040 戦争の行方


 イェルド将軍を脅してボローズ王の居場所を聞き出したフィリップは立ち上がり、下を向いて歯を食いしばって血を流しているイェルドの肩をポンッと叩いた。


「それじゃあ行こっか?」

「……行く??」

「辺境伯領に迷惑掛けたんだから、ごめんなさいしにだよ」

「それも脅しか……」

「そそ。そんな感じ。ま、帰るだけ言ってくれたらいいから。行くよ~」

「わっ……何をする!?」

「舌噛まないようにね~」

「うおおぉぉ~~~……」


 鎧を着込んだイェルドを軽々と肩に担いだフィリップは、ダッシュ。テントはレイピアで切り裂かれ、帰還準備中のボローズ兵を飛び越え、歩いている集団はするすると素早く避けて駆け抜ける。

 そうして呆気に取られるボローズ兵を抜けたら、さらにスピードアップ。悲鳴を上げるイェルドを無視してあっという間に城塞都市ルレオへと辿り着くフィリップであった。



 時は少し戻り、一騎討ちが終わった直後……外壁の上に立つエステルとベルンハルドは、ボローズ軍の動きを大口を開けて見ていた。


「1人で、2万人を追い返してしまいましたわ……」

「し、信じられん……」


 フィリップが何をしているかは全てはわからないが、ボローズ軍が撤収準備や後退をしているのだから、大勝利であるのは間違いない。

 2人だけでなく、辺境伯兵も同じように呆気に取られていたが、しだいに勝利の雄叫びへと変わって行った。


「何か凄い速いのが近付いて来てるんだが……」

「殿下ですわ! すぐに出迎えに行きますわよ!!」


 その声の中を、鉄色の物体が近付くとエステルは嬉しそうな声をあげたが、ベルンハルドが台無しにする。


「もう間に合わないぞ」

「もう着いていますわ!?」


 そう。ちょっと目を離しただけでフィリップは外壁の真下にいたどころか、声も聞こえて来た。


「エステルじょ~う。お土産持って来たよ~~~!」


 そのフィリップはというと、笑顔で手を振っているのだが、ベルンハルドとエステルはコソコソやってる。


「なんだか嫌な予感がして、会うのが怖いんだが……」

「奇遇ですわね。わたくしも何故か、いまは会いたくありませんわ……」

「でも、行くしかないよな……」

「はい……あ、少し試したいことがあるので、やってみていいですか?」

「断る。断ると言っているだろ? どうして背中を押すんだ??」


 皇族が呼んでいるのだから、行くしか選択肢がない。しかし、エステルは悪い顔で背中を押すので、今日だけは皇族の命令でも無視したいベルンハルドであった。



 フィリップが下から手を振っていると、外壁の上からふたつの物体が飛び下りた。その物体は落ちる速度が遅いのでフィリップが何かとよく見ていたら、地上に落ちた瞬間に滑るように目の前にやって来た。


「お待たせしましたわ」


 ふたつの物体の正体は、エステルとベルンハルド。いまの時間は東から射す太陽の光のおかげで外壁の影があるから、エステルは闇魔法で影を操作して、壁伝いに下りてショートカットして来たのだ。


「こわっ!? 貞子かと思ったよ! アハハハハハ」


 エステルが急いで来てくれたのに、フィリップは酷い。担いでいた物を落として、腹を抱えて笑っている。

 そりゃ、エステルが前屈みで足を固定したまま滑って来たら、怖すぎる。怖すぎたから、フィリップも恐怖を通り越して腹がちぎれそうなくらい笑っているのだ。


「急いで来たのに、酷いですわ……」


 エステルが目に涙を溜めてしゅんとするので、フィリップは笑いすぎて出た涙を拭いながら謝る。


「ご、ごめん。前屈みで滑るから変なんだよ。横向きに滑ったほうが、絶対かっこいいよ」

「こんなふうにですの?」

「そうそう。サーフィンしてるみたいでいい感じ。なんだったら、影に潜って出て来るのもアリだね~。できない??」

「さすがにそこまでは……」


 2人が闇魔法で遊んでいる足下では、両手を地面につけて「ハァーハァー」息を切らしているベルンハルドとイェルド。

 ベルンハルドはエステルの移動方法が怖かったからこんな体勢になっており、イェルドはフィリップに落とされたのと、エステルの登場シーンに驚いてこんな体勢になっている。


 その2人は、少し落ち着くと顔を上げ、バチーンッと目があった。


「イェルド将軍……」

「ホーコンのところの小倅こせがれか……」


 お互い顔の確認が終わると、イェルドから再起動する。


「いったいぜんたい、この化け物はなんなのだ……帝国は、化け物でも育成しているのか?」

「化け物と言われても……俺も昨日、第二皇子殿下と会ったばかりで……」

「第二皇子? この化け物は、本当に第二皇子だったのか……」

「どう説明されたか知らないが、そうらしい……」

「聞いてくれ。こいつ、ずっとこんなことを言っていたんだ……」


 宿敵のはずのイェルドとベルンハルドは、何故か仲良くお喋り。2人とも酷い目にあった被害者だから通じ合うものがあるらしく、愚痴を聞いてもらいたかったのかも。

 そんな感じで4人がワーワーやっていたら、エステルが「ハッ」として大声を出す。


「ていうか、わたくしたちは何をしてますの!?」

「「「……あっ!!」」」


 その発言から、フィリップたちは現実に引き戻されるのであったとさ。



「えっと……こちらは、ボローズ王国の将軍さん。こちらは、辺境伯のところのご子息ね」


 とりあえずフィリップが司会をして、自己紹介。


「んで、うちが戦の準備をしていると勘違いしてたから、それを説明したら、将軍は兵を引き上げると言ってくれたんだよ。ね?」

「ああ。そういうことだ」


 そして簡潔に噓の説明をすると、イェルドは同意した。


「だから、この戦争は、無かったことにしよう」

「え? あ、そういうことで」


 でも、戦争が無い発言は聞いていなかったから驚いていた。もちろんエステルとベルンハルドも何も聞かされていないので、納得していない。


「勘違い? 戦争は無かった? そんなことで終わりにするなんてありえませんことよ」

「そうだ。イェルド将軍と父上は何度も戦ったのだ。せめてその首を差し出さないと終われない。俺にやらせてください!」


 ベルンハルドは剣を抜いて懇願するが、フィリップは聞く気がない。


「将軍を殺すのは、僕が許さないよ」

「どうしてですか!!」

「だって、これからボローズ王に会いに行くもん」

「「……ボローズ王??」」

「近くの町に来てるらしいんだよね~。将軍が案内してくれる約束になってるからゴメンね。ちょっと行って来るから、結果はあとでね。あ、そうそう。兵士には、話し合いで解決したって説明しといてね~。じゃ!」


 早口でそれだけ言うと、フィリップはベルンハルドを肩に担いで走り出す。


「ボローズ王と合うですって……」

「そんなすぐに会えるものか?」

「「で、殿下~~~!!」」


 その発言は、エステルとベルンハルドを混乱せさるには充分。気付いて叫んでも、もう遅い。


 フィリップは凄い速さで走り、2人が叫んだ頃には米粒のようになっていたのであった……

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