第十章 魔の手は福音となり得るか

第160話

 季節は秋真っ盛り……とは言えずそろそろ暦では冬に差し掛かろうかとしている頃。

 しかし体感では少し前までまだ夏だったのではと思うほどに今年も秋は引きこもりがち。

 四季と謳われている季節も近年では春と秋になにかとサボリ癖がついてしまったのだろうか。

 それともなにかと自己主張の強い夏と冬に気圧されてしまったのか……ひとつ言えるのは「暑い」「寒い」ばかりが長くて「涼しい」が少ないのでは?そんな取り留めのない思考に陥った美詞の頭の中は、最近増えてきた服飾からタンスとどう相談しようかが悩みである。

 長袖の少しフォーマル気味なお嬢様然とした衣装に身を包んだ美詞と、スーツを「びしっ」と着込み髪型を「しゅっ」と整えたビジネスマンスタイルの尚斗、そして服に悩まされることのない羨ましい存在であるお犬様と共に一行は東京都内にあるホテルに赴いていた。

 ホテルの受付で尚斗が名を告げると、コンシェルジュがお犬様を気にする様子もなく目的地まで案内してくれる丁寧っぷり。

 さすが都内の一流三ツ星ホテル、サービスも徹底していると感心するが、今日会うであろう相手が相手というのも起因しているのかもしれない。

 既に美詞の視界には先ほどからチラチラと黒服姿の男達が存在感をアピールしている、目的地は目の前のラウンジにも関わらずコンシェルジュが案内するのは、それだけ大事な客だからかと思ってしまうのはホテル側に失礼か。

 案内されるままラウンジスペースに足を踏み入れた美詞は違和感を感じた。

 ひとつのテーブル以外周りの席に誰も座っていない、ラウンジ入口で黒服達が門番をしているのが原因ではない、今日の会合の為ラウンジが貸し切りにされているようだ。

 尚斗らの登場に気づき目の前のテーブルから立ち上がったのは壮年の男性二人、その内一人は見覚えがある顔だった。


「神耶さん、桜井さん、今日は私の頼みに応じてくれてありがとう。久しぶりに会えた二人と楽しい談義に花を咲かせたい所ではあるんだが先に紹介をさせてほしい、こちらがお話した 纐纈惣二郎(はなぶさ そうじろう)君だ。ぜひ彼の話を聞いてやってほしくて無理を言ってしまった」


「初めまして、ご紹介に与りました纐纈惣二郎と申します。ハナブサ製薬 代表取締役社長最高経営責任者という立場に就いております。桐生先輩からかねてお二人のお話をお伺いしておりました。お会いできるのを楽しみにしてましたよ」



 事は数日前に遡る。


 尚斗の下に一本の連絡が届いたのが切欠であった。


「もしもし、ご無沙汰しております桐生さん。最近はどうですか?会社の方が益々のご発展をされていると聞き及んでおりますが……」


 電話の相手は以前美詞が繋いだ縁からの付き合いである桐生宗近(きりゅう むねちか)である。

 孫の婚約者から命を狙われ暗殺者が放った呪いを祓った経緯と、その婚約者の陰謀を暴いた事で今も尚斗らには多大な恩を感じている御仁。

 事件から彼が代表を務める会社は一時株が大暴落したが、たった数カ月で驚くほどの立て直しを実現したばかりか以前よりも更なる隆盛に押し上げた傑物である。

 当初は会社の重役が不祥事を起こしたとし宗近の責任問題も問われたが、報道で「容疑者は暗殺者を雇い代表を殺害しようとした」「息子夫婦の乗った飛行機ごとテロリストを雇い殺害した」等、どこのマフィアの話だと思われるようなとんでもない悪事が晒されることで世間からの同情票が上回ることとなった。

 また、暗殺者に襲われ昏睡状態にあった宗近の奇跡的復活劇と、婚約者から騙され傷心の中でも健気に祖父の会社を支える献身的な孫の姿でイメージアップを図った結果、桐生グループへの世論はプラスに転じる事に。

 それどころか敏腕であった孫である美香子の手腕が遺憾なく発揮され出すと、事業成績が右肩どころか頭上を跳ね上げる勢いで伸びたのだ。

 元々会社の横領事件等の報道は三日もたたずに鎮火していたが、美香子への密着取材でメディアに露出することになると「美しすぎる後継者」「大和撫子の体現者」「悲劇を乗り越えたヒロイン」等と目立つようになり、会社の広告塔として活躍することに。

