第157話
「虎徹殿!」
尚斗と剣士の戦いに割り込んだのは、対峙している剣士の子孫でもあり現佐治家当主である佐治虎徹、尚斗が反応しきれなかった横薙ぎの一閃を見事食い止めていた。
「うぉぉらぁあ!」
ギリギリとつばぜり合いをしていた刃を虎徹が叫びながらはじき返すと、二対一になった状況に不利を悟ったのか、枝のように枯れてしまったとは思えない俊敏さで間合いを取った剣士。
少し離れた場所で刀を構え直した剣士は攻撃の隙を窺いながら、構える刀を二人に向けている。
「助かりました。しかしこんな前に出てきてよかったのですか?」
「あれが使う剣術は私共の一族のものです。先祖の尻拭いは『私達』でケリをつけなければ……だろう?」
最後の一言は尚斗に向けたものではなかった。
「ああ、親父に言われるまでもない。神耶さん、あの剣士は俺達が引き受けますので巫女達を……解放してあげてください」
虎徹の横に並ぶは息子の衛、美詞に触発されたのかどうやら高校生であるこの子まで前線にきてしまったようだ。
「……わかりました、どうやら私の腕では及ばないようだ……お願いします。ご武運を」
妖に対してはめっぽう強い尚斗であっても相手が人、しかも刀を持っている剣士相手だとどうしても剣術家には劣るのを自覚している。
やる気を見せている二人に悪いと思ったがこの場は甘える事にしたようだ。
大廻りし巫女へと向かい出した尚斗に剣士も反応し追おうとするが、そこを狙ったかのように佐治家の二人が切り込みにかかった。
「行かせはせんよ」
「あんたは大人しく俺達の相手をしな」
剣士の役割は巫女を守ることであったが、そのためには目の前の二人を打倒しなければいけないことに焦りを感じたのか怒涛の勢いで攻撃を繰り出してきた。
虎徹が連撃を受け流し、渾身の強撃を受け止め、その攻撃の重さから膝が沈み込むが奥歯をギリッと噛み締めなんとか耐えきる。
動きが止まった剣士の側面を突く形で衛が袈裟斬りに踏み込むが食らう前に離脱されてしまった。
「くっ!衛気を付けろ、かなり攻撃が重たい」
「わかった、だが重さだけじゃないぞあれは」
二人はその身に身体強化術を施している、それでもそれを上回る膂力を枝のような腕から繰り出してくる攻撃。
人間を辞め黄泉軍となってから何らかの強化がなされているようであった。
佐治家の二人に剣士の相手を任せ、尚斗は射程に捕らえた黄泉醜女となった巫女四人に攻撃を仕掛けるべく、両手に持った刀に力を入れる。
怨嗟の呪文を唱え桜井家の巫女達が張った結界を妨害していた醜女達は、目の前に迫った脅威に対応すべく結界の妨害を止めなにやら別の呪文を唱えだす。
(間に合え!)
企みを阻止すべく両足に韋駄天の加護を降ろし速度を上げるがあと一歩足りなかったようだ。
― ガキッ! ―
尚斗が振り下ろす刀と醜女の間には、血で塗りたくられたような赤黒い結界が忌々しくも刃を押しとどめていた。
それに諦めることなく正面に張られた結界を避けるように側面に回っても新たな結界が尚斗の進路を阻むので、ヤケクソになった尚斗が何度も結界に刀を叩きつけるが弱まる様子はない……いや、削れてはいるようだがその度に修復しているようだ。
「一歩及ばなかったか。参ったな、地道に結界を壊していくしかないか」
「『相手は四人ぞ、破壊しようとも波状で繰り出されればキリが無かろう』」
尚斗と並走してきた八津波は今も周りからわらわら寄ってくる鬼達の処理をしてくれている。
八津波の言う通り結界は一人で張っているようである、実際側面に回った時別の巫女が新たに結界を作り出していたから。
せっかく解除してもまた新しい結界をフォローしてくるのは目に見えている、しかしだからと言って止まっているわけにはいかない、なんとか解除しようと術をぶつけこの状況を打破しようとする尚斗であった。
美詞と椿は遠目で尚斗の突撃を見守っていた、どうやら相手の結界に攻めあぐねているようだ。
駆け付けたいが先ほど黄泉醜女までの道を開くのに無理をし敵集団を惹きつけたため、現在大量に鬼のヘイトを集め囲まれてしまい、その対処に追われていた。
「美詞ちゃん、ここは私が受け持つから行ってあげなさい!」
椿が美詞の心情を察したのか彼女を尚斗の下へ送り出そうとしている、しかし土台無理な話であった。
「無茶だよ!この数に四方を包囲されたら椿姉さんでも……!」
今は互いに背を守りながら四方八方から攻撃を繰り出してくる鬼になんとか対応できている、そう……二人はまさに突出した前線で孤軍奮闘している状態なのだ。
「ならば二人で行っておいで」
後方から聞こえてきた声と共に、黒い斬撃が二人を包囲していた鬼共を蹴散らすように襲い掛かった。
包囲に穴が出来たそこから姿を見せたのは……
「「御婆様!」」
その身から荒魂のオーラを迸らせ手に技術研謹製の神楽鈴を携えた静江の姿。
更にその後方からは何人かの巫女も鬼を蹴散らしているのが見える、どうやら前線まで上がってきていたようだ。
