029 カイ・リンドホルム近衛騎士長の帰還


 帝都……


 各地の調査で一番厄介な地域を任されていたカイ・リンドホルム近衛騎士長が帝都城に戻り、玉座の間でフレドリク・ロズブローク皇帝と謁見していた。


「長旅ご苦労だったな」

「はっ! 労いの御言葉、有り難う御座います」

「あははは。いまは幼なじみとルイーゼしかいないのだから、堅苦しいのはなしだ。いつも通りでいいぞ」


 完璧イケメンのフレドリクが笑うと、筋肉イケメンのカイも真面目な顔を崩す。


「こんなに長い間帝都を離れたのは初めてだから、さすがに疲れた。皆のことも恋しくなったぞ」

「いつも一緒だったからな。私たちも寂しかったぞ」


 フレドリクだけでなく、眼鏡イケメンのヨーセフ・リンデグレーン宰相や、ロン毛イケメンのモンス・サンドバリ神殿長もカイの帰還に抱き合って喜んでいると、愛らしい顔のルイーゼも茶色の髪を揺らしながら笑顔で話に入る。


「お疲れ様。私も寂しかったよ」

「皇后様……俺も会いたかったぞ」


 ルイーゼはさすがに抱き合って喜ばなかったが、カイの手を握り長旅の話を質問する。その話は、フレドリクとルイーゼに気を遣ってか脚色された話であった。


「そうか。皆、奴隷から解放されて喜んでいたか」

「みんなが喜んでくれて、本当によかった~」


 フレドリクとルイーゼが嬉しそうに聞いているのに、カイは少し視線を下に持って行く。事実は、どの領地でも元奴隷から睨まれることが多かったから、嘘をついた後ろめたさがあるのだろう。


「積もる話はあるが、さっそく詳しい報告を聞かせてくれるか?」

「ああ。奴隷だった者の処遇だが……」


 カイから語られる調査報告。その話は、フレドリクたちの思っているような話ではなかった。


 帝都の外では、農奴以外はほとんどが再雇用されずに路頭に迷っていたので、カイは領主を叱責して毎日炊き出しをするように指示を出す。これはフレドリクからの命令に含まれていたから領主は従うしかない。

 さらに、元々の雇用先には罰を与えるようにと命令。賃金がそのままの雇用先も多いので、これにも平民並みにするように領主に命令したらしいが、そんなことをするともっと路頭に迷う元奴隷が増えると泣き付かれたそうだ。

 しかしカイには解決方法がわからないし、調査の領分を超えていたので「一度持ち帰るから、それまで元奴隷を飢えさせないようにしろ」と言って離れたらしい……



「ひどい……元奴隷のみんながかわいそう……」


 そんな話を聞かされたルイーゼは涙を流す。元奴隷に感情移入してしまったのだろう。


「確かに酷いな……帝国には、無能な領主しかいないのか……」


 ルイーゼが涙すると、フレドリクは怒り心頭。ヨーセフもモンスも、領主を非難している。その中に代案を出す者もおらず、罰の話ばかりしてまとまったら、フレドリクはカイに尋ねる。


「上手くやっている領主は1人もいなかったのか?」

「いるにはいたけど……」

「誰だ? そいつを見本にさせたほうが早そうだ」

「それが……ダンマーク辺境伯なんだ」

「「「ダンマーク辺境伯だと~~~??」」」


 カイの出した名前に、フレドリクもヨーセフもモンスも一斉に怪訝けげんな顔になった。


「あそこは、エステルのような性悪女を育てた土地だろ?」

「皇后様をイジメるような娘がいるのに?」

「何か細工があったのではないですか?」


 そう。ヒロインをイジメていた悪役令嬢がいるのだから、元奴隷も酷い扱いを受けているのだと決め付けていたからだ。だからこそ、信頼厚いカイを送り込んだらしい……


「それはそうなんだが、元奴隷は1人残さず平民並みの給料で再雇用しているだけでなく、他所の元奴隷も引き受けていたんだ……」


 カイがありのままを伝えるが、フレドリクたちは誰1人信じていない。


「税を勝手に引き上げていたのではないか?」

「税収が増えていたから俺も疑ったけど、それは平均給料が増えたからの税収だと言われた。贅沢品も全て売り払ったらしく、家の中もガランとしていたから噓は言っていないと思う」

「煙に巻かれただけかもしれないぞ。帳簿の写しはあるか?」

「ああ。きっちり用意されていた」


 まだ信じられないフレドリクはカイから辺境伯領の帳簿を受け取ると、皆で手分けして確認していた。


「帳簿上は噓はなさそうだな……しかし、どうして辺境伯領だけ……」

「いや、辺境伯領の近くの領は、それに近い成果を出している。辺境伯が元奴隷を受け入れているからってのもあるが、似たようなことをしていたから、助言を受けていたのだろうな」


 やっとフレドリクが納得しそうになったのに、ヨーセフはまだ疑っている。


「その地域といえば、勅令書を奪われた地域でしょう? ということは、エステル、もしくはその地域の領主が犯人だったから、準備ができたのでは?」

「俺もエステルが犯人だと思ってきつい尋問をしたが、各地から情報を手に入れていたから準備ができたと言っていた。その他の領主も同じことを言っていたし、強奪犯の似顔絵もそこかしこに貼ってあったんだ」

「だからって、エステルが犯人ではないと言い切れないでしょう。人を雇うこともできるんですからね」


 そのヨーセフの言葉から、もう一度調査に行くべきだという話が上がったが、ルイーゼだけはそうではないようだ。


「エステル様も心を入れ替えてくれたんだね……よかった~」


 何故か感動して涙を浮かべているよ。その涙に、今までエステルを犯人扱いをしていた4人はバツの悪そうな顔になった。


「ひとまず、辺境伯領をマネするように指示を出してたらどうかな? そうすれば、元奴隷のみんなも幸せに暮らせるはずだよ」

「あ、ああ。そうだな。まずは奴隷だった者の生活を安定させねば……」


 こうしてフレドリクたちはルイーゼの案を多く採用し、新たな勅令書が各地に届けられるのであった……

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