 今や多くのお見合い写真やファンレターを装ったラブレターが大量に届くことになり、「次こそはパートナー選びに失敗してなるか!」と宗近が鼻息荒く目を血走らせているのは余談だ。


「ああ、君達のおかげで無事会社も立て直す事が叶ったよ。美香子がアイドルのような扱いを受けるようになってしまったのは計算外だったがね。また妻も含め食事に誘わせていただくよ、二人も君達に会いたがっていたからな。ところで今日連絡させてもらったのは確認したい事があっての事なのだが……」

「確認とは……一体どのようなことでしょうか?」

「神耶さんのスケジュールを確認したくてね、最近は忙しいのかい?」

「まぁ、仕事は確かに入っておりますが急ぎではないので時間なら取れますが、なにかありましたか?」

「ふむ、そうか。……なら協会からなにか私の事で連絡は来たかな?」

「……協会とは……退魔師協会の事……ですよね?いえ、なにやらキナ臭くなってきましたね」

「すまないね。どうやら私の判断ミスのようだ。君から協会と確執がある事は聞いていたがここまでとは……。実は先日怪異の依頼で協会を通し君を指名させてもらったのだが……」


 宗近の言ではこうだ。

 宗近の後輩に怪異と思われる事件で悩まされている者がいるらしく、ならばと尚斗の事を紹介したのだ。

 その被害者も誰でも知る企業の代表として有名であり、尚斗と協会の確執は尚斗から聞き及んでいたたため協会に対し「神耶尚斗は財界にも伝手があるのだぞ」と牽制の意味も込め協会側に話を持っていくことにした、尚斗を指名する形でだ。

 要は尚斗に箔をつけさせるために宗近が協会に「分からせる」ための一計を案じたのだが、どうやら協会側はそうとらなかった模様。

 当初対応してくれた担当者から了解の意をもらった一時間後には別の担当者から電話がかかってき、「神耶尚斗は多忙で対応ができないため別の者を送らせてもらう」となったのだとか。

 もちろん尚斗はそのような連絡を協会からもらってもいないし尚斗のスケジュールなんて協会側が把握している訳がない。

 不信に思った宗近がこうして直接尚斗に確認をとるための電話を入れてきたという経緯になる。


「それはそれは……協会側の思惑が透けて見えそうな愚かっぷりですねぇ」

「このような事がまかり通るほど協会とやらは腐っているのかね?正直頭痛がしそうなほどの不安を覚えるのだが」

「ええ……まぁ……職員すべてがという訳ではないのですが、今回横やりを入れてきたのは恐らく上の人間でしょう。彼らは太客を常に欲しています。大企業と誼を結ぶことができれば一族のアドバンテージになるどころか更に財政界への横の繋がりができますからね。今頃はどの家を送り込むか紛糾している所では?」


 財界で力を持つ人間からの依頼となれば、方位家や自称顧問を気取る老害達にはまるで社交界へのゴールドチケットのように映っているのだろう。

 もちろんその者達がチケットから本当の信頼を得られるような上手な使い方を出来るとは思えないが。


「……言ってはなんだが、協会の上層部は頭が弱いのかい?そんな直ぐにばれるような偽りでクライアントの要望を裏切るなど正気を疑うのだが」


 宗近の呆れは至極真っ当と言えるだろう、客をバカにしているとしか思えない。

 そしてこれらの尚斗への嫌がらせが日常茶飯事に行われているのだから呆れを通り越して滑稽に映ったはず。


「彼らにサービス精神なんて高尚なものは持ち合わせていませんよ。いつでも自分達を中心に世界が回っているのです。自分達の利益のためならばこの程度は罪悪感すら抱かない些末な事なのでしょう。普段から『我々のおかげで日本国民は生活を保障されているのだ』と公言するほどなので」

「いや、実際に裏では守ってもらえているのだろう。それは理解できる……しかし一組織としてその考えはいかがなものか?」

「ははは……一応名前だけとは言え所属している身としては恥ずかしい限りです。今回は私のために嫌な思いをさせてしまいましたね、申し訳ないです」

「いや謝らないでくれ。むしろ最初から素直に君へ連絡を入れていればとこちらも反省しているところだ。もしよければなのだが、私の後輩と会ってもらえないだろうか?」

「おや、協会への依頼はよろしいので?」


 宗近の言い方からしてみれば協会への依頼はそのままで尚斗になにやら頼みたい様子。


「まぁ少し思いついたことがあってね」


 電話の向こう側で悪い笑みを浮かべているであろう老人の顔が容易に想像できてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る