第161話

 なにやら協会に対して企みを持っている宗近。

 今回の事件の被害者との顔合わせをセッティングし、指定された場所に来てみれば誰もが聞いたことのある製薬メーカーの代表ときたものだ。

 

 ハナブサ製薬。

 医療用の薬はもちろんのこと一般用の第一種から三種まで……いわば病院でも薬局でも一度は目にした事がある名前と言える。

 それこそ栄養補助食品にも手を伸ばしているためコンビニやスーパーの食料品売り場でも見かけるほど。

 惣二郎から紹介を受けた時はさすがに尚斗も驚きの顔を隠せなかった、隣の美詞と揃ってさぞ間抜けな顔を晒してしまったことだろう。


「……これは驚きました。私、神耶総合調査事務所所長の神耶尚斗と申します。そして隣にいますのが……」

「あ、桜井美詞と申します。神耶さんの弟子で助手をしております」


 社会人お決まりの名刺の交換を行い席につく一同。

 席についたのを見計らい惣二郎が話を引っ張ってくれるように場が進みだした。


「今回の件、桐生先輩から聞きましたよ。なにやら神耶さんにご迷惑をおかけしたみたいで。年をとっても抜けてるところは変わらないようで呆れていいやら安心していいやら」

「おいおい、私の醜態を晒し上げるのは勘弁してくれ。変に色気を出してしまったと反省しているのだよ。この日本には常識の通じない相手がまだまだいることを痛感させられた気分だ」


 宗近と惣二郎の仲はふざけ合いができるほどには良好のようだ、そして「常識の通じない相手」というのはもちろん協会上層部のこと、もちろん悪い意味で。


「私が言うのもなんですがあまりお気になさらないでください。彼らの思考が明後日の方向を向いている事は今に始まったことではないので。むしろ私と協会の確執のために纐纈殿が余計な気を揉まれたのではないかと申し訳ない気になってきます」

「君達のような裏の存在を今まで知らなかった私でも、彼らの考えている事は朧気ながら見えているよ。自分で言うのもなんだが私や桐生先輩とこれを切欠に誼を通じようとしているのだね?」

「ええ、退魔師界隈においてもお二人の存在がとても魅力的に映るのは間違いがありません、欲をかこうとする気持ちが分からないことはありません……が」

「稚拙だね。下手くそと言ってもいい。こんなやり方マイナススタートにしかならないとわからないものだろうか……」


 人の物を横から搔っ攫うような所業、しかもその方法は一発でバレるような幼稚なやり方。

 信頼を得る事を行動指針とする客商売で、それを真っ向からぶち壊していくスタイル。


「協会上層部である多数の理事や一部方位家、更に裏で協会を牛耳る旧家の老人達は自分の行う行動はすべて間違いがないと信じ切っています。間違っていたとしても自分に正義があると信じて疑わないのです。その意に従わない者がいれば切り捨てるか葬るかを体現してきた者達ばかりなのですよ。協会に所属している多くの一般退魔師達ですら迫害され排斥されているのが現状でして……なんとも情けないことですが」

「……上司にしたくないタイプだね。そんな者達が上につっかえている状態でよくも組織のていを保てているものだと感心する」


 気が付けば世間話からのジャブは協会への愚痴大会に会場を変えていた。

 宗近も疑問に思っていた事があるようで尚斗に質問を投げかける。


「神耶さん、私もあれから協会や退魔師の事等を色々調べてみたのだよ。そして疑問に思ったことがある。今回の事もそうなのだが我々はまだ君という伝手があった。だがそういった伝手のない一般人達は怪異に晒された時一体どこを頼ればいいのだろうか?私はあの時運よく桜井さんと出会えた事でこの命を救ってもらえたのだ、もしその偶然の出会いがなければと思うと今でも身震いをするほどだ。協会の事は別に秘匿されている訳ではないみたいだが、それでも一般人がそこにたどり着くには前提知識がないと難しいだろう。なぜこのように歪な体制のままなのだい?」


