033 デート3


「ちょっと歩かない?」

「え、ええ……」


 フィリップの笑顔に釘付けになっていたエステルは、突然のお誘いに肯定してしまったので、フィリップの手を取ってついて行く。ただ、まだ思考するほど回復していないので静かなままだ。

 カツラを被り直したフィリップもそれを汲んでか静かに歩き、たまに口にするのは足下の注意を促すだけ。そのおかげで、エステルもようやくいつもの感じが戻って来た。


「先程からキョロキョロしていますけど、何か探していますの?」

「いや、別に……」

「また何か隠してますわね……怒らないから、話してくださいませ」

「それ、女性が怒る合図のような……」

「殿下が軍隊を殲滅できるような魔法を使ったと、お父様に報告しますわよ?」

「そんなことできないし、しないから!!」


 エステルに戦争の道具に使われそうと怖くなったフィリップは、渋々探し物を教える。


「この森の木の密度や土をね。ちょっとだけ調査していたというか……デート中にゴメン!」

「確かにデートに誘っておいて、仕事をしているのは腹立たしいですわね。ですが、調べ物の意味がわかりませんから、説明してくれたら怒りませんわ」

「やった!」


 言質を取ったフィリップは大袈裟に喜んでいたので、そのことはエステルから怒られていた。怒らないの内容に入ってなかったそうだ。

 詳しく説明するのは湖に戻ってからとなり、20分程の散歩が終わったら、2人でベンチに腰掛ける。


「調べていたのはさっき言った物なんだけど、どこからわからないの?」

「全部ですわ」

「全部か~……じゃあ、密度からね。木が多すぎると、森の恵みの成長が悪くなるの。影が多くなるからね。だから、間引いてやる必要があるわけ」

「はあ……」

「わかってない顔だな~。ま、その間引いて切り倒した木を、家やら薪に使えるようにしたほうがいいってこと。これからまだまだ人口が増えるからね」

「確かに……あって損はないですわね。切りすぎないようにしないといけないからの調査ですか……」

「おお! わかってる~」


 フィリップが茶化すように言うと、エステルから睨まれたので次の話をする。


「土はだね。肥料に使えないかと思って」

「ただの土が肥料になりますの??」

「森の土ってのは、栄養豊富なんだよ。動物や虫の死骸、糞、葉っぱ、木……いろんな物が混ざっているから、木にとってはご馳走なんだ。だからあの木も、太くて立派に育ってるんだ。人間でいったら、あいつはデブだね。アハハ」


 フィリップは一番太い幹の木を指差して笑っているが、エステルは真面目な顔だ。


「つまり、森の土を使えば、農地に向かない土地でも作物が育つと……」

「ご明察。これもこれからの準備だね。まぁ足りないだろうから、生ゴミや家畜の糞、人間の物でも何でも使って、作物がよく育つような肥料の開発はしなきゃだね~」


 フィリップは上手く伝わったとウンウン頷いていたら、エステルは勢いよく立ち上がる。


「こんなことしてる場合ではありませんわ! 早く戻ってお父様と相談しなくては!?」 

「ちょっ! 待って!!」


 歩き出そうとするエステルの手を慌ててフィリップが掴むと、エステルは止まって振り返る。


「そうですわ。殿下には、肥料を作ってもらわないといけませんわね」

「いや、くさいのは、ちょっと……」

「殿下の発案なんですから、やってもらいますわよ!!」

「わかった! わかったから、今日のところはデートを楽しもうよ~~~」


 エステルに引きずられそうになったフィリップが叫ぶと、エステルはぬるりと振り返った。


「デ……デート??」

「うん。いまはデート中……」

「殿下が変なことばかりするから忘れていましたわ!?」

「僕のせいにしないでよ~~~」


 エステルもデートは楽しみだったらしく、フィリップのせいにしてデートに戻るのであったとさ。



 落ち着いたら、ひとまずティータイム。フィリップが紅茶を入れて振る舞っていたが、エステルはさっきの話が気になるのか、肥料の話ばかりになってしまった。

 さすがに仕事の話はフィリップはしたくないので、違う話を探す。とりあえず場所を変え、隣り合わせでハンモックに揺られると、フィリップが切り出す。


「えっちゃんって、僕の喋り方、変だと思わない?」

「喋り方ですか? 特に気になるところはなくてよ」

「やっぱりか~……」

「ええ。普通ですわ」


 フィリップは納得いかないような感じを出すために、ハンモックを大きく揺らした。


「どこが変なのですの?」

「誰も変だと思わないところが変なんだよ」

「さっぱり意味がわかりませんわ」

「ほら? 一人称は『僕』だし、喋り方も子供っぽいでしょ?」

「そう言われてみますと……」

「これ、教育係どころか、どんな場所でもどんなに年上の人にも注意されたことがないんだ。正式な場でこんな喋り方してたら、怒られると思うんだけどね~」


 エステルはみるみる顔色が変わる。


「変ですわ! すっごく変ですわ!! どうしてわたくしは今まで気付かなかったのですの!?」

「アハハハ。2人だけこの話をしたことあるけど、同じように驚いていたよ。アハハハハ」

「そんな口調で命令しても、家臣はついて来ませんことよ!!」

「大丈夫。辺境伯も他の領主たちも、めちゃくちゃ真面目な顔で返事してた。もちろんえっちゃんもね。プププ」

「本当ですわ!!」


 子供みたいに命令するフィリップに、真剣に返事していたことを今ごろ俯瞰ふかんして恥ずかしくなるエステル。ハンモックも激しく揺れてる。


「どうしていまは変に聞こえますの?」


 復活したエステルが真面目な顔なので、フィリップは吹き出しそうになっていた。


「魔法と一緒じゃないかな? そのことに気付いたから、気になり出したんだ」

「そういえば、魔法は創意工夫するようになりましたわね。でも、殿下はそのことに気付いているのに口調を変えないのは何故なのです?」

「あ~……これ、かなり気を付けないと、すぐ戻るんだ。たぶん物語の強制力で喋らされていると思う」

「またそれですの……」


 エステルは信じてないって顔で肩をすくめると、フィリップが反撃。


「ちなみにえっちゃんの口調も、へんとまでは言えないけど少しわってるよ?」

「え? どこがですの??」

「いまの『ですの』とか『ですわ』とか……そんな口調の人、めったにいないもん」

「本当ですわ!! あっ……」

「アハハハハ」


 フィリップに指摘されたことをすぐさま言ってしまったエステルは慌てて口を押さえるので、フィリップは大笑い。


 こうして2人の初デートは、エステルの口調を直す訓練で終わってしまうのであったとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る