028 招かれざる客3
「思ったより簡単でしたわね」
カイが部屋から出て行くと、エステルはホーコンと小声で喋っていた。
「殿下の言う通り、取り調べには向かない人選だったからな。しかし、本当にエステルを犯人と決め付けて調査するとは……聞いていなかったら殴っていたぞ」
「確かに危惧していましたけど、ここまで根に持ってるとは……これなら、あの話は本当なのかもしれませんわね」
「有り得ないと言いたいところだが……それこそ帝国の歴史が終わってしまうぞ」
「本当に……この時点で殿下が立ち上がってくれたのは、
「ああ。我々で支えてやろう」
内緒話が終わるとホーコンから立ち上がり、騎士たちが帳簿を確かめている大部屋に向かうのであった。
大部屋では、先に帳簿を読んでいた騎士から進捗状況を聞くカイが驚きの表情をしていたが、気にせず壁際の席に座っている辺境伯夫人の隣にホーコンとエステルも腰掛ける。
何かわからない点があった場合に備えて辺境伯夫人を残していたようだが、いまのところ何も質問されていないとのこと。これからは1時間交代で待機しようかと3人で話し合っていたら、カイが近付いて来た。
「辺境伯。少しいいか?」
「はい。なんなりと」
「この、他領から受け入れている元奴隷なのだが、どうしてそのようなことをしているのだ?」
「どうしてとおっしゃられても、皆が困っているからですよ。幸い我々には少し時間がありましたから、一時的に預かる形を取っています。もしもやむを得ないことが起きた場合は、責任を持って我が領で受け入れますので、ご心配なさらず」
「ほう……どの領地も再雇用せずに放り出す者が続出しているのに、殊勝な心掛けだな」
カイはそれだけ告げると帳簿の確認に戻ったので、エステルとホーコンは目だけで語る。その内容は「誰のせいでそうなってんねん」だとか「情報を流してくれてサンキュー」的なものだ。
それからもカイは何やら信じられないからか、ホーコンたちに何度も質問し、この日は夜遅くまで辺境伯邸で帳簿に目を通すのであった……
「あいつら、まだ帰らないのかよ~。お風呂入りた~い」
「エリク様、私が体を拭きますので、今日はそれで我慢してください」
「それって……交代アリ??」
「もう……エリク様のエッチ~」
屋根裏部屋から出れないフィリップは、ウッラとけっこう楽しくやっているのであったとさ。
昨日は遅くまで仕事をしていた視察団なので、辺境伯邸で一泊。朝になると帳簿の裏を取りに、2人1組で領地内に散って行った。
ここ辺境伯邸がある町では、カイともう1人の騎士が担当しているらしく、農業や生産業を中心に働く人々から聞き取り調査を行っていた。
カイたちはかなり食い込んだ質問をしていたが、元奴隷からの答えは全員似たようなモノ。
給料が数倍になって人並みの生活ができるとか、鞭打つ主人から離れられたとか、主人から追い出されたのに平民と同じ生活をさせてもらっているとか、ホーコンへの感謝の言葉しかない。
ただ、奴隷制度を廃止したのはルイーゼ王妃の案でフレドリク皇帝がやったのだから、カイとしてはこちらに感謝しろと言っていた。なので、元奴隷も感謝の言葉を口にしていたが、ホーコンを語っていた時とは違って笑顔は消えていた。
夕暮れ時になり、それなりの調査が終わったカイたちは辺境伯邸に顔を出そうと馬で進んでいたら、人々からの視線を感じる。
その目に耐えかねたカイたちは急ぎ足で、辺境伯邸に戻るのであった。
「アレはいったいどういうことだ!!」
カイはホーコンたちがいる場所を執事から聞くと、勢いよくドアを開けて執務室に怒鳴り込んだ。
そんな入り方をするものだから、ホーコンも同席していたエステルもポカンとしている。
「アレとはいったい……帳簿に何か不備がありましたかな?」
「元奴隷だ! 奴隷から解放したのは王妃様なのに、まったく感謝の言葉が出て来なかったぞ! それどころか睨まれたのだ!!」
ホーコンの質問にヒートアップして答えるカイ。その熱に、ホーコンはやれやれって顔でエステルを見た。
「それは仕方がないことですわ」
「仕方がないだと……」
「元奴隷は教育されていないのですわ。だからお金をくれる者に感謝するに決まっていますわ。もしかして、そんなこともわからずに感謝しろと言って回ったのではなくて? そんな恩着せがましくされたら、誰だって嫌な気持ちになりますわよ」
「貴様たちが変な言い掛かりを吹聴したに決まってる!!」
「言い掛かりを付けられているのはわたくしたちですわ。きっちり勅令は読み上げましたわよね?」
「ああ。我が名に誓って間違いなく、一字一句漏らさず読み上げた。それを噓だと言うのなら、どうしてこの地に奴隷が1人もいないのですかな?」
「うっ……」
ホーコンに睨まれたカイが怯むと、エステルが妖しく笑う。
「あと、奴隷解放をなさったのは、皇帝陛下ではなくて? 先ほど王妃様としか言わなかったのですが、どうしてですの??」
「そ、それは……」
「失礼を承知で聞きますが、近衛騎士長は、王妃様に何かよからぬ感情をお持ちではありませんわよね?」
「あるわけないだろ! もういい! 調査は終わりだ! 明日には立つ!!」
今日もカイは逆ギレで終了。仲間の騎士を連れて辺境伯邸から出て行ってしまった。
「もういいの?」
ウッラから報告を聞いたフィリップが執務室にお邪魔すると、エステルとホーコンが同時に頷いたので、フィリップは定位置のソファーに飛び込んで寝転がる。
「それで、調査の結果はどうだった? 最高得点だったでしょ?」
「「……え??」」
「いや、『え?』じゃなくて、私財を投げ打って奴隷を救っているんだから、褒められたんだよね??」
「「えっと……」」
2人から詳しい話を聞いたフィリップは、驚きを隠せない。
「はあ!?
「面目ありませんわ」
「面目ない」
「目を付けられたらどうすんだよ~~~」
カイ・リンドホルム近衛騎士長の来襲イベントは、乗りきれたか乗りきれなかったかわからない結果で終わるので、フレドリク皇帝のご機嫌取りに新型馬車を送ることで話がまとまるのであった……
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