのであった……



 元奴隷が続々と帝都に到着するなか、各地から違った情報が届いたので、フレドリクたちは会議を開いていた。


「各地の領地が荒れているらしい。理由は、元奴隷の押し付け合いだ。いざこざも起こっている場所もあるようだ」


 フレドリクの暗い説明に、ルイーゼが涙目で口走る。


「同じ人間なのに、どうしてケンカなんてするの……元奴隷のみんなも、行き場をなくしてかわいそう……」


 その涙に、一同、領主非難。特に怒っているのはカイだ。


「俺が行って黙らせてやる!」

「うむ……そうしてくれるか? それと、元奴隷の移動禁止も伝えてくれ。法律は作っておく」

「わかった!」


 カイが勢いよくドアに向かおうとしたその時、執事がドアを乱暴に開けて飛び込んで来た。


「何事だ!!」

「も、申し訳ございません!」


 そんな非礼、カイが許せないと詰め寄ったがフレドリクに止められていた。


「それで……急ぎの用件か?」

「はっ! ボローズ王国がダンマーク辺境伯領に攻め込んだとのことです!!」

「「「「なんだと~~~!!」」」」


 突然の戦争の知らせに、イケメン4は同時に立ち上がってしまった。


「辺境伯領といえば、いま一番安定している領地だな……」

「しかし、あのエステルが……」

「でも、来年の収穫もある……」

「兵を出さないわけにもいかないな……」


 立ったまま話し合うフレドリク、ヨーセフ、モンス、カイ。時々エステルの名前が出ているということは、何やら引っ掛かるらしい……

 その話し合いで考えがまとまったフレドリクは、席に戻った。


「辺境伯といえば、かなりの戦上手だと聞いている。周りの領主と連絡を取り合えば、1ヶ月や2ヶ月、持たせることができるのではないか? ならば、辺境伯が助けを求めてからでも遅くはないのではないか??」


 フレドリクの案に、カイは腕を組んで頷く。


「うむ……まだ敵兵の数もわかっていないのだから、こちらからどれぐらいの兵を送っていいのかもわからない。辺境伯からの情報を待ったほうが無難だな」

「ひとまず、辺境伯からの連絡待ちにするとして……カイは動けないな」

「ああ。内輪揉めの仲裁も大事だが、国境を面している領主はないがしろにできないからな。何もしないと思われては、領主たちが離れかねん」

「よし! どちらもすぐに動けるように準備だけはしておこう」

「「「おお!」」」


 冷静になれば、有能なフレドリクたち。城中を走り回り、各種準備に明け暮れるのであった。



 だがしかし、そんな準備は1日で終わる。


「「「はあ? 1日で終結しただと~~~!?」」」


 フレドリクから呼び出されたカイ、ヨーセフ、モンスは驚愕の表情。フレドリクもあまり信用していないのか、頭をポリポリ掻いている。


「間違いなく、辺境伯からの手紙なのだが……詳細な説明が何も書かれていないのだ。ただ、援軍は必要がないと、取り急ぎ伝えたかったみたいだ」

「それが本当ならば、それに越したことはないのだが……あのエステルがいるからな~」

「うむ。逆にボローズ王国に取り込まれている可能性は捨てきれない。いや、辺境伯からボローズ王国に擦り寄った可能性もある……もう少し様子を見てみよう」


 どうしてもエステルが引っ掛かるフレドリクたち。いや、この展開に疑念を持って裏切りの可能性を上げたのだから、やはりフレドリクたちは有能なのだろう。

 この日はそれだけで解散して、2日後……


「辺境伯から詳細な手紙が届いたのだが、どこから話をしたものか……」


 ルイーゼを含めた皆を集めたフレドリクは口が重いので、イケメン4は辺境伯ではなくエステルの裏切りを確信して頷いた。


「フィリップが話し合いで二万の兵を追い返したらしい……」

「「「「……え??」」」」

「だからな。フィリップが……」

「「「「ええぇぇ!?」」」」


 フィリップの名前が2回出て、ようやく驚く一同。国政にはまったく関わらず、ずっと引きこもりをしていたのだから到底信じられないのだろう。

 辺境伯の詳細な手紙を読み上げても、信じられないとけっこう酷いことを言っているけど、兄であるフレドリクまでウンウン頷いて悪口を言っているから止まらない。

 だがしかし、ルイーゼが口を開けばピタリと止まった。


「よかったじゃない! 誰1人死なずに平和的に解決したのだから、フィリップ君に感謝しようよ! それに、行方不明だったフィリップ君が見付かったんだよ? フックン……よかったね!!」

「う、うん……」


 今まで散々フィリップの悪口を言っていたのだから、フレドリクも少し気まずい。


「まぁ生きていてくれたのは、素直に喜ぼう。しかし、また旅に出てしまうとは……いったいあいつは何をしているんだろう」

「きっと世界を見て、フックンの役に立とうと勉強してるんだよ。帰って来た時には、皆で温かく迎え入れてあげよ?」

「そうだな。真偽の程は置いておいて、辺境伯領……ひいては帝国を守る行動をしてくれたのだ。皇族の自覚が芽生えたのかもしれない。皆も、何も言わず迎え入れてくれ」

「「「はっ!」」」

「うん!」


 こうしてルイーゼのおかげでフィリップの株が上がり、戦争という懸案事項は解決し、国内情勢に集中できるようになったフレドリクたちであった。



 それから数日後……


「各地からフィリップの武勇伝が続々と届くのだけど……どれが本当だと思う?」

「「「「う~~~ん……」」」」


 フィリップの蒔いた種が帝都に届いた頃には10倍以上に膨れ上がっていたので、真偽がますますわからなくなるフレドリクたちであったとさ。

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