030 プレイボーイ


 秋……


 帝国では麦がたわわに実り、人々は希望と不安を感じながら収穫に取り組んでいた。元奴隷もその収穫のために残されていたと報告を受けたフィリップは予想通りとほくそ笑んでいたら、食堂に残っていたエステルが声をかける。


「また女のことを考えていますの?」

「なんだよ『また』って~」

「最近ウッラとも仲良くなっていると聞いてますわよ」

「はあ??」


 フィリップが言い訳しようとしたら、お茶を入れていたウッラがティーポットを落として割ってしまった。


「も、申し訳ありませ~~~ん!!」


 突然ウッラが泣きながら謝るのでフィリップは焦る。


「食器を割ったぐらいでたいそうな……そんなことぐらいでクビにしないよね?」

「ええ。そんなことではしませんわ……」

「もしかして……バレてる??」

「ええ。昨夜はお楽しみでしたわね」

「お願い! クビにしないでやって!!」


 ついにフィリップがウッラを口説き落としたのだが、フィアンセで主人のエステルに知られてしまっているのだから土下座。ウッラも慌ててフィリップの横に来てマネている。


「誰がクビにすると言いましたの。これで夜遊びがなくなると、褒めようと思っていたのですわ」

「いや、その顔は怒ってるよね??」

「通常の顔ですわ!!」


 それだけ言うとエステルは食堂から早足で出て行き、ドアを乱暴に閉めて去って行った。



「娘が怖い顔で歩いていたのですが……」


 エステルと入れ違いにホーコンが食堂に入って来たのでウッラは背筋を正し、フィリップは割れた破片を拾いながら質問に答える。


「あれが通常の顔だと言ってたんだけど」

「そんなわけありません。何かやらかしましたよね? それもウッラが関係していそう……」

「せいか~い!」


 下手に隠すより全て語ったほうが傷が浅いと判断したフィリップは、笑いながら喋る。ウッラは気が気でない顔。

 その結果、ホーコンからはどちらもおとがめがなく、フィリップには「元気があってよろしい」とのこと。ウッラも「娘が結婚するまでは夜のお務めを頑張るように」と褒めていた。フィリップは引き気味に見てた。


「しかし、娘との仲がなかなか進展しないのはどういうことですかな?」

「お姉ちゃんはね~……結婚相手だから誘いづらいと言うか……いや、違うな。これからずっと一緒にいるんだから、嫌われたくないんだよ。って、こんなこと思うの初めてだから、僕の初恋かも? だから慎重になってるんだね。ウンウン」


 フィリップは真面目に頷いているのだが、ホーコンには言い方が不真面目に聞こえている。


「娘に好意を持っているとは信じますが、あまり悲しませないでくださいね。あれでも婚約破棄されてから、物凄く落ち込んでいましたので」

「へ~……そんなふうには見えなかったけどな~」

「殿下の前だからですよ。殿下が来てから、みるみる元気になったんですよ」

「それって……皇后の椅子に執着があったからじゃない??」


 どうしても信じられないフィリップは失礼な質問をするが、ホーコンは笑顔で答える。


「あの子は意外と純粋なんですよ。陛下との婚約が決まった時には喜び、帰省の際には陛下のお話ばかりで……いま思うと、初恋だったのでしょうな。だからどうしていいかわからずに、陛下に近付く者は排除しようとしたのかもしれません」

「なるほど。裏設定ならありそうな話だね……」

「裏設定とは??」

「いや、なんでもない。アハハハ」


 フィリップが笑ってごまかしていると、ホーコンは頭を下げる。


「どうか、娘を幸せにしてやってください。お願いします」


 その行為にフィリップもどうしていいかわからず、頭をボリボリ掻いている。


「まぁできるだけ……愛想つかされるほうが早い気もするけどね」

「娘はきっと尽くすタイプですから大丈夫でよ。わははは」

「『きっと』って、確定じゃないだろ~。浮気したあと鬼になるかもしれないだろ~」


 辺境伯は笑いながら去って行くので、フィリップは追うこともせずにウッラを見る。


「いちおうどちらからも許可は出たけど……」

「無理です! もうできませ~~~ん!!」

「そんな~~~」


 ようやく口説き落としたウッラにフラれたフィリップは、珍しく落ち込むのであったとさ。



 それから数日、わりと早く立ち直ったフィリップ。というか、一度断った相手を落とすことを楽しんでいただけなので、落ち込んだフリをしていたっぽい。ウッラのことをチラチラ見て反応を楽しんでいたし……

 なので、今日は違う女子を口説き落としにかかっている。


「なななな、何を言ってますの!?」


 その女子とは、エステル。デートに誘っただけでめちゃくちゃ取り乱している。


「いや、デートなんて勅令書を奪ってからしてなかったから、久し振りにどうかと思って」

「アレが初デートでしたの!?」

「あ、そっか。アレは仕事の延長線みたいなモノか。最後は血塗れだったし、やっぱなしで」

「そうですわね。デートではありませんでしたわ」

「なんか膨れてない?」

「通常の顔でしてよ!!」


 エステルは一瞬初デートの気持ちになったが、フィリップがニヤニヤしていたので正式に怒っていた。


「ま、たまには2人でどっか行こうよ。デートコースは任せておいてね」

「そ、それぐらい、殿方がして当然ですわ!」

「楽しみだな~」


 エステルがあまりにも焦っているので、フィリップは少しからかってから席を立つのであった……

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