第159話

 尚斗は繋ぎっぱなしだった通信機に向け、羽佐間へと指示を送る。


「羽佐間さん、予定通り発動準備をお願いします。それと結界班の巫女を撤退させてください」

「了解です室長」


 短く要件を伝え終わった尚斗は、続いて後方でまだ鬼達と戦闘を続ける静江達に大声で指示を出す。


「婆様!装置を発動させます、現在洞窟内にいる方は順次撤退を!殿は私達が務めます」

「わかったよ、もうちょっと楽しんで行きたかったねぇ」


 静江の号令の下、一気に鬼達が雪崩れ込まないように間引きながら徐々に前線を下げていく巫女や生田家佐治家の面々、あっちは静江に任せておけば問題なさそうだ。


「そういうことですので。虎徹殿、衛君、そろそろ終わらせましょうか」

「ああ、先祖の無念も晴らす事ができたのだ、後は黄泉比良坂だけだな」


 生田家のみならず佐治家からも黄泉に囚われていた者が出ていたのだ、先祖を弔うことが出来た事は感慨深いものがあったに違いない。


「椿姉と美詞君はもうちょっと私と八津波に付き合ってもらえるかな?」

「言われなくても」「そのつもりよ」


 なんとも息の合った姉妹だことで……二人とも既に尚斗と共に殿を任されるつもりでいたようだ。

 術の反動が大きすぎて回復が追いつかず、体にダメージが残っているためだいぶ精彩を欠いた動きとなってしまった尚斗であるが、現在残った鬼達は尚斗が欠伸をしながらでも沈められる相手、特に苦戦をすることもなく順調に前線を下げていくことが出来ている。

 フラグの神様が介入してくることもなく、時間に少し余裕を余らせつつも気が付けば新しく張った結界の目の前まで到着。

 静江達を追っていた鬼達が結界を叩いているのが見えるがさすが巫女の物量に物を言わせた結界、びくともしていないようだ。

 そんな鬼達を背後から斬りつけ結界を無事抜けると、装置が問題なく動いていることを横目に確認し扉を潜った。

 尚斗の網膜を刺激する青い空と降り注ぐ天からの恵、短い間であったが太陽の光を浴びると現実に戻って来たことを嫌でも意識させてられてしまう。

 しかしそんな感傷に浸っている場合でもない、これから最後の花火を上げなければならないのだ。


「全員洞窟周辺から退避!なるべく離れて衝撃に備えてください!」


 最後となった尚斗が無事黄泉比良坂から出てきた事にほっとした面々も、尚斗が発した言葉で慌てて林まで下がって行く。

 残されたのはその計算された衝撃範囲から少し離れた所でコンソールに向き合い、今か今かと待ちわびている羽佐間の姿と、洞窟の前にドンと置かれた封印装置だけ。


「羽佐間さん、お願いします!」


 間髪おかずに押されるボタン、途端に周囲から音が消えた。



 その日、千葉県のとある地方で天高く立ち昇る光の柱が観測された。

 近隣住民の証言から大きな音と風が吹いてきたがなにか被害があったわけでもなく、テレビではどこにそんな専門家がいたんだと思えるようなコメンテーターが、自身ですら本当に信じているのか疑わしいような見解を好き放題展開していた。

 後日政府から「最新式の機器によって行われた不発弾処理によるもの、予断を許さない状態であったため関係各所への連絡が後回しになった」旨の発表が成される。

 更にこの不発弾が日本各地にあと6カ所ほど確認されているとのことで順次撤去を行うことも発表された。

 発表通り日を置き立て続けに日本各地で観測される光の柱、一般向けには現在確認できている脅威はすべて取り除いたと報道されたが、マスコミにも立ち入らせず秘密裏に行われた処理に様々な憶測を呼ぶこととなり一時国家陰謀論が唱えられたりもした。

 しかし裏の退魔師界隈になされた発表では激震を走らせることになったのは言うまでもない。




「これで全部終わったな、まさか私の代でこの問題を解決することになろうとは思ってもみなかったが……よかった……ほんとうによかった。尚斗君、ありがとう」

「その御言葉は協力してくださった方々や技術研の皆にお願いします。きっとこれからの励みにもなるでしょう」

「ああ、もちろんだとも。過去の私の判断を褒めてやりたいぐらいだ。君達を得る事ができたことは何にも代え難い宝だよ」


 あの日装置の起動は無事成功、大きな衝撃波を伴った光の柱による科学と神秘の一撃は無事現世と黄泉を断絶せしめた。

 続いて起こった空間消滅による衝撃。

 大きく口を開けたあの洞窟は空間消滅を起こしたにもかかわらず、何も存在していなかったかのように山肌が現れそこに黄泉の痕跡は塵一つ残らなかった。

 装置の実証実験が成功したことにより各地に残る6つの黄泉比良坂も封印すべく直ちに装置が量産されることに、国家の後押しもあったことから瞬く間に製造された装置をひっさげ、緊急性の高い黄泉比良坂から順に潰していくこととなった。

