014 悪役令嬢の魔法
「いいかげん下ろしてくださいませ」
暴漢を衛兵に押し付けたフィリップが逃走していると、お姫様抱っこされているエステルが嫌そうな声をあげた。
「そうだね。もういいか」
フィリップは後方を確認して、誰の姿も見えなかったから言われた通り下ろし、宿屋に向かって歩く。
「まさかこんなに走らされるとは思いませんでしたわ」
「いい運動になったでしょ?」
「エリクが護衛を引き受けると言ったのに、まったくといって戦わないことに嫌味を言ってますのよ」
「あ、そっち? アハハハ」
「わかって笑ってますわよね? はぁ~……」
嫌味が通じないフィリップが笑い続けるので、エステルも諦めて質問を変える。
「正直なところ、エリクは強いのですわよね?」
「僕は……まあまあかな?」
「魔法も使えますし、人ひとりを担いであんなに速く走れる者が、まあまあで収まると思っていまして?」
「人と比べたことがないから、わかんな~い」
フィリップがかわいこぶりっこでごまかそうとするので、またエステルからため息が漏れてしまう。
「はぁ~……わたくしの見立てでは、あのような男たちに遅れを取るとは思えませんわ。どうして倒さなかったのですの?」
「まだ数日滞在するのに、騒ぎに巻き込まれたくないでしょ。だから面倒事は衛兵に押し付けてやったんだよ。これでいい?」
「はあ……」
急に真面目に答えられたので、エステルも面を喰らって質問が途切れた。あの瞬間にそこまで考えていたのかと感心してはいるが、本当なのかとも疑っている。
そんなことを考えていたら宿屋に着いたので、今日もエステルからお風呂を済ませて眠りに就く2人であった。
翌日も、朝から大衆食堂にて正門の見張り。やることもないので、エステルは昨日のことを質問していた。
「氷魔法を使えば、簡単に倒せましたわよね?」
「まぁ……目立つけど」
「そこそこ賢いですし、その魔法の知識を使えば学院の主席になれたんじゃなくて?」
「だから目立つのがイヤなんだって~」
「皇帝は難しいでしょうが、要職に就くのは簡単でしょう」
「そんなの、国のお金を使ってぐうたらできないでしょ~」
「皇族がぐうたらするなんて聞いたことありませんわ」
責めるように質問をするエステルに嫌気が差して、フィリップは反撃に出る。
「てか、お姉ちゃんは闇魔法の使い手でしょ? お姉ちゃんこそ、あいつらを簡単に拘束できたんじゃないの?」
「闇魔法ですか……アレは使い勝手が悪いのですわ」
「そうなの?」
「ええ。自分の影を動かす程度しかできないですし、射程も自分の影によりますから、拘束なんて無理ですわ」
「ふ~ん……最強っぽいのに……」
フィリップが腕を組んでそんなことを呟くので、エステルは不思議に思う。
「どこが最強ですの?」
「だって、影ってのはそこかしこにあるじゃん? 壁でもなんでもくっつけたら射程は伸びるし、暗闇なんて使い放題じゃない??」
「そ、そんなこと、考えたことがなかったですわ……」
「ここの人って、な~んか変なんだよね~。頭が凝り固まってて、創意工夫をしないと言うか……あ、物語上の設定通りしかできない仕様になっているのか。だから、できないと思ってしまうんだ」
フィリップが1人で喋って納得していると、エステルが遮るように質問する。
「その物語は置いておいて、わたくしも改善することができますの?」
「暇だしちょっとやってみよっか」
フィリップ主導で闇魔法の練習。お互いの影を離れた所からくっつけたり、遠くの影から手のような物を出したり、それを複数出したり。
その応用で影を細くして、フィリップの首を絞めたり……
「ゲホッ! ギブギブ!!」
「あら? 失敗してしまいましたわ」
「ゴホゴホッ。その失敗って、皇族の暗殺のこと?」
「魔法の扱いのことですわ。なかなか操るのは難しいですわ。オホホホホ~」
「再会してから一番の笑顔だね……」
エステルが黒い笑みを浮かべて笑うものだから、フィリップは教えたのは失敗だったのではと思うのであった。
「これはこれで面白いですわね」
エステルは影で猫のような形を作ってテーブルの上を歩かせて楽しんでいる。
「上達はやすぎ。それに魔力量もメチャクチャあるね」
「そうですの?」
「やっぱ主人公のライバルだから、補正があるのかな~」
「言ってる意味がわかりませんが、闇魔法しか使えないのはデメリットではなくて?」
いちおうフィリップは風魔法も使えないかと教えてみたが、エステルはそよ風も起こせなかったので諦めている。
「そうでもないよ」
「それを超えるメリットがありますの?」
「うん……」
フィリップは少し溜めてからメリットを告げる。
「かっこいい!!」
「……はい?」
「闇をマントみたいに羽織ったりできそうじゃん!」
「……マントなら買えばよろしいのでは?」
「女には男のロマンがわからないか~」
「はあ……」
フィリップ、厨二病を患っている。その感性を持ち合わせていないエステルでも、「見た目だけじゃなくて中身も子供なのですわね」と気付くのであったとさ。
この日も待ち人は現れなかったので、ディナーをしてから宿屋に撤退。その翌日の昼過ぎ……
「あの男ですわ」
エステルは目だけで方向を示すのであった……
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