048 荒れ地にて1
ダンマーク辺境伯領……
帝都と同じく元奴隷が続々と到着していたが、違う点はまったく混乱がないこと。準備していた家を与え、仕事を割り振り、当面の食料と金銭を渡された元奴隷は辺境伯に感謝して、恩を返そうと一生懸命働いている。
このようなことができるのは、第二皇子派閥に入った領地の力が大きい。前もって元奴隷を受け入れることのできる人数をまとめてあるので、一時待機して辺境伯領に送れるから、準備に余裕ができるのだ。
辺境伯領が定員いっぱいになるまではこの方々を続ける予定だが、フィリップの予想通り元奴隷がやって来る人数はそこまで多くない。
それにボローズ王国からの賠償金である麦も届いたからまだまだ余裕があるので、派閥の出番は来年以降になりそうだ。
そのことについて、派閥の者からフィリップに感謝の手紙も届いているようだが、フィリップは一切目を通していないらしい。読むの面倒なんだって。
サボっていると言うわけでなく、フィリップは暇潰しで農業に精を出しているからだ。
「奴隷ども~! 僕はダンマーク辺境伯の末子、エリク様だ! 貴様たちとは、天と地ほど位が違うのだ。恨むなら、貴族に生まれなかった自分たちを恨むのだな。従って、僕の命令には『イエッサー』以外の言葉は許さないぞ~!!」
いや、辺境伯の地位を使って、元奴隷をいびるのが楽しいらしい……
フィリップの前に集められた30人の元奴隷はと言うと、「ガキが偉そうに」とか「もう奴隷じゃねぇよ」とか心の中で思っているけど、奴隷根性のせいかホーコンへの恩のせいか、文句を言う者は誰1人いない。
「いいか奴隷ども。貴様たちの仕事は、ここから目に見える範囲の荒れ地を農地に変えることだ! それができないとメシが食えないと思え!!」
「「「「「えっ……」」」」」
「返事はイエッサーだ!」
「「「「「イ、イエッサー……」」」」」
フィリップからの超無茶振り。農業経験者が多いので、この広大な荒れ地を耕すなんて無謀にしか思えない。ごはんも食べれないなんて、奴隷より酷い扱いを受けるのではないかと心配にも感じている。
「まずは、この線の内側の石拾いだ!」
元奴隷が少々混乱している間に、フィリップは簡単な説明。道具も好きに使うように言って石拾いが始まる。
元奴隷はとりあえず石を拾い、リヤカーに運び、疲れたら軽く背伸び。すると、遠くにも同じように作業をしている集団がいることに気付いた。
よく見るとそちらには農業用の馬や牛がいたので、自分たちはとんでもない貧乏クジを引いたのではないかとコソコソ言っている。
そこに、馬の背に立った姿勢で乗っているフィリップの怒声が響く。
「貴様~! そこの大きい石を持ち上げようとしている貴様だ! 重たい物は無理して運ばなくていいと言っただろ! 聞いてなかったのか~~~!!」
その怒鳴り声に、元奴隷は一同首を傾げて作業を続けている。普段からできないことを無理矢理やらされて怒鳴られて生きて来たのだから、言ってる意味がわからないみたいだ。
そうして何度か似たような叱責を受けていたら、フィリップがまた馬に立って現れ、怒鳴り声が聞こえて来た。
「奴隷ども! 休憩だ! 集まれ~~~!!」
「「「「「イエッサー!!」」」」」
この命令はすぐにわかる命令だったので、元奴隷は駆け足。だが、全員集まったら、フィリップは説教。
「誰が走れと言ったんだ! そんなに急いだら休憩にならないだろ! 次回からは、歩いて来い奴隷ども!!」
「「「「「……」」」」」
「返事は!?」
「「「「「イエッサー!!」」」」」
「じゃあ、水を飲んで、僕がいいと言うまで休むんだ! もしも体調が悪い者がいたら言うんだぞ! その時、噓をついたら死刑にするからな! わかったか!?」
「「「「「イエッサー!!」」」」」
フィリップのことを「ちょっといい人かも?」と思った元奴隷であったが、死刑と聞いて背筋を正す。
しかし、そんな体勢では休憩にならないとまたフィリップに怒鳴られていたので「こいつは俺たちをどうしたいんだ」と、新手のイジメじゃないかとコソコソやっていた。
それからも元奴隷はフィリップから怒鳴られ続け、お昼の際には美味しいスープとパンをたらふく食べさせられ、3時には甘いお菓子まで出て来たので、何が何だかわからない元奴隷。
ちょうどその頃には畑一面分ぐらいの石拾いが終わったので、元奴隷は隣の農地予定地に移動させられていた。
それからしばらくすると、ドンドンゴロゴロと大きな音が聞こえて来て、元奴隷の手が止まる。
「オラ、夢でも見てるんだっぺか? 大きな石を、あの御子息様が軽々放り投げているように見えるんだけんど……」
「心配すんな。オラもおんなじ夢を見てるだ~」
「コラー! 手が止まってるぞ! さっき休憩したばかりなんだから、もうちょっと頑張れ~~~!!」
「「「「「イエッサー!!」」」」」
呆気に取られる元奴隷をフィリップが叱ったら作業に戻ったけど、チラチラ隣の農地を見ている。
そうしていたら、フィリップが凄い速さで走って行った。速すぎることにも驚いていた元奴隷であったが、次の瞬間には目を疑う。
「オラ、夢でも見てるんだっぺか? 御子息様がクワを2本使って耕しているんだけんど……」
「心配すんな。みんな同じ夢見てっぺ。あんなに速く動ける人間なんているわけねぇだ~。ましては、貴族様が土仕事なんてやるわけねぇ」
「だよな~。また怒鳴られる前に石コロ拾うべ」
「んだんだ」
と、元奴隷たちは夢と割り切って仕事に戻ること1時間。そろそろ日が暮れて来たので、いつまで続けたらいいのかとコソコソ喋っていたら、ドロッドロのフィリップが現れた。
「奴隷ども~! 今日の作業は終了だ~! 帰ってゆっくり休むんだぞ!!」
「「「「「イエッサー……」」」」」
思ったより早く終わったので、元奴隷は首を捻りながら家路に就く。それを馬に乗ったフィリップがゆっくり追い抜いて行く時に、一声掛ける。
「いや~。農業ってけっこう楽しいね。明日もよろしく~」
「「「「「イエッサー……」」」」」
それだけ言ったフィリップが馬を駆けて走り去ると、元奴隷たちはこんなことを喋っていた。
「普通に喋れるんだべか……」
「耕していたのも、御子息様だったべ……」
「「「「「……なんで??」」」」」
ますます混乱する元奴隷であったとさ。
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