046 旅立ち
「殿下、少々よろしいですか?」
ボローズ軍を追い返した翌朝、ベルンハルドは食事中のフィリップを食堂の端に呼び出した。
「内緒話?」
「はい……妹は、どうしてあんなに怖い顔で笑っているのかと思いまして……」
どうやらエステルの顔が兄であっても怖いから、知っていそうなフィリップに聞きたかったらしい。
「アレは怖い顔じゃなくて、嬉しくて頬が緩んでいる顔じゃないかな~? もしくは、引き締めようとしているけど、ついつい緩んでいるとか??」
「どちらにも見えないのですが……え? 嬉しいってことは……妹を傷物にしたのですかな??」
急に偉そうなお兄ちゃんの態度に変わったベルンハルド。妹の幸せは喜んであげたいけど、妹がかわいいから許せないっぽい。
「いや、キスしただけだよ? 2回目のキスで、飛んで逃げられたし……」
「たった2回のキスで、あの顔ですか……それはそれで殿下に申し訳ない気もしないではない……」
「まぁ、気長にやるよ。それと、大事にするから心配しないで」
「はい……幸せにしてやってください……うぅ……」
「泣くの早すぎ。結婚式はまだまだ先だよ~」
いきなり泣き出したベルンハルドや、笑顔が怖いエステルを1人で相手にしないといけないフィリップであった。
それから3人が馬車に揺られてやって来た場所は、城塞都市ルレオの北門。そこでは多くの兵士が整列している。
ベルンハルドとエステルが先に馬車から下りて背筋を正し、フィリップが顔を見せると大歓声が起こった。
「静まれ~~~!」
フィリップはその声に応えて手を振り、これでいいかと合図を出したら、ベルンハルドの大声で兵士の声がピタリと止まる。
「殿下……この度は、ご尽力ありがとうございました」
「皇族として当然のことをしたまでさ!」
フィリップは調子に乗って、指をパチンと鳴らしてウィンク。ベルンハルドとエステルは微妙な顔をしている。
「もうしばらく滞在してくれてもよろしいのに、もう旅立たれますのね……」
「いや~。長くいすぎると、お兄様に見付かっちゃいそうなんだよね~。僕、家出中だから」
「これからどちらに向かわれますの?」
「とりあえず北。そこからは、適当に歩いて世界中を見て回ろうと思っている。さすらいの旅人って感じで、カッコよくな~い??」
「え、ええ……」
エステルは肯定しているが、一言多いとフィリップの足を踏んでいる。
「んじゃ、世話になったね。皆もしっかり帝国を守ってよ? 帰って来て故郷がなかったら、僕、泣いちゃうよ~??」
「殿下の旅路に~……バンザ~イ! バンザ~イ!」
「「「「「バンザ~イ! バンザ~イ!」」」」」
フィリップがよけいな一言と演技をしているので、ベルンハルドもうっとうしくなったのか、大声をあげて阻止。エステルも背中を押すので、フィリップも歩き出すしかない。
「まったね~~~!!」
いつまでも万歳を続ける兵士の間をフィリップは手を振って歩き、だんだん速くなり、あっと言う間に見えなくなったので、兵士は手を上げたまま固まるのであった……
「お待たせしましたわ」
エステルが2頭の馬を引いて現れた場所は、城塞都市ルレオから東にある林の中。そこでフィリップと待ち合わせしていたのだが、着替えとカツラを装着済みのフィリップはハンモックに揺られて返事がない。
「また寝てますの……」
何度声をかけてもフィリップが目を開けないので、エステルに悪戯心が出た。馬を近くの木に繋ぎ、フィリップの
「フ、フフフ……」
「え……起きてましたの!?」
するとフィリップの笑い声が漏れたので、エステルは尻餅をついた。
「昨日はこれをしたかったんだね~」
「もう……騙すなんて、人が悪いですわよ……」
「いいじゃん。誰も見てないんだし。もう一回してくれない?」
「わたくしのキスは、そんなに安くないのですわよ。でも……もう一回だけなら……」
エステルは嫌味を言いながら、目を閉じたフィリップにキスをする。それからエステルが火照った顔に手で風を送って冷やしていたら、フィリップは片付けをして馬を撫でた。
「よしよし。僕に会えなくて寂しかったか~?」
「ブルンッ!」
「そうかそうか。シルバーも寂しかったか。僕も寂しかったよ~」
「ヒヒ~ン!」
というやり取りをしていたら、エステルの手うちわは止まった。
「やっぱり馬と喋ってますわよね!?」
「え~? たまたまそう見えただけじゃない??」
「また隠し事ですの!?」
エステルが凄い剣幕で詰め寄るので、フィリップは条件を出す。
「チューしてくれたら教えてあげよっかな~?」
「キスなら先ほど前払いでしましてよ」
「1回だけじゃ~ん」
「いいえ。2回しましたわ。払いすぎたぐらいですわ」
「高すぎるよ~~~」
フィリップはブーブー言いながら「答えは歩きながら」と告げて、2人とも馬に跨がり辺境伯邸のある町に移動する。
「このネックレスはね。動物と話せるアイテムなんだよ」
「そんな物、どこで手に入れましたの?」
「亡くなったお母さんのプレゼント。お母さんはお婆ちゃんから貰ったって言ってたかな? 元々僕の設定は、友達のいない根暗な皇子で、動物しか友達がいなかったんだよね~。このネックレスで寂しさを紛らわせていたんだ」
「また設定ですの? ……でも、殿下を見ていたら、その話が本当に聞こえて来ましたわ。ウフフフ」
「やっとか~。それじゃあ、他の人の設定も教えてあげる。えっちゃんの友達はね~……」
こうしてフィリップとの仲が進展したエステルは、噓みたいな話を信じることにして、乙女ゲームの話を聞くのであった。
「どうしてそこまで詳しいのですの!?」
ただし、エステルしか知らない内容まで知りすぎているので、ちょっと気持ち悪くなるのであったとさ。
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