035 城壁都市ルレオ


「はいよ~。シルバー♪」

「ヒヒ~ン♪」


 ボローズ王国の挙兵の知らせが入ってすぐに、フィリップは準備を整えて馬に跨がると、マントをはためかせて辺境伯邸を立つ。


「その馬の名前は、マーユですわよ。はぁ~」


 そのお目付役に、エステルも馬に乗って出発。忙しいホーコンの代わりに、国境近くにある城壁都市『ルレオ』に住む長男との顔繋ぎをするらしい。

 急ぎと言うこともあり、2人は無駄話はせずに馬を飛ばし、中間地点に入ったら一度休憩。馬の世話をフィリップがせっせとしていたら、エステルは気になることを聞いてみる。


「本当に話し合いをしに行くのですの?」


 フィリップの妙案とは、対話でボローズ軍を追い返すこと。どうやって停戦に持ち込むかの説明がないのでは、エステルも心配で仕方がないのだ。


「せめてお父様の兵を連れて行ったほうが、対話をしやすくなるのではなくて?」

「そんなに大勢で行ったら、相手が対話のテーブル着いてくれないでしょ」

「でも……」

「大丈夫だって。帝国の皇族が直々に出向くんだよ? それを無碍むげにするヤツなんていないって~」

「わたくしでしたら、皇族を人質にしますけどね」

「お姉ちゃんはだろ~。アハハハハ」


 この話はフィリップが笑ってごまかしている間に、休憩は終了。馬に跨がり出発する。

 しかし馬を飛ばす男と擦れ違ってすぐに、フィリップが止まるように言ったら馬は素直に従ってゆっくりと止まり、エステルの馬と並ぶ形になった。


「どうかしまして?」

「さっき擦れ違ったヤツ、顔を見た?」

「顔までは見えませんでしたが、急いでいるようでしたわね」

「辺境伯の遣いとかかな?」

「いえ……おそらく違いますわ……」


 ここでエステルもフィリップの言いたいことに気付いた。


「他領の密偵だとしたら、うちが送る書状より先に、戦争の情報が帝都に届いてしまいますわね」

「だね。ま、ルレオに着いたら、すぐに辺境伯宛に手紙書いてよ。密偵のことと、もう終わったってね」

「わたくしに嘘を書けということですの?」

「辺境伯には事情を説明しとけば嘘にならなくない? じゃ、しゅっぱ~つ。はいよ~。シルバー♪」

「ですから、その馬の名前はマーユですわよ! ……じゃなくて!!」


 フィリップが変な出発の仕方をするので、ツッコムほうを間違えたエステル。だが、馬が走っているうちは喋れないので、城塞都市ルレオに着くまでイライラするのであった。



 時刻は夕刻。なんとか明るいうちに高い壁に囲まれた城塞都市ルレオに着いた2人は、エステルの顔パスで馬に乗ったまま町を進む。町の中は人通りは少なく、たまに擦れ違う住民は一様に不安な顔をしている。

 そうしてパカパカと馬に揺られてやって来た場所は、この町の最後の砦。洋風の小さいお城のような作りで、頑丈な場所だ。

 ここにはルレオを任されている辺境伯家の長男が滞在しているが、いくら妹であってもすんなり会うことはできず、会うまでに30分近くかかった。


 メイドが呼びに来て通された部屋は、城主の私室。ダンマーク辺境伯の長男で父親の若い頃にそっくりだと言われているベルンハルド・ダンマークは、エステルの顔を見るなり駆け寄って抱き締めようとした。


「おお~。我が妹よ。会いたかっ……」

「いまは遊んでいる場合ではなくてよ」


 話の途中でエステルに両手で押し返されたベルンハルドは、バランスを崩して後退った。


「まぁアレだ。待たせてすまなかったな。忙しいのなんのって」

「それは気にしてませんことよ」

「それで……どれだけ兵を集められたんだ? 父上はいつ到着予定なのだ??」


 ベルンハルドはエステルのことを連絡役だと思って矢継ぎ早に質問したが、エステルは首を横に振る。


「お父様は来ませんわ」

「そうなのか? では、兵だけ送って、俺にやれと言うことか……俺は父上に信頼されているってことだな!」

「喜んでいるところ悪いですが、どちらも違いますわよ」

「え? ……兵もなし??」

「そうですわ」

「はあ!?」


 ベルンハルドが喜んだのも束の間、援軍もなしでは戦ができないと驚いた。そこに、フィリップの声が響く。


「うっさい。えっちゃんも早く僕のこと紹介してよ」

「なんだこのガキは偉そうに……」


 いつの間に移動したのか、カツラのままのフィリップは立派な椅子に座って仕事机に足を乗せてふんぞり返っているのでは、ベルンハルドも睨んでしまう。


「お兄様、頭が高いですわ。こちらは、前皇帝の第二子、フィリップ殿下ですことよ」

「だ、第二、ムグッ!?」

「大声出さないでくださいませ」


 エステルが紹介してフィリップもカツラを取ったら、ベルンハルドは叫びそうになったが、エステルの闇魔法で口を完全に塞がれた。

 そしてエステルに何度も大声を出すなと脅されたベルンハルドは、ひざまずいて頭を下げた。けっこう長く息ができなかったから命の危機を感じたらしい……


「非礼の数々、誠に申し訳なく……」

「そんなのいいから。それよりこれからの話をしよう。楽にしていいよ」

「はっ!」


 フィリップが楽にしていいと言うと、ベルンハルドは気を付け。全然楽にしていないので、エステルが部屋の中にあった椅子を持って来て座らせた。


「さっきも言った通り、援軍はなしだ。ボローズ王国とは僕が話をつけるから、戦もなし。安心してね」

「しかし、明日には戦が始まるかもしれませんが……」

「お~。間に合ってるじゃん。いまの状況を聞かせてよ。そのあとに、僕の作戦を教えてあげるから」

「はあ……」


 ベルンハルドは簡潔に説明するが、「ニヒヒ」と笑うフィリップの作戦には到底賛同できず。しかし位の違いとエステルの説得で、渋々作戦を受け入れるのであった……

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