「ほら、ぼさっとすんじゃないよ!道は開く、さっさと行きな!」
神楽鈴を構えた静江に背を押されたのか、美詞と椿が踵を返し尚斗の方に向き走りだす構えをとる。
「そら!」
連続で振るわれた鈴の音と共に二条の黒い斬撃が進路上の鬼を瞬く間に塵へと変えて行き、宣言通り二人の進路を花道のように切り開く。
美詞と椿は自分達の両脇から斬撃が通りすぎたその瞬間から矢を解き放つように駆け出していた。
「御婆様ありがとう!大好き!」
美詞がそんな無邪気な言葉を残して行くものだからおばあちゃんも張り切らざるをえない。
「ふぇふぇふぇ、なら鬼共の注意をこちらに惹きつけようかねぇ」
本来ならもっと絶大な威力を発揮する荒魂の業も、場所が場所故か現世の妖共よりは効果が薄いようにも思える……しかし効きが悪いなら量で勝負。
先ほどまでとは数段威力が落ちる斬撃を鬼の群れに叩きこんでいく。
― カションカションカション キンッ プシュー ―
「ありゃ、弾切れさね」
トリガーハッピーの気がある静江は残弾なんて気にしない、荒魂の反動を抑えるための水晶カートリッジが空になるのも強制排出されたことでやっと気づくほど。
どこに予備のカートリッジをやったかねぇとごそごそ探し出した静江に、暴風が止んだことで鬼達が殺到する。
しかしそんな静江の行動を予見していたのか、後方で鬼を排除していた巫女が静江に群がる鬼をスムーズな援護で捌きだした。
「もぉ!御婆様いつもこれなんだから。残弾はちゃんと確認してくださいっていつも言ってますでしょ?」
「おっと、すまないねぇ。ついつい」
親子が家庭の日常で交わしそうな会話も単語一つでたちまち物騒な会話に早変わり、それよりも「いつも」と言うフレーズに静江の狂気が垣間見えるのも既に慣れたものだ。
「坊やにもっと弾の入るカートリッジを作ってもらおうかねぇ」
赤黒い結界に数々の術や斬撃を叩き込み、解除を試みていた尚斗にいきなり悪寒が走る。
「『どうした尚斗』」
「いえ……なにか呑気で物騒でトリガーハッピーな気配を感じたもので」
「『なんじゃそれは。まぁしかしそろそろ打開策が到着するぞ』」
後方から鮮やかな白と緋のコントラストに彩られた二人、よく見知った姉貴分と妹分が神楽鈴を構え祝詞を奏上しながら駆け寄ってきていた。
「「祓い給え清め給えと白す事を聞こし食せと恐み恐みも白す!」」
尚斗の両隣にザッと立ち並んだ二人が四人の黄泉醜女に向け神楽鈴を振る。
―シャリリン―
「「【泉淨祓戸の大御禊】」」
巫女の慣れの果てとなった四人を結界ごと囲むように白いサークルが形成されると、囲まれた範囲から白い光が立ち昇り始める。
間欠泉が噴き出したような光が“堕ちた巫女”達を襲うと、四人とも悶え苦しみ始め赤黒い結界がパキパキと割れて行く。
「「今(よ)です!神耶さん(尚斗君)!」」
「ああ!」
足の裏が爆発したかのような跡を残し人間砲弾が解き放たれた。
一筋の矢となった尚斗の身は空中に散って行く結界の破片を潜り抜け……
「生田家の役目を終えられた英霊達よ、安らかに眠られよ」
白露と朧を持つ両手に神気を灯すと尚斗から力を吸い上げる刀たち、刃に黄金色の神々しい光が宿りだす。
「【魂葬一閃】!」
浄化の力を伴った黄金色の斬撃が巫女達四人の首をなぞるように奔る。
次々と胴体から別れを惜しむように零れ落ちていく頭部がサラサラと粒子に変わっていく。
鬼共が散って行く悍ましい黒い塵ではなく、白く光を反射するようにキラキラと輝く砂に変わり空中に溶けていった。
彼女達が無事成仏し召されたのかはわからない、しかし少なくとももう黄泉の国に囚われることはないだろう。
黄泉の剣士と刃を交えていた虎徹と衛の方にも変化が訪れた。
度重なる応酬の末、仕切り直しのために距離を置いていた剣士が途端に構えを解いたのだ。
怪訝そうに見つめていた二人を他所に、剣士は手に持っていた刀を鞘に納めると帯から鞘を外してしまった。
明らかに戦闘は終了とばかりの態度、二人に向け徐に放り投げてきた刀をキャッチした虎徹が、一体どういうつもりだとばかりの表情でいると、目の前の剣士はいきなり右手で自らの胸を貫いた。
― パキッ ―
小さななにかが砕ける音、しかしその音は確かに離れた虎徹と衛まで届いていた。
「霊核を……自ら砕いたとでも言うのか?……」
塵となって崩壊していく剣士の行動でやっと周りを見る余裕が生まれ、尚斗により巫女が浄化されたことを知る事ができた二人。
「もう役目を失ったからか……最後まで生田家の巫女に尽くしたその忠義、恐れ入った」
「親父、かっこつけてるとこ悪いが鬼が押し寄せてきてるぞ」
綺麗に締めようとした虎徹の言葉も、衛のツッコミと押し寄せる鬼のせいで台無しになってしまったようだ。
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