013 見張り


 アルマル領の町に来て2日目。平民に変装したフィリップとエステルは正門が見える大衆食堂のオープンテラスでお茶をしていた。昨日のこともあってか2人とも寝不足で会話も少ない。


「2人とも長くいるけど、何をしてんだい?」

「ちょっと人捜しをね」


 大衆食堂のおばちゃんが不思議に思って声をかけると、フィリップが簡単な説明をする。

 ただし本当のことは言わずに「父の残した家宝を兄が持ち逃げしたから秘密裏に捜しているので他言無用」と涙ながらに語って、おばちゃんを味方につけていた。

 その嘘を信じたおばちゃんはランチを奢ってくれると言ってくれたが、これから数日場所を借りるからと、フィリップは多目のお金を握らせて下がらせた。


「よくそんな嘘がポンポンと出て来ますわね」


 人を騙してニヒヒと笑っているフィリップに、エステルは呆れている。


「長時間居座ることになるんだから、前もってストーリーは考えておいたんだよ」

「昨日のお話もなかなか面白かったのですから、いっそ小説家になられてはどうですの?」

「え? 昨日の話、信じてなかったの??」

「逆に聞きますけど、どう信じろと??」

「え~。一大決心して喋ったのに~」


 フィリップ、ガックシ。初めて自分の秘密を他人に話したのに、まったく信用されていないのではうなだれてしまった。

 でも、ランチの料理が並んだら元に戻っていたから、エステルはまた呆れていた。



「それはそうと、本当に見たらわかるの?」


 ランチが終わり、お皿もおばちゃんが下げてくれたら、お茶を飲みながらフィリップはエステルに尋ねた。


「ええ。それなりに目立つ格好をしていますからね。そうでもしないと、途中で事件に巻き込まれてしまいますのよ」

「奪っても、旨味がないと宣伝しているわけだね」

「ええ。皇帝陛下の勅令書を奪った場合、否応なく縛り首ですわ。陛下が法律を変えていなければ、まず奪われることはありませんわ」


 2人が話をしていることは、作戦の一段階目。概要は、奴隷解放までの時間稼ぎだ。ただし勅令書を無視したり反対すると罰があるので、ここは勅令書が届いていないと伝えてもらい、その間に態勢を整えようとしている。


「あとはいつ届くかですわね。もしくは、すでに届いているか……」

「それは大丈夫。ここまで馬車で8日。早馬で5日前後でしょ? 法律を整えて各地に一斉に送ることを考えたら、それ相応の時間が掛かるからね」

「そこにエリクの移動時間が抜けていると思うのですが……」

「移動時間も含めてちゃんと計算しているから信用してよ」

「逆に聞きますけど……」

「信用ないんでしょ! わかってるよ!!」


 エステルのそのセリフは、少し前に聞いたこと。フィリップは聞きたくないのか、逆ギレするのであった。



「今日は現れなかったですわね」


 時刻は夕暮れ。正門が閉まるとエステルはフィリップを見た。


「そう睨まないでよ~。そこまで正確に当てられないって~」

「別に睨んでませんわよ。こういう目ですわ」


 フィリップが情けない声を出すので、エステルもフォロー。というか、睨んだと思われたことが勘に触ったので、今回は本当に睨んでいる。


「晩ごはんは別の場所に変えよっか?」

「ですわね。いい食材を使っているところにしましょう」

「あまり高いところは、この格好では無理だよ~」


 なので、話を逸らして席を立つフィリップであったとさ。



 フィリップはまた露店で「男が女に見栄を張るような店はないか」と質問をして、2、3情報を仕入れたらエステルと足を運ぶ。

 しかしエステルには文句を言われたので、毎晩店を変えることで納得してもらっていた。


 そうして夜道を歩いていたら、イベント発生。


「いい女発見! 彼女~、俺たちと飲みに行こうぜ~」

「そのあとは、お楽しみだ~」

「「「「「ギャハハハ」」」」」


 絵に書いたような酔っ払いの悪者5人に絡まれたのだ。


「わたくし、下品な男を連れて歩きませんことよ」

「気の強い女だな。これは調教しがいがありそうだ」


 ガラの悪い男がエステルに近付いて手を伸ばすと、フィリップが2人の間に割り込んだ。


「お姉ちゃんに触るな~!」


 ここで初めて、男はフィリップがいたことに気付く。


「なんだこのちっこいの? ナイト気取りか?? ギャハハハ」

「そうだよ!」

「ぎゃっ!?」


 フィリップは笑っている男の股間目掛けてキック。いくら子供と大人ぐらいの体格差があっても、急所を蹴られた男はたまらずうずくまった。


「テメー!」

「逃げるよ、お姉ちゃん!」

「え、ええ……」


 仲間の男がいきり立つが、フィリップはエステルの手を引いてダッシュで逃走。男たちも怒りのあまり追いかける。

 フィリップは路地に入るとその辺にある箱やゴミを使って男たちの進路を妨害をし、距離が開くとわざと止まって石を投げつけている。


「お姉ちゃんに近付くな~。アハハハ」

「はぁはぁ……何を楽しんでまして?」

「もう許さん!!」

「来た! 逃げろ~~~」


 息を切らしたエステルが笑うフィリップをいさめていたら、金的を受けた男が剣を振り上げて走り出したので、鬼ごっこの再開。

 しばらくおちょくるように走り回ったフィリップは、路地を抜けて大通りに出た。


「ドンピシャッ!」


 そこは富裕層が住む居住区の入口。フィリップはエステルの手を引きゴニョゴニョとやったら、門に立つ衛兵にうつむき加減のエステルを引き合わせる。顔を見せると怖がると思って、エステルには下を向かせているみたいだ。


「はぁはぁ……助けてくださいませ。男が剣を抜いて追いかけて来てますの。このままでは殺されてしまいますわ」

「なんだと!? 皆の者、戦闘準備だ! お二人はこちらに」


 衛兵の待機所に案内されたフィリップは、全ての衛兵が外に出てガラの悪い男たちとの戦闘になるのを確認したら、エステルをお姫様抱っこして逃走するのであった。

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