042 密約


「なんてね。冗談冗談」


 腰を抜かして後退っていたボローズ王を、レイピアを振り上げてゆっくり追いかけていたフィリップはニヤニヤにしながら鞘に戻す。

 そしてイェルド将軍に寝ている護衛を外に出させ、書記官だけ呼び込んだら、ボローズ王は普通の椅子に座らせて、フィリップは一番豪華な椅子に座ってテーブルに足を乗せる。


「さっきのは冗談だけど、戦争を吹っ掛けたのは冗談で終われないな~……」


 フィリップがニヤケ面をやめると、ボローズ王にも緊張が走る。


「何が望みじゃ?」

「そこの人、僕の言葉をちゃんと書いてね」


 ボローズ王が諦めた顔をしているので、フィリップは書記官に声をかけてから続ける。


「まず、この戦争は、無かったことに。僕とボローズ王の話し合いの末、手打ちとなった。このことを、近隣諸国に伝える。ここまでいい?」


 フィリップが確認を取ると書記官は頷いたが、ボローズ王は納得がいかない。


「うちが攻めて負けたのに、それでいいのか?」

「まぁね~。誰も死んでないし、そのほうが僕としては都合がいいんだよ」

「要するに、前文はうちに貸しを作りたいと……」

「せいか~い。だから賠償金は貰う。この賠償金は、極秘事項にするよ」

「払うかどうかは、額にもよるぞ」


 ボローズ王が悪あがきをするので、フィリップはテーブルに乗せていた足に力を入れて叩き割りながら立ち上がった。


「おどれぇ~。うちが混乱していることをいいことに攻めておいて、それはないやろぉ~? 全面的に受け入れなかったら、お前1人になるまで、王族、貴族を殺して回るぞぉぉ~」


 フィリップがおどろおどろしい声で脅すと、ボローズ王たちは恐怖に震えた。


「と、まぁ、僕はそれができるから、断らないほうがいいかな? なんなら、いまから何人か首をねて持って来ようか??」


 兵士が守りに入ったのに簡単にボローズ王の前まで辿り着けたのだから、誰しもがフィリップの言葉に噓がないと思って首を横に振った。


「んじゃ、こちらの要求ね。行くよ? いまある麦の備蓄の半分を即刻支払うこと。残り半分は、支払いに余裕ができたら支払う。そして、来年から2年間は、同量をいまの相場から1割引き上げてダンマーク辺境伯領に売ること。量は増えてもかまわない。他国から買った物でも構わない。もちろん諸経費も計上してかまわない。向こう10年間は帝国に攻め込まない……書けた?」


 フィリップは書記官の隣に行って文章の添削をしていたら、ボローズ王の質問が来る。


「それだけか?」

「まぁね。思ってたより安かった??」

「正直言うと……しかも値段を上げて買い取るとは、いったいどういうことじゃ?」

「それは秘密~。でも、ちょっとでも旨味があったほうが、農業にも仕入れにも力を入れられるでしょ?」

「うむ……」

「来年は、いっぱい麦を作っておいてよ。さらに、近隣諸国からも買い漁っておいて。あ、お隣のハルム王国周辺から買うのはやめてね。たぶん同じことをして来るから、ちょっかいも出さないで」


 フィリップがウィンクすると、ボローズ王はイェルドを見た。するとイェルドが手を上げたので質問させる。


「つまり、フィリップ殿は、私たちが攻めて来ると知っていたと?」

「おっ! かしこ~い……って、誰でもわかるよね。ぶっちゃけ、軍事費を下げた上に奴隷解放したんだから、帝国が弱っていると思ったんでしょ?」

「ああ。その通りだ」

「それなら来年にしとけばもっと弱っていたのに、辛抱足りないよ。ま、ハルム王国に取られたくないから急いだんだろうけどね~。アハハハハハ」


 全てを言い当てられたイェルドは、バツが悪そうにボローズ王を見る。


「完敗です。化け物以前に、読み負けしていました」

「じゃな。こんなヤツがいては、攻める気も失せた。言われた通り、賠償金も支払う。これで手打ちでいいんじゃな?」

「う~ん……あっ! 大事なことを忘れていたよ」


 質問にフィリップは頷きかけたが、言い忘れがあると聞いてボローズ王は構えた。


「今回は戦争なんて無かったんだから、誰かに責任を負わして死刑とか、やめてよね~」

「フィリップ殿には関係のない話だと思うんじゃが……」

「大有りだよ。そんなことしたら、近隣諸国が勘付くでしょ~。誰1人殺しちゃダメだからね。これも書き足しておいて」

「わかった。その密約、必ず守ると約束しよう」


 2通の密約の清書が終わり、お互い両方にサインをして、フィリップがこの世界の発想にない拇印を押させたら、正式に戦争は集結。


 ボローズ王と握手を交わしたフィリップは、笑顔で部屋を出るのであった……



 フィリップがいなくなった部屋の中。ボローズ王はイェルドと喋っていた。


「あやつが秘密にした件、どう思う?」

「アレだけ麦を集めているのですから、十中八九、戦支度ですね」

「狙いは……」

「皇帝の椅子……」


 ボローズ王もわかりきっていたが、イェルドに言わせて確認を取ったようだ。


「国を真っ二つにやりあうというわけじゃな。そこを狙えばよかったか……」

「いえ、第二皇子軍が勝つ可能性が高いので、攻め入っていたら、あとから滅ぼされていたでしょう」

「では、北のエシルス王国が帝国の混乱に乗って挙兵したあとに、エシルス王国に攻め入れば?」

「兵糧が足りません。おそらく、それを見越した賠償金なのでしょう」

「そこまで考えておったのか。まったく見えなかったが……」

「おっしゃる通り、クソガ……」

「ゴメーン!」


 2人がフィリップのことをバカにしようとしていたら、急にフィリップが入って来たので心臓が止まりそうになっていた。


「あ、大事な話してた?」

「い、いや、なんでもない。それより、どうなさった?」

「もうお腹ペコペコでね。外はお店やってないみたいだから、食べさせてくれない??」

「「はぁ~~~……」」

「え? なになに? 僕、変なこと言った??」


 また何か吹っ掛けられると思ったボローズ王とイェルドは安堵のため息。プラス、悪口で言おうと思っていた「ワガママなクソガキにしか見えない」のため息。


 なんだか無性にため息が出てしまう2人であったとさ。

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