第158話
尚斗達の前に立ち塞がった障害は、もはや離れた場所で未だデンッと構える大鬼のみと言っていいだろう。
ここまでくれば有象無象の鬼達は数だけの烏合の衆であり、生存圏を守り抜く為に立ち向かった者達により蹂躙されるだけの存在となり下がっていた。
そんな両者がぶつかり合う合戦場の最前線で陣取り、両手に刀を携えながら前方奥深くに立ち構える大鬼を睨みつける尚斗。
(さぁどうする、まだ手札が残っているのならさっさと出せ。そうでないなら……)
おまえが出て来い、相手になってやる!そんな意思を込めくいくいと指を曲げ挑発する。
周りの鬼が足を止め立ち尽くす尚斗に群がり殺到するも傍に控えた美詞と椿、八津波が尚斗を守るように排除する。
抜けてくる鬼も視線を大鬼から外す事なく一振りで滅する尚斗、そんな彼の熱い視線に応じたのかついに大鬼が動きを見せた。
立てかけていた大きな鉞を肩に担ぎズンッと一歩、5m近くある天井いっぱいまでの体躯を誇るその一歩は地響きで大地すら揺れているかのような錯覚に陥る。
進路上にいた鬼達は大鬼に潰されないように押し合いへし合いしながら道を開けていく。
「室長、起動進捗度75%まもなく発動できる状態になります。あと、結界無事回復しましたよ、揺らぎがなくなりました」
「ええ、妨害していた者は排しました。羽佐間さん、発動待機猶予は何分ですか?」
「進捗100%になってからジャスト3分です。それが過ぎると再度準備に入る必要があります」
「了解、では100%になってから分刻みでカウントダウンをお願いします」
「はい、あのデカブツですね。ここからでもよく見えますよ。ご武運を」
羽佐間との通信を終えた尚斗の下に10mもおかない距離で鬼が立ち止まった。
「待ちわびたよ。時間がないのでね、さっさと死合おうか」
まるで言葉が通じているかのように動き出した大鬼。
尚斗も韋駄天の力を降ろした状態で更に身体強化を施し、初っ端からトップスピードで駆け出した。
飛び上がった尚斗と鉞を振り下ろす大鬼、両者がそれぞれの獲物を叩きつけるように交え……いや、そもそも大きな巨体から繰り出される巨大な鉞の一撃を刀で受け止める等正気の沙汰ではない、尚斗は上段から叩きつけてきた鉞に刃を滑らす形で受け流し、返す刀で鉞を持つ手首を斬りつけた。
― ぶしゅっ ―
大鬼の手首に走った刃が黒い線を引きそこから真っ黒な血しぶきを上げる。
(チッ、両断できなかったか……硬い)
尚斗は大鬼の手首を骨から寸断するつもりで振るったが、空中でカウンターを叩き込むために繰り出した無理な体勢からの片手斬撃では力が届かなかったようだ。
傷つけられた手首を気にする様子もなく、大鬼は刀を振るった体勢のままの尚斗の着地地点に向け更に鉞を振るってくる。
慌てて着地と同時に大きく回避を取った瞬間、地面を巻き込みながら打ち鳴らされる破砕音。
(動きは鈍重かと思ったが攻撃は思ったより素早い、それよりも想定していた以上の膂力)
くぼみを通り越しちょっとしたクレーターのように地面を抉った鉞の一振りは、一発でも真面に受ければミンチ確定だろう。
周りの鬼達も流石に巻き添えを食らいたくないのか近寄ってこないのは幸いであるが。
ならばと素早く懐に潜り込みすぐに離脱するヒットアンドアウェイで攻めることに。
一撃離脱を繰り返し、体の至る所に一通り攻撃を加えてみたが特に弱点と呼べる場所が見当たらない。
数えきれないほどの傷痕から血を流しながら、体が血で真っ黒に染まっていく大鬼。
しかし傷をまったく気にする様子が無い事や、機動力が落ちない事から人間の仕組みとはまた違った構造なのかもしれない、失血を狙っても効果はなさそうだ。
ニヤつく大鬼の顔は「どうしたそんなものか?」と言いたげだ。
「おぅおぅ煽ってくれちゃってまぁ。ならお望み通り乗ってやるよ……父さん、力を借りるぞ」
刀を地面に差し次々に印を結んでいく尚斗、同時にオーバーフローを起こすかのような大量に練り出した霊力が尚斗の体から噴き出す。
「木気 雷精 雷帝招来 纏衣越烙 急急如律令!」
最後の印を結び終わったところで尚斗から噴き出していた霊力が渦を巻き、パチリと放電が起こりだした。
隆輝が悪魔を打倒する際に使用した、雷精を己の体に喚起させ速度と力を爆発的に伸ばす秘技。