「……はは、なかなか痛いところを突かれる。確かに桐生さんのおっしゃる疑問は理解できます。そうですね……少々長くなりますが……日本は古来より得体の知れない存在と対峙してきました。それは奈良時代から、人によっては古墳時代からだったのではないかと見解が分かれているほどはっきりしていません。そして力を持つ方ならともかく、力のない一般人が危険に晒されてきたのは今も昔も変わりがありません。当時怪異に晒された市井の者が駆け込んだのは寺であり神社でありました。そしてそれらの者でも手に負えない怪異が現れた場合、神社仏閣が頼ったのは今の退魔師一族だったのです。こうしてひとつの流れが築かれ出来たのが今の退魔組織の先駆けとなったのです。怪異というものは人が恐れれば恐れるだけ存在を強めていきました、最も世に広まり怪異の力が強かったのが平安時代です。それと同時に怪異を滅するために退魔師が最も隆盛を誇ったのもその時代です」


 安倍晴明や蘆屋道満といった「スター」が出てきたのも平安時代であり、今やだれもが物語等で知ることとなっている。


「怪異が齎す脅威を抑えるため退魔組織は怪異を闇から闇へ葬ることを選択し、いつからか妖怪や幽霊は空想の物語でのみ伝わるようになりました」

「しかし実際に物語の中ではなくこの世に怪異は存在している……これからも闇から闇へと葬り去る事を続けるのですかな?」


 じっと尚斗の話を聞いていた宗近と惣二郎であったがそれでも我慢ができなかったのであろう、宗近が話の途中で遮ったようだ。


「少なくとも今の協会は昔からのその方針を曲げるつもりはないみたいです。桐生さん、伝手のない一般人はどうすればとおっしゃいましたね?試しに今お持ちの携帯でネット検索を掛けてみて下さい。『怪奇現象 解決』もしくは『悩み 相談』と」


 尚斗の指示に従いそれぞれがスマホで検索を掛けてみるとその結果に目を見開き尋ねる。


「これは一体……どいうことでしょうか?」

「ふふ、驚かれたでしょう?簡単な事です、私のような怪異対処のための個人事務所が今の日本にはいっぱいあるのですよ。私は恥ずかしがり屋なものでして表には出していませんが、他の退魔師の方は名前からしても分かり易いでしょう?」


 そう、検索結果で出てきたのは「〇〇心霊相談事務所」や「怪奇現象専門△△探偵事務所」等、明らかに一般人が見れば何のジョークだと思うような検索結果がずらり。


「今は便利な世の中になりましたね。ちょっとした工夫で怪異に悩まれる方の駆け込み寺を発見できるのですから。平時にインターネット検索で『怪奇現象』等単体で検索してもこれらの検索結果には到達せず、うさんくさい怪談話や体験談等が出てくるばかりですが、そこに『相談、悩み 解決方法』等を足すと今手元に表示されているような結果が導き出されるよう設定されています。怪異とは無縁の方がたまたまこれらを目にしても失笑して一蹴するでしょうが、怪異に本気で悩んでる方は誰かに縋りたいほど追い込まれているため効果は思ったよりもあるのですよ」

「なるほど……確かにこのような検索方法は実際に怪異に晒されていないとあまり出てこないかもしれないね。被害者の心理状況を汲んだやり方か……確かに私も怪異を知らない時分であれば“怪しいサイト”だと思い流していたでしょうな」


 惣二郎が尚斗の説明に自らの思考に耽るような反応を見せている、惣二郎からしてみれば今回の件がなければ怪異とは無縁、そんな独白が自然と口に出てきた。


「まぁこの方法は在野に広がる一般的な退魔師達が、顧客獲得のため企業努力したものですね。協会側はいつまでも受け身なので、自ら見付けるか依頼がない限り動かないのは昔から変わりません。なので影響力のある方との誼を結ぶことに必死なのですよ」

