第156話

 狭い洞窟の中で人間と鬼の両者が互いに対峙しながらも、互いの生存圏を掛け今衝突しようとしていた。

 気勢を上げながら衝突音を轟かせる両者、先頭で鬼を切り刻み道を開くのは尚斗と八津波。

 それに続き静江が精鋭と謳う巫女達が手に薙刀や神楽鈴、匕首あいくち等を持ち突貫してゆく。

 やや遅れその巫女達をフォローするように両脇を固めた生田家、佐治家の戦闘班が漏れた鬼達を切り捨てていく。


 尚斗の目的はもちろんあの「デカブツ」の鬼を相手取り注意を自分に向ける事、しかし軍大将を気取っているのか先程から動いていないため必然的に最奥まで切り込んで行かなければならない。


「坊や!無茶はよすんだよ!今は奴も動きを見せていない、先に雑魚を片付けな!」


 静江の言う通りであった、放っておいても今あの大鬼は後方で居座っているのだ、ならば皆で少しずつ前線を上げタイミングを見て突貫したほうがいいであろうことは理解できる。

 しかし静江はあの鬼の突撃による攻撃を見ていないから言えるのだろう、あれを一度でも許してしまえば前線が瓦解するだけでは済まない被害になるのだ、自軍の鬼を巻き添えにしてでも繰り出してこようものならば……と気が気でなかった。


「『尚斗よ、焦るのは分かるが落ち着け。そなたならばうまく対処できよう、あの大鬼の幻影に呑まれるでない』」

「……二人に言われちゃ仕方ないな……わーったよ、確かに焦りすぎた。あれを斃せば装置起動を憂いなく即行できると思ったんだが。時間にあまり余裕はないがもうちょい粘るか」


 落ち着いて戦況を見渡してみれば鬼の数は多いものの、特に苦戦しているような様子は見受けられない。

 ならば尚斗も無理はせず大鬼が前線に出張った時に勝負をつければいいと切り替えることにした。

 大鬼を後回しにすると決めれば一人突出するのはよくないと思い直し、前線から離れすぎない距離で難敵となりそうな鬼から優先的に始末していく。


「室長、起動進捗25%です」


 胸のベストに取り付けた通信機から聞こえてきた羽佐間の報告から装置の起動は順調のようだ。

 ならば自分が出来るのは鬼を装置に近づかせないだけ、鬼が纏う鎧も手に持つ金棒も存在しないかのようにすべて一太刀で切り伏せ塵に変わっていくので、尚斗の通った跡はおもしろいように黒い塵の帯がたなびいていた。

 しかし鬼の陣営も餓鬼以外は統率された軍隊なのだ、すぐに尚斗に対処すべく陣形を固め組織だった動きを見せ一斉に攻撃を仕掛けてくる。


 しかしそこに飛び込んでくる二つの影。

 今まさに両横から二匹の鬼が金棒を尚斗へ振り下ろしてきていたところを、息ぴったりの一撃で吹き飛ばす。


「神耶さん、ちょっと前に出すぎじゃないですか?」

「あらあら、なんでも一人でしようとする癖まだ直ってないのねぇ尚斗君」


 尚斗の両脇を固めるは緋袴姿の姉貴分と妹分兼弟子、美詞は予想していたが後方まで伝達に下がっていた椿までもう戻ってきたようだ。


「いやぁ、あのデカブツをさっさと倒しに行こうとしていたんですがね……婆様と八津波に止められまして」


 二人に声をかけながらも刀を振るう手は休まることなく、そしてその動きに何も言わずとも息を合わせてくる二人の攻撃、鬼が急場凌ぎで組み立てた陣形も三人の波状攻撃により一瞬で瓦解した。