しかし力の代償として発動したその瞬間よりその身が雷で焼かれていくリスクだらけの術でもあった。
尚斗は隆輝が使ったその術を行使するだけのところまで持っていくことはできていた。
しかし……
(ぐっ、やっぱりとんでもない反動だなこれ。全身を裂かれてるようだ)
尚斗の体から迸る雷は今も尚斗の体を焼き続けている、術を完璧に制御していた隆輝ですら痛みの反動を抑えきることはできていなかったのだから。
しかし尚斗はこの弱点を別の方法でカバーしていた。
(神気を流し生命エネルギーに変換、治癒術を全身に回し続ける)
治癒術を己の身に行使し続けることで焼かれる身をその横から治していく荒業、痛みが消える訳ではない、むしろ何度も何度も焼かれ治してを繰り返すのだから長く続けば精神に異常をきたすのが先になるかもしれなかった。
(どうせ時間はないんだ、なら短期勝負で決めてやる)
地面に差していた刀を引き抜き身を沈めるとその場から尚斗の姿が消えた。
敵が目の前から姿を消したことで目を見開いた大鬼が身をたじろがせると、その次の瞬間左足がガクリと力を失う。
何が起こったと大鬼が己の左足を見ると腱を巻き込む形で大きく半ばまで切り裂かれた跡が、さすがに人間と構造が違うとはいえ腱を切られれば足が不自由になってしまうのは鬼も同じのようだ。
見失った尚斗を探すためにきょろきょろ辺りを見回すが見つからず、次に襲ってきたのは右手の痛み。
鉞を握っていた指を纏めて四本失い血を噴き出していた。
流石にこの連撃には衝撃が大きく驚愕の表情を浮かべる大鬼であったが、そこでやっと狼藉者の姿を見付けた。
空中で光り輝く刀を振り抜いた姿のままの尚斗を目にすると怒りの形相を浮かべる。
「■■■■■■■■■■~~!!」
狼藉者に対し咄嗟に振り抜いた左手の拳が尚斗を捉え壁へと吹き飛ばすが、刀を差し入れガードしていたため逆に大鬼の左拳からも血が噴き出した。
吹き飛んだ尚斗は壁に足から着地し……また姿を消した。
次に大鬼を襲ったのは頭に受けた衝撃。
― バキリ ―
硬質な物が叩き折られた衝撃音とくるくると空に舞う細長い物体。
地面にドサッと落ちたソレを見て大鬼は初めて自分の額の角が折られたことに気づいた。
鬼にとって角とはそれ即ち力の源、角が折れる事で力が減衰することは避けられぬこと。
今まで大量の血を流しつつも平然を保てていたのは角の力によるもの、ガクリと膝をついてしまった大鬼に対して頭上から声が聞こえてくる。
「首がガラ空きだぞ」
天井を蹴って速度と重力が加算された刃が、頭を垂れたような姿の無防備な首へ吸い込まれていく。
― タンッ ―
雷を迸らせながら地面に着地を決めた尚斗に続いて大きな塊がドシャリと落ちてきた。
数舜の沈黙の後さらさらと黒い塵に還っていく鬼の首は「そんなばかな」とでも言いたそうな表情のまま消えていく。
「ふっぅ……」
身に纏っていた雷の術と治癒術を解除し立ち上がった尚斗は、術の反動が大きすぎたのかガクリとまた片膝をついてしまった。
「神耶さん!」
「尚斗君!?」
慌てて駆け寄って来た美詞と椿に両サイドから支えられながらなんとか立ち上がった尚斗、すぐに二人からの治癒術が尚斗へ施されていく。
「また後先考えない術なんて使って」
「つい圧倒されちゃいましたけど、もうちょっと体を労わってくださいね神耶さん?」
「すみません、あまり時間に余裕がなかったので。……もう大丈夫ですよ、二人ともありがとう」
正に両手に花状態の尚斗が二人の治癒術に感謝を告げいったん離れてもらうよう促す。
今はまだ大鬼が討伐された事実に動揺の色を隠せていない鬼達であったが、それでも撤退する様子が見えないことから戦いが終わっていない事を悟る尚斗。
そこへ羽佐間から通信が入った。
「室長、臨界まで残り2分です」
そう、既に大鬼との戦闘中に発動準備は整っており、現在はいち早く装置を起動させねばならない状況に移行しているのだ。
「さぁ、最後の踏ん張りといきましょう、撤退戦に入ります」
障害は取り除かれた、後は作戦の総仕上げを成し遂げるのみ。
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