031 デート1


 今日は予定通り、フィリップはエステルを誘ってデート。2人で馬車に揺られて、近くの森に向かっている。

 フィリップはカツラを被っているものの、今日は姉弟設定をやめて、サスペンション内蔵の新型馬車の中は和やかな空気が流れている。


「やはりこの馬車はいいですわね」

「えっちゃんが喜んでくれて何より。頑張って作った甲斐があるよ」

「作ったのは職人ですわよね?」

「確かにそうだけど、アイデアは僕なんだから嫌味はやめてくれない?」

「殿下の行動を見ていると、つい……」

「酷いな~。じゃあ、今日は嫌味禁止で」

「そうなると、喋れるかどうかわかりませんわよ」

「ま、黙っていれば美人なんだし、それもアリかもね。アハハハ」

「意地悪言わないでくださいまし……」


 フィリップが嫌味で返すと、エステルはしおらしくなる。どちらかと言うと、美人と言われたことに照れているみたいだ。

 そうなると、エステルは本当に喋らなくなったので、フィリップは1人で喋り続けて馬車は進むのであった。



 目的地の森に着いたら、馬車と御者は2人を見送って待機。フィリップとエステルは並んで森を歩く。


「デートにこんな所を歩かせるなんて、どうかと思いますわ」

「嫌味禁止って言ったでしょ~。あ、また抱っこしてほしかった?」

「それも嫌味ですわよね??」

「おんぶのほうがいい??」

「どちらも嫌ですわ!」

「怒らないでよ~」

「キャッ」


 エステルは怒って先々歩くので、木の根につまずいてしまった。


「セーフ!」


 そこをフィリップが素早く回り込んで腰の辺りをキャッチ。頭に触れる大きくて柔らかい物のせいで、ちょっとニヤケてる。

 しかしエステルはそのことに気付かずに体勢を整えた。


「あ、ありがとうございます……」

「そんなのいいって。とりあえず、折中案で手を繋ぐってのはどう? 転んで怪我されたら僕も嫌だし」

「それでしたら……」


 エステルが折中案を受け入れてくれたら、フィリップは右手を出して、エステルがちょこんと出した左手を握る。まだ恋人繋ぎは恥ずかしいだろうと、エスコートするような感じだ。

 これでまたエステルが黙ってしまったので、フィリップが1人で適当なことを喋りながら歩く。そうしておよそ15分ほど歩いたら、目的地に着いた。


「ここは……子供の頃にお父様に連れて来てもらった場所ですわ」


 目の前には、大きくはないが澄んだ水の湖。木漏れ日によって湖面はキラキラと輝いている。


「綺麗なところだね」

「はい……こんなに近くにあったのに、どうしてわたくしは忘れていたのでしょう……」

「忙しかったからじゃない? 子供の頃に婚約が決まったから、皇后の勉強でいっぱいいっぱいになっちゃったんだよ」

「そうでしたわ。あの頃の記憶なんて、教育係の顔しか思い出せませんわ」

「頑張ったんだね。最近も忙しくしてたし、今日はゆっくりしよう」

「はい……」


 フィリップの言葉にグッと来て目が潤むエステル。それに気付いてか気付かずにかフィリップは前を歩き、湖のほとりに向かうのであった。



 湖の畔に立ったフィリップは、せかせかと設営。アイテムボックスから2人掛けのベンチを出してエステルを座らせ、パラソルを立てたりバーベキューセットを並べている。


「何もないところから次々と物が出て来るなんて、本当に不思議ですわ」

「そういえばこれって、辺境伯には言ったの?」

「黙っているように言われたので、報告してませんわ」

「おっ! ありがと~う。こんなの知られたら、荷物持ちさせられるから嫌だったんだよね~」

「どちらかと言うと、報告しても信じてもらえないと思ってですけどね」

「また嫌味が出てるよ~?」


 フィリップに指摘されて、エステルは手を口に持って行く。いちおう嫌味禁止のルールは覚えていたようだ。

 それからフィリップは杭のような木を4本、地面にブッ刺したらハンモックをセットして、エステルの隣に腰掛けた。


「お待たせ。相手してあげられなくてゴメンね~」

「いえ。とっても面白くてよ」

「そう? 何が面白かったんだろ……」

「杭を刺していたじゃないですか? 普通、ハンマーで何度か叩いて刺すのに、殿下は素手なのに一発で刺してましたわよ」

「あ~……地面が柔らかかったから……」

「もう遅いですわよ。だから、お父様の剣を軽々受けられたのですわね」

「それも見てたの!?」


 ホーコンとの試合を見られていたとは初耳だったので、フィリップは驚く。そのあとのホーコンの放心状態は笑っていたけど……


「辺境伯といえば、ここで奥さんにプロポーズしたんだって。知ってた?」

「そうですの? お父様は、意外とロマンチストだったのですわね。フフフ」

「いかつい顔してるのにね~。アハハハ」


 しばし辺境伯夫妻の話題で話が弾む2人。どうやら辺境伯夫妻は子供の頃からの許嫁で、そのまま愛を育んで結婚したそうだ。エステルもその話は好きなのか、乙女のような顔をしていた。

 それからお昼に頃合いとなると、フィリップが用意すると言って立ち上がり、炭に火をつけた。


「いまのどうやって火をつけたのですの!?」

「あ……やっちった」


 フィリップが手をかざすだけで藁が燃えて炭からも煙りが上がったので、エステルの質問にも火がつくのであったとさ。

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