「ならばインターネットがあまり普及していなかった時代は一体どうやって営業していたのだね?」

「思い返してみて下さい、お二人ともテレビ等のバラエティ番組で心霊特番等をご覧になったことは?」


 一瞬思案顔になった宗近と惣二郎であったがすぐに答えにいきついたのであろう、得心のいった顔になる。


「そうか!あのうさんくさい霊能力者か。先ほど神耶さんが言った通りならば怪しかろうがその者達に縋るのは道理」

「ええ、テレビに出るような霊能力者達は実際のところ半分はインチキです。しかしそんな広告塔にも使い道はある……彼らを一種のパイプ役として利用したんです。相談を受けた偽物が『私では少々手に余る、知り合いの霊能者にも協力を取りつけましょう』というお決まりの口文句から協会に連絡が行くのが一連の流れです。協会側も互いにwin-winだったためインチキでも見逃していたらしいですよ」

「“馬鹿と鋏は使いよう”という事か。事情に疎い一般人の私からすれば、いっそのこと世間にバラしてしまったほうが早いと思うのは早計かな?」


 宗近の言葉は実際に自分が怪異に晒された後で感じた事だ。

 実際に世間を調べてみると思いのほか怪異に悩まされている人は多いと知った。

 怪異に悩み二進も三進も行かなくなる前に、解決策を最初から世間に知らしめていれば対処も早いと思ってしまう効率的な考え方はやはり経営者だからかもしれない。


「いいえ、桐生さんのその考えは御尤もです。正直今の協会の体制ですと後手後手感は否めません。力が衰退してきた協会側は、世間に暴露することで人々が怪異を恐れ、より凶悪になるのではないかと躊躇っています。しかし政府側はその逆で、世間に知らしめようと動いているのですよ」

「それは……協会側が主張するような結果になるのではないのかい?」

「多少の変動はあると見ていますがそれよりもメリットの方が大きいかと。今は昔と違い何もかもが発展しました。一般人の方が怪異を認知してくれれば、怪異発生時にいち早く通報してくれるなどの協力体制を敷けます。要は今一番の弱点である監視網を構築することができるということです。交通手段が発達したことにより怪異の対処は時間をかけずともよくなり、情報伝達手段が多様化した事により怪異殲滅の報を拡散することで必要以上の恐れも抱かなくなる。どちらにしろ記録媒体と情報拡散手段が優秀になった現代では、今までのように“闇から闇へ”も限界になってきてるんですよね。まぁこれらの事を世界規模で現在議論を交わしながら調整中ということです」


 現代では一人一台が当たり前の携帯デバイスで動画の撮影や投稿等が簡単に行える時代。

 「なんか変なの撮れただんけど」で拡散され続けているといつかは「加工じゃね?」という意見がマイノリティになる時がくるのは目に見えている。

 いつまでも過去のやり方を踏襲しているばかりでは、時代の流れに押しつぶされると感じているのは日本だけではないということだ。


「なるほどなぁ……いや、大変興味深い話だったよ神耶さん。あの事件から私もあなた方に何か協力出来る事はないかと思っていたが、その計画が動きだせばぜひ協力させてくれ。私が持つ繋がりを最大限に生かそう」

「ふふ、ええ。その時はぜひ頼りにさせてください。私も国家機関に所属する身なのでその協力はとても有難いです」

「私も今回の事件の解決の折にはぜひ協力させてもらいたいですね。実際に得体の知れない恐怖に晒されてみて分かりました、自分達ではどうしようもないモノがあるというのを」


 宗近に続き惣二郎もどうやら国の意向に賛成の意を示してくれるようだ。

 財界でも発言力のある目の前の二人が協力してくれるとなれば心強くもある。


「あ、すみませんね。本題の前の世間話にしてはだいぶ話し込んでしまいまして。では本日の主題をお聞かせ願いたいのですが……纐纈殿に一体何があったのでしょうか?」


 ようやく本題を切り出すタイミングが見つかったので、尚斗は少々強引に話を誘導することに。

 今まで講習会の講義を聞くようなスタンスでいた惣二郎も一気に表情が引き締まり話の核へと手を伸ばした。


「そうですね……経緯は少々長くなるのですが……一言で言うと―」


 もったいぶった言い方になるが、実際どこから話したものかと考え、まずは結論から切り出すことにした惣二郎。


「― 我が社が怪異に乗っ取られたようなのです」


 一言では理解できないようなパワーワードが飛び出した。


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