034 緊急事態


 すったもんだあった初デートは、ラストは口調を直す訓練になったけどまったく直らなかったので、エステルが楽しめたかどうかわからず終了。

 フィリップは「これくらいならたまにいるから」と励ましていたので、エステルもそれを信じて知り合いの口調を必死に思い出していたから、帰りの馬車は静かな物であった。

 でも、エステルは寝る前に、フィリップのあの笑顔を思い出して悶えていた。


 その翌日から、フィリップは肥料の改良をエステルから押し付けられていたが、使う素材が素材なのでホーコンに止められていた。皇族に森の土を運ばせたり糞尿を扱わせるのは、さすがに気が引けたっぽい。

 ひとまずフィリップには庭師と元奴隷を与えて、その者たちと一緒に、フィリップだけ離れた場所で作業の指示を出す。ハンモックに揺られたまま偉そうにしていたから、元奴隷からの心証はめちゃくちゃ悪い。


 仕事終わりにはフィリップが「くっせぇ~!」とか笑っていたので、元奴隷はさすがにイラッと来てた。

 でも、「こんな汚れ仕事をしているのに皆と同じ給料はおかしい!」と庭師に怒鳴っていたので、元奴隷から「神かも?」って印象が変わっていた。


 給料がアップした元奴隷の頑張りで肥料の試作品は早くに完成したので、成長の早い作物に使われる。場所は、普通の畑と荒れ地。配分を変えた数種類の試作品をまき、作物が育つのを待つのであった。



 そんな感じで珍しくフィリップが文句を言わずに働き、ランチのサンドウィッチを平らげると、今日はもういいかと早目に辺境伯邸に作業着のまま帰ったら、執事に急いで執務室に来るようにと案内された。


「なんかあった??」


 執務室には、暗いというか怒っているというか、よくわからない顔のエステルとホーコン。フィリップは定位置のソファーが汚れるのを嫌って、その辺にあった木の椅子の背にアゴを乗せるように座った。


「やられましたわ……」


 すると、エステルがわなわなと震えながら口を開いた。


「やられた?」

「新たな勅令書が届いたのですわ!!」

「なになに~??」


 エステルが怒鳴りながらフィリップの目の前に勅令書を差し出すので、受け取って目を通す。


「ふ~ん……うちを見習えってね。これはちょっとマズイかも……」

「ええ! こんなこと書かれては、うちに元奴隷が流れ込んで来ますわよ!!」


 エステルたちが危惧していることは、辺境伯領を見習えと書いていることだけでなく、辺境伯領は行き場のない元奴隷を引き受けていると書かれていること。

 金払いの悪い領主なら金のかかる炊き出しなんかせずに、元奴隷を辺境伯領に送るとエステルたちは計算している。しかし、フィリップの意見は違うらしい。


「そっちはそこまで心配しなくてもいいじゃない?」

「どこがですの!? どうせルイーゼが、『辺境伯領なら奴隷のみんなが幸せに暮らせますぅぅ』……とか、のたまったに違いありませんわ!!」

「ぜんぜん似てないのは置いておいて、そう怒るなって」

「これが怒らずにいられますこと!!」


 エステルが半笑いのフィリップに詰め寄るが、ホーコンに止められる。


「エステル、熱くなるな。まずはエリクの意見を聞こう」

「は、はい……」


 ホーコンの冷静な声を聞いてエステルがしゅんとして座ると、名指しされたフィリップが口を開く。


「僕の予想だと、うちに流れて来る奴隷はそこまで多くはないと思う。理由は、そんな領主が、こんな遠くの土地まで行けるだけのお金や食料を持たせる?ってところ」

「……ない、でしょうな」

「でしょ? まぁ派閥の者には、どれだけ受け入れられるかは聞いておいたほうがいいね。できるだけ受け入れる方向でいこう」

「はい。そのように書状を用意しましょう」


 ホーコンが頷くと、フィリップは椅子に座り直して足を組む。


「この場合の問題は、領主たちの元奴隷の押し付け合いになることだ。元奴隷が隣の領地までしか行けないと仮定したら、帝国内がめちゃくちゃ荒れるよ。下手したら食料の奪い合いに発展するかも?」

「それは確かにマズイですな……」

「ちょっと早いけど、他領に回す食料は用意しておいて。どれぐらい出せそう?」

「備蓄を切り崩せば……」


 ここからフィリップとホーコンだけで話し合い、派閥の者にも食料を出させる指示書をホーコンに書かせる。

 その待ち時間にフィリップは、下を向いているエステルを気にする。


「さっきから話に入って来ないけど、どうかしたの?」

「いえ、あの……」

「ん~??」


 フィリップが首を傾げると、エステルは急に立ち上がって頭を下げる。


「先程は、申し訳ありませんでしたわ」

「……なんのこと??」

「エリクは先のことまで考えていらしたのに、わたくしは考えが足りないどころか怒りのあまり怒鳴り付けてしまったことですわ」

「ぜんぜん気にしてないから謝らなくていいのに」

「わたくしが気になりまして……」

「うん。謝罪は受け取った。これでいい?」


 フィリップが笑顔で許すと、エステルは顔を赤くして目を逸らす。


「エリクはお優しいのですね……」

「そう? 特に怒ることでもなかったけどな~」

「逆に聞きますけど、エリクは怒ることがありますの? 身長のこと以外で」

「あ~! 気にしてること言ったな~!!」

「ウフフフフ」


 エステルの謝罪から痴話喧嘩のような感じに発展すると、ホーコンがそれを微笑ましく見ている。しかし、その温かい雰囲気をブチ壊すかの如く、執事が執務室に飛び込んで来た。


「だ、旦那様、大変な知らせが入りました!!」


 ホーコンは一瞬、苛立った目を向けたが、信頼する執事の焦りようを見て不問とする。


「続けろ」

「はっ! ボローズ王国が挙兵したとのことです!!」

「なんだと!?」


 ボローズ王国とは、辺境伯領の北側に面する国。さすがに想定外の事態では、ホーコンも言葉が荒くなる。


「このクソ忙しい時に……わかった。私が血祭りにあげてやる! 兵を集めろ!!」

「はっ!!」

「ちょっと待った~~~!!」


 ホーコンの指示に執事がすぐさまきびすを返すが、そこをフィリップが止めに入った。


「殿下、いまは遊んでいる場合ではありません。口出しは控えてください」

「遊んでいるなんて酷いな~。僕に妙案があるから止めたのに」

「妙案とは??」


 フィリップは腐っても皇族。ホーコンも邪険にするわけにもいかないので質問したら、フィリップはニヤリと笑う。


「僕が打って出る!!」

「「「はあ~~~??」」」


 その言葉に、ホーコン、エステル、執事は不敬とかを忘れて変な声が出るのであった……

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