039 一騎討ちの結末


 一騎討ちを開始して20分……


 イェルド将軍が1人で戦っていると聞いたボローズ兵は戻り、気絶していた者も目覚めて、フィリップとイェルドの戦いを大きな円を作って見守っていた。

 一騎討ちが始まった頃には、イェルドの猛攻を褒め称えていた兵士であったが、なかばからフィリップに子供扱いされていると気付いて応援に変わり、いま現在は静まり返っている。


「ゼェーゼェー……」


 そんなに長く剣を振らされたイェルドにも疲れが見える。肩で息をし、攻撃回数も激減した。


「こんなもんかな? 今度は僕から行くよ~??」


 イェルドの疲れはお構いなし。フィリップはギャラリーの数を確認したら突撃。とんでもない速度で間合いを詰めてレイピアを振った。


「ふ、ふざけるな!」


 その攻撃は、完全な手抜き。イェルドはフィリップの動きについて行けなかったのに、レイピアは簡単に受けられたから怒っている。


「そんなに大声出さなくても聞こえてるよ。小声で喋ってくれよ」

「なんだと……貴様は何がしたいんだ!!」

「だから声がデカイって。落ち着いて僕の話を聞いて。お願いだよ」


 ボローズ軍を圧倒していたフィリップからお願いが出たので、イェルドも少しだけ耳を傾ける。


「あ、鍔迫つばぜり合いは続けて聞いてね」

「わかったが……」

「んじゃ、さっきの質問に答えるよ。僕はこの戦争を、1人の死者もなく終わらせたいんだ」

「どの口が言ってるんだ……」

「周りをよく見てみなよ。僕は兵士を吹っ飛ばしただけ。もう起き上がっているでしょ?」


 イェルドは目立たない程度に周りを見ると、参謀たちも立ち上がって心配そうな目を向けていたので、フィリップが本当のことを言っていると認める。


「言いたいことはわかったが、私だって引くことはできん」

「まぁそうだよね~。でも、いま引くと、めちゃくちゃお得だよ?」

「どこがだ……たった1人の子供に負けたんだぞ」

「誰1人死んでないじゃない。だったら何度だってやり直せる。お前のプライド? んなもん、戦争で子供が、親が殺された人には関係ないよ」


 フィリップは優しい目を向けただけなのに、イェルドの力がフッと抜けた。


「ていうか、僕の提案を飲まない場合は、ここにいる全員、お前以外、皆殺しだ。1人も逃がさない」

「なっ……」


 しかし、皆殺し発言で、握っていた剣に力が入る。


「そうなったら、お前と王様はどれだけ恥を掻くだろうね。誰1人帰って来ないんだから、無駄な戦を仕掛けたと非難されることは確実だ」

「そ、そんなこと……」

「できないなんて、お前は言い切れるか? 僕はまだ本気を出していないんだぞ?」

「いや……」

「ちなみに今まで誰も殺さなかったのは、人質は多いに越したことがないからだ。周りを見てみろよ。こいつら全員、お前の答えひとつで死体に変わるんだ。10秒やる。数え終わったその瞬間、地獄の始まりだ。い~ち……」


 フィリップが間髪入れず数え始めると、イェルドは剣に力を入れながら目を閉じた。その10秒はそれはそれは長い10秒。フィリップがわざと遅く数えていることも気付けない。

 その甲斐あってか、残り5秒でイェルドは結論に至った。


「わかった。兵を引く……」

「おっ! 賢明な判断だね~。んじゃ、僕の大根演技に付き合ってね」

「大根??」


 イェルドの質問を無視したフィリップは、これからの展開だけを簡単に説明するのであった……



 鍔迫り合いをしていたフィリップとイェルドは同時に後ろに跳ぶと、フィリップから大声を出す。


「そうなの? 辺境伯が戦の準備してると思ったから先に攻めようとしてたんだ。それは勘違いだよ~」

「か、勘違いだと~!」

「辺境伯は難民を受け入れていただけなんだ。確かにいま攻め込めば、辺境伯の領地は取れると思う。でも、その難民どうするの? 食べさせてくれるの? 邪魔だからって全員殺すの? ボローズ王を、そんな血も涙もない王様にしていいのかな~??」


 フィリップの話が事実かどうかは置いておいて、そんなことを大声で言われては、兵士の士気に関わる。さらにボローズ王も大儀のない戦争を起こしたと思われるから、イェルドも演技ではなく数秒黙ってしまった。


「そうか……勘違いか……」

「うん。辺境伯に攻める理由がない。難民を食わせるのでいっぱいいっぱいだ」

「わかった。兵は下げる。撤退だ~~~!!」


 フィリップが「ニヒヒ」と笑みを浮かべるなか、イェルドは勇気ある撤退を大声で知らせるのであった……



 撤退命令に納得いかないと詰め寄る者もいたが、イェルドが自分の命を投げ出してボローズ王を説得すると言ったがために、引くしかない。その顔は、本当に死を受け入れた顔だからだ。

 涙ぐむ上官の指示で、ボローズ兵は撤退の準備を急ぎ、少しずつ西へと歩き出した。


 そんななか、フィリップは本陣テントの中で内緒話。テーブルに足を乗せて椅子をグラグラと揺らしていると、人払いをしたイェルドが入って来て対面に座った。けど、ちょっと距離があるので、フィリップの斜め横に座らされた。


「さってと……これで戦争が終わると思ってる?」

「……無理だろうな。首を挿げ替えるだけだ」

「でしょ? だから、僕を王様の前まで連れて行って」

「私に国王陛下を売れと??」

「違う違う。王様には何もしない。このまま将軍が帰ったら、全ての罪を押し付けられて殺されるでしょ? それだと、誰1人殺さないと言った僕が嘘つきになっちゃうよ」

「覚悟の上だ」


 イェルドの覚悟はフィリップにも伝わっているけど、そんなものは関係ない。


「何か勘違いしているみたいだけど、これはお願いじゃなくて脅しだよ? 人質がいるの忘れるなよ」

「くっ……」

「そんな顔するなよ~。平和的にこの戦争は終わらせてやるよ。アハハハ」


 血を吐く思いで頷くイェルドを見て、フィリップは大笑いするのであった。

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