044 尋問2


 噂話を広める案は、混乱しているうちにフィリップは畳みかけて、ベルンハルドに噂を広める早馬部隊を朝一で出発させる命令をしていた。

 この話が終わった頃には2人とも混乱から回復したので、エステルは尋問を再開する。


「うちにすぐに戻らなかったのはわかりましたけど、どうしてここにいますの?」

「言ってる意味がわからないんだけど~?」

「ですから、殿下はボローズ王国の国王に会いに行くと言ってましたでしょ? それを投げ出して、何をしているのかと聞いていますのよ」


 エステルの話を理解したフィリップは告げる。


「ボローズ王とは話を付けて来たよ?」

「「え??」」

「これ、ボローズ王から取り付けて来た密約書。本当は辺境伯に先に見せる予定だったけど、読んでみてよ」


 またしてもエステルとベルンハルドが首を傾げていたので、フィリップは懐から取り出した書状を渡したら、2人とも何度も読み返していた。


「何度読んでもボローズ王のサインは本物だから、その辺にしときなよ」


 フィリップに言われて、ベルンハルドは食い掛かる。


「殿下はボローズ王と会ったのですよね? どうしてその時、首を取らなかったのですか!? 殿下ならできたはずだ! そうすれば、ボローズ王国は帝国の領地になったのですよ!!」

「ちょっ……熱くなるなよ~。いい加減にしないと殴るよ?」


 ベルンハルドをフィリップが力業ちからわざで宥めていると、エステルが冷静に口を挟む。


「お兄様、黙ってください。ひょっとして、これって……」

「おお~。気付いた?」

「ええ……いま用いる最善の策ですわ」

「えっちゃんも成長してるんだな~」

「どういうことだ??」


 フィリップが感慨深い顔で頷いているが、ベルンハルドはわかっていないので、エステルが答えを告げる。


「いまは領地を広げても、統治する人員が足りませんわ。そして、これから帝国が未来に起こる問題は、食料問題ですわ。それを、ボローズ王国から賠償金で受け取り、なおかつ、他国からも買い付けさせるなんて、かなりの数の国民を飢えから守ることができるのですわ!」

「パーフェクト! 何も自分たちで全てやる必要はないんだよ。楽して行こう。ハルム王国も攻めて来てくれたら万々歳だけど、今回のことで来年以降になるだろうね~」


 フィリップの言葉に、エステルは目を丸くする。


「もしかして、我が領地に来られたのは……」

「えっちゃんがいるからだよ」

「う、嘘おっしゃらないでください。私の顔を見て『ゲッ』とか言っていたじゃないですの」

「そうだったかな~?」

「そうでしたわよ」


 フィリップがエステルを一番にあげたら、エステルはけっこう嬉しそう。仲良くイチャイチャしているけど、話は途中だ。


「まぁえっちゃんも理由のひとつであるのは間違いないよ。兄貴を確実に恨んでいるから、評判の悪い僕でも受け入れてもらえるもんね。んで、軍事力、統率力も申し分なし。何故かここだけ2ヶ国と面しているから、競争するように攻めて来るのは目に見えていた。あとは食料のやり取りも一括で出来るって寸法だ」

「いったい殿下は、どれほど先の未来を見ていますの……」

「やだな~。明日の晩ごはんのメニューもわからないよ~」


 エステルがフィリップを見直しているのに、フィリップは茶化すのでまたイチャイチャ。しかし、ベルンハルドがそれを邪魔する。


「妹から詳しい話を聞いてはいましたが、本当に飢饉ききんなんてやって来るのでしょうか?」

「アレ? 疑っちゃってる??」

「い、いえ!」

「まぁ僕の言葉だもんね~。アハハハ」


 ちょっと睨んだだけでベルンハルドは質問をやめたので、フィリップは顔を崩して説明する。


「お前だって、奴隷を再雇用しようなんて考えていなかったでしょ? ましては、平民並みの給料なんて絶対に払わないはずだ」

「ええ。まぁ……あ、父上が借金してまで奴隷を養っているのは、殿下の一存だったのですか……」

「そそ。これをやらないと、農民の数が減るんだよ。安く雇っているところは、兄貴から怒られて高い給料にするだろうけど、全員は雇わない。下手したら廃業になる可能性も高い。農業従事者が少なくなったら~?」

「収穫量が減る……」

「そう! 普段は天災で飢饉に陥るのに、人の手でやっちゃうんだ。これ、人災だよ!」


 フィリップがいいことを言ったとドヤ顔してるけど、ベルンハルドにはまだ心配なことがある。


「殿下の予想では、どれぐらい減るとお考えですか?」

「さすがにそこまでわからないよ。だから、半分の想定で動いている。最悪は7割減だけど、ここまで減ったら命の選別しなくちゃいけないから、祈るだけだね~」

「7割もありえるのですか!?」

「可能性の話だよ。辺境伯領は例年の倍以上増やす予定だから、ここは大丈夫!」


 フィリップがピースしているけど、どうしてもベルンハルドには大丈夫に聞こえない。食料があるということは、簒奪者さんだつしゃが現れる可能性もあるからだ。



 ベルンハルドが考え込んでしまったので、フィリップは恥ずかしそうにピースをやめていたら、エステルが密約書のある場所を指差した。


「この、来年以降の麦の買い取り価格なのですが、どうして1割増しで買うのですの? 現状の価格ではいけませんの??」

「ジャジャン、問題です。来年の秋の麦の価格は、いくらでしょう?」

「なんですの。突然……まぁ不作ですのだから、値上がりしてますわよね」

「倍はいくんじゃないかな~? と、僕の予想。兄貴が国庫の金で買いまくるから、右肩上がりになるはずだ。理由としては、お腹をすかせた元奴隷が聖女ちゃんの元に群がるから。買っても買っても足りないだろうね~。アハハハ」

「最悪の事態ですわね……」


 他領から追い出された元奴隷が、炊き出しを求めて帝都に押し寄せる未来が見えたエステルは体を震わせる。


「ボローズ王国には、ちょっと色付けて払ってやると言ったんだけど、実はこれ、値上げ対策。先に上げてあげたんだから、向こうも値下げは言い出しにくいし、予想の上を行かれたと言い訳もしやしくな~い?」

「汚いですわね……」

「策士と言ってくれたまえ。アハハハ」

「サギシ……」

「いま、詐欺師って言わなかった?」

「いいえ。聞き間違いではなくて? オホホホ~」

「絶対に詐欺師って言った~~~」


 エステルが悪い顔で笑っているので、そりゃバレる。いや、わざとバラして、フィリップとイチャイチャするエステルであった。


 そうしてイチャイチャしていたエステルであったが、まだ聞いていないことを思い出した。


「そういえば、こんなにうちに有利すぎる密約なんて、どうやって取り付けたのですの?」

「頼んだらすぐ書いてくれたよ。チョチョイのチョイで」

「そんなわけありませわ!!」

「うむ……」


 今まで饒舌じょうぜつに語っていたフィリップであったが、この情報だけはヘラヘラ言い訳を続けて隠し通すのであったとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る