043 尋問1


「殿下……」


 フィリップがボローズ王国へ向かったその日の夜、エステルは自室の窓から空を見ていた。

 そこにノックの音が響き、ベルンハルドが入って来てエステルに声をかける。


「殿下のこと、心配なのか?」

「ええ……」

「そうか……」


 ベルンハルドも、エステルがフレドリク皇帝に振られて落ち込んでいる姿を見ているので、茶化すようなことは言わない。ただし、報告があったので、そちらの用件を優先する。


「どうも町の酒場に殿下が現れたような報告があるのだが、これってどう思う?」

「え……」

「ボローズ王国の一番近い町は、行って来いするには馬で一日ぐらいかかったはずだから、ないよな? ましては、皇族が庶民の酒場なんて、もっとないよな??」


 どうやらベルンハルドは、噓の報告が来たのではないかとエステルに確認に来たらしいけど、エステルの目が輝き出した。


「殿下ですわ!」

「本物なのか……てことは、ボローズ王国に行かずに帰って来たってことか」

「それはわかりませんけど、聞けばいいだけですわ。いますぐ会いに行きますので、護衛を貸してくださいませ!」

「あ、ああ。俺も行くからしばし待て」


 あまりにもテンションの高いエステルに驚きつつも、ベルンハルドは城の者に準備をさせて、2人は護衛を連れて酒場に向かうのであった。



 エステルたちは夜道を歩き、やって来たのは兵士で賑わう酒場。普段着の兵士が外まで溢れ、酒を片手に笑い合っている。

 そこに辺境伯兄妹が現れたのだから、端から順に背筋を正して口を塞ぐ。2人の道を塞ぐ兵士は仲間に強く引っ張られて転んだり。そうして酒場の中に入った2人は、一番奥で女性を侍らせている者の前までツカツカと歩いて行った。


「おっ! エステル嬢。飲んでる?」


 こんなに軽くエステルに話しかけられる人物は、位の高いフィリップしかいるわけがない。


「飲んでる? じゃ、ありませんことよ! 帰って来てるなら、どうして城に顔を見せないのですの!?」

「いや、飲みに誘われたから……」

「その女がですの……」

「いえ! 僕が誘いました!!」


 エステルが睨んだら、フィリップの両手に抱えられていた女性も同席していた複数の女性も蜘蛛の子を散らすように。フィリップもビビッて敬語になってる。


「さあ、城に行きますわよ」

「えぇ~。いい気持ちで飲んでたのに~」

「お兄様、捕縛してくださいませ」

「できるわけないだろ!」


 フィリップがワガママ言うのでエステルはベルンハルドを頼ったが、縄をかけるなんて不敬すぎてできない模様。なので、フィリップが渋々立ち上がった。


「2人がいたら、楽しい気分も台無しだね。みんな~! 僕たちは帰るから、もう騒いでいいぞ~! ここは僕の奢りだ! 最後にもう一回、かんぱ~~~い!!」

「「「「「かんぱ~~~い!!」」」」」

「アハハハハハ」

「「「「「わははははは」」」」」


 第二皇子の許しが出たのだから、騒がないことにはいかない兵士。というか、フィリップが今日は無礼講とか言って騒いでいたから、兵士の全ては信じて笑っているのだ。

 その馬鹿騒ぎの中を、フィリップは店主に金貨を何枚も握らせて、兵士とはハイタッチして進み、千鳥足で城に帰るのであった。



「うぃ~……久し振りに飲みすぎた~」


 城に帰るとフィリップは自室のソファーに飛び込み、へべれけ状態。


「それ、演技じゃなくて?」

「あ、バレた??」

「千鳥足なんて、すぐやめていたじゃないですか」

「だって歩きにくいんだも~ん」

「はぁ~~~」


 エステルは長いため息を吐き終わると、尋問に移る。


「まず、どうしてすぐに顔を見せに来なかったのですの?」

「レイピアを借りた子って覚えてるかな? 返しに行ったら変なことを言っていたから、飲みに誘ったんだよ」

「変なことですか?」

「ほら? この戦争は話し合いで終わったことになってるでしょ? そのことについても、えっちゃんたちにはそう伝えるように言ったよね? なのに、僕が1人で戦ったことになってるんだも~ん」

「ええ。確かに伝えましたけど、あんな大立ち回りしておいて、信じると思いまして??」

「思ってません! だから、情報を上書きしてたんだよ」


 フィリップの発言に、エステルもベルンハルドも首を傾げた。


「わかってない顔だな~。さっきまで、ふたつの情報が流れていたわけだ。僕が話し合いしたのと、戦ったの。そこに、僕と将軍が意気投合して、兵士を押して何人倒せるかの遊びをしていたとウソの情報を流したら~?」

「大ウソだと思いますわね」

「見ていたえっちゃんはだろ~。見てない人には、本人の情報のほうが真実だと考えるはずだ」

「……つまり??」

「例えば、話し合いで解決した情報のほうが先に、遠くの地に流れていたとしよう。あとから聞いた話は、尾ひれがついた話だと思わな~い? ましては、『やる気なし皇子』とか言われていた僕だよ? さあ、どれが本当の話かな~??」


 エステルたちには、全部ウソの話にしか思えない。しかし、どれが真実に聞こえるかは、明白だ。


「話し合いが無難ですわね……」

「そう! ふたつでは割合は、やや話し合いだけど、みっつにすれば、あら不思議。やってもいないことが真実に聞こえちゃうわけ。さらに、遠くに行くほど噂は尾ひれがつくから、辺境伯が報告した話し合いこそが真実だと、兄貴は受け取るだろうね~。もちろん調査が入るだろうから、一番先に遠くに行った噂は必須だけどね」

「そこまで考えていましたの……」


 フィリップの考えに、エステルたちは息を飲む。ただし、「詐欺師?」って考えも頭に浮かぶエステルとベルンハルドであった。

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