 鎮守の巫女家のひっ迫具合は想像以上で、当代巫女達は下手をすれば生田家の二の舞となりそうな力が弱く若い巫女ばかりであった。

 逆に言えば千歳のケースのように救出作戦がなかっただけ作戦は順調に行く……かと当初は思われていたのだが、いざ装置の起動準備に入るとなぜか鬼の軍隊が察知したかのように押し寄せてくることに。

 幸い千葉の時のように戦闘員と結界補助要員を準備していたためさほど苦労することはなかったが、これが次の黄泉比良坂でも、更に次でも同様の反応を見せてきたことから生き残りの鬼から情報が伝達されて警戒されたか、もしくは装置から発する何らかの力に反応しているのは明らかであった。

 さりとてひとつ封印するごとに役目から解放された鎮守の巫女家と護家が作戦遂行のため参戦することになったために、後になればなるほど作戦に余裕が出たのは有難かったと言えるだろう。

 最後に残った最大規模である出雲の黄泉比良坂の封印作戦、日本各地すべての鎮守の巫女家と護家が揃いぶみで挑んだ合戦のような封印ミッションが成功した時は感動も一入、勝鬨をあげながら皆涙を流していたほどだ。


「これで君の……いや、神耶家の功績が認められ地位が向上したことは喜ばしいことだ。心無い退魔家達に抑えつけられていた重石も軽くなったのではないかな?」

「ええ、しかし同時に重責を背負うことにもなりましたけどね」

「それは仕方ないことだよ、隆輝殿が戻ってこられればきっと喜ぶはずだ、なんならそれまで更に地位を高めればいいのではないかね?凍結が解かれ方位家に返り咲くことも不可能ではないぞ?」

「やめてください、父ならともかく私には不相応です」

「そうかね?今の方位家どもよりよほど君のほうが国に貢献していると思うのは私だけではないはずだ」


 すべての黄泉比良坂が封印されたことは政府の声明で退魔師界隈に発表されることに、現在まで秘されていた鎮守の巫女家やそれを守る護家の存在、そして日本の脅威となっていた7つの黄泉比良坂の封印消滅。

 言い伝えが残る古い家ほどその衝撃は計り知れなかったことだろう。

 作戦に参加した技術研と桜井家、そして14の巫女家と護家の功績は大きいものとして取り扱われた。

 とりわけ技術研の責任者でもあり装置の考案者、そして前線で指揮をとった勇猛果敢さ等を評価された尚斗の……ひいては神耶家の功績は直接御言葉を賜るばかりか勲章を親授されたほど。

 さすがに今回のことで態度を改めるかと思われた協会側は、それでも今まで通りどころか醜い嫉妬と逆恨みにより更なる過激思考へと舵をきったのだから笑えない。

 それでも協会内部では中堅層からだいぶ支持派が増えていることから、尚斗自身もあまり気にしていないのではあるが。

 それよりも今回の件で一番の収穫と言えるのは全7家の鎮守の巫女家及び全7家の護家が神耶家の派閥に組み込まれたことだろう。

 役目を終えた守役14家はこれまでのように裏方に徹する必要もなくなり、更には自分達ではどうすることも出来なかった運命から一族を救い、解放してもらった大きな恩から神耶家の傘下に入る事を願い出てきたのだ。

 出雲で最後の黄泉比良坂を封印した後で、すべての当主が若造である尚斗に向かい跪いた時はさすがの尚斗も慌てふためいた。

 戸惑いを隠せなかった尚斗であったが静江の「神耶家を盛り立てていくのならばこれぐらいは甲斐性を見せな」との一言で無理やり腹をくくる事になってしまった。


「君も10以上の家を取り仕切る一族の長となったのだ。旧家共は警戒を強めているが私個人としては君が力を持ってくれるのは歓迎できる事だ、これからも護国のためにその力を頼らせてほしい」

「ええ、あなたには拾っていただいた恩があります。そして上司が真に護国を願い動いていただけている間は、この身微力ながら尽くさせていただきましょう」

「はっはっは、なら私は常に気を引き締めておかねばな。道をたがえた時は正してくれるかね?」

「おや、ケツを蹴り飛ばされるのが御趣味で?」


 あの日、魔界門が開き国の存続に危機感を抱かせたあの時から繋いだ想いと願いは、人類の反撃の狼煙を上げる一矢となる。

 今回の封印装置の実証実験は、協力しているアメリカとバチカンのみならず全世界への朗報となった。

 まだ実際に魔界門の脅威を排除出来たわけではない、しかし確かに未来へと繋ぐ希望となったのだ。

 悪魔共の陰謀に勝負を挑む日はそう遠くない。

 あとは……

 門を開くキーだけ。



 ― 第九章  完 ―

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