「椿姉、結界は無事起動しましたか?」

「ええ、今は10人で結界を維持しているわ」

「ならやはり問題はあの『デカブツ』だけですね。今はかなり奥にいますが奴の一撃はその結界を簡単に破壊する力を持っています、大きな動きに注意してください」

「了解よっ!」


 美詞と椿は二人とも無手のようだが両手に黄金色の光を纏わせていることから、生命力を使った攻撃を繰り出しているためこちらもおもしろいように鬼が一撃で破裂していく。

 文字通りもう手足のように扱えている生命エネルギーの循環を見て尚斗がぼやいてしまう。


「習得早すぎですよ、私なんてまだまだなのに……」

「『お主が剣術を磨き直しておる間、その者達は常に治癒術を鍛錬しておったのだ。まぁ神事を司る巫女だからこその相性もあるのだろうな、不貞腐れるでない』」


 八津波のフォローがむなしく感じるほどに二人の習熟具合は素晴らしいものがある。

 いや、二人だけではない、後方で戦っている巫女達もうまく生命力を四肢に循環させ鬼達を葬り去っている、桜井の恐ろしさの片鱗を垣間見る事が出来た。

 まだ両陣営が衝突してからさほど時間もたっていないが斃した鬼の数だけ見ればかなりの数、しかしまったくその勢いが衰えようとしない事に疑問を抱いた。


「八津波、なぜ鬼共は今頃になって攻めてくる気になったんでしょう?」

「『わからぬな……一つはっきりしておるのは、奴らは想像した通りいつでもこちら側へ攻め込むだけの力を持っておったというだけ。存外あの巫女を欲しさに追ってきておるのかもしれんぞ?』」

「そんなまさか。……ん?なんだこの声は」


 どこからともなく聞こえてくるうめき声。

 恐らく女性のものだろうか……いやしかしこの声には馴染みがあると感じた尚斗。

 尚斗が気づいた通りその声はやがて呪詛を伴った怨嗟の声となり耳に入ってくる、一つではなく複数の言葉にもならない音。

 発生源を探ってみると前方に不自然な一団が見える、多数の大盾を持った鬼の兵に守られた「ナニカ」がいるようだ。

 邪魔になっている鬼達を切り伏せながら近づいていくが、なかなかその大盾に隠されたシルエットを確認するに至らない。


「室長、起動進捗40%……あ!」

「どうしました羽佐間さん!?」

「結界が、揺らんでいます。なんかノイズが入ったような揺らぎを見せているのですが、なにか不具合でしょうか?」


 羽佐間の報告に思わず後方の結界へと振り向く尚斗、遠目からはさすがに結界の揺らぎなんて分かりづらくて見えない……が、この聞こえてくる呪詛とその揺らぎが無関係とはどうしても思えなかった。


「まさか!」

「『ああ、呪法による結界干渉であろう。声からして黄泉醜女か?』」

「羽佐間さん、巫女達に伝えてください!黄泉軍からの呪法によって結界に干渉を受けてます。こちらでなんとか対処しますのでそれまで耐えてほしいと」

「わ、わかりました!」


「椿姉、美詞君、聞いてましたか!?」

「ええ、道を開くわ」

「まかせてください!」


 椿と美詞が尚斗の前に出て鬼を次々塵に変えていく。

大盾を構えた鬼共の、前に陣取っていた鬼達の露払いをしてくれた二人が切り開いた空間に尚斗が躍り出て盾ごと切り裂く。

 横一列に並んだ鬼達が一斉に塵に変わったことにより、守られていた呪法の元凶が姿を見せ……尚斗達はその姿に驚き一瞬動きを止めてしまった。


「なっ!巫女……だと……っ!」


 呆然としてしまった三人と結界干渉の元凶との間に躍り出る影が一つ。

 足を止めてしまった尚斗に襲い掛かって来た刃の煌めきに、更に驚かされる事になってしまった。


「くっ!」


 なんとか迎撃し攻撃を受け流す事はできたがまだ展開の速さに頭が追いついておらず、間合いを下げ構えたまま前方を睨みつける尚斗。


 尚斗の前には刀を構えた袴姿の木乃伊のような人型、そしてその後方には呪法を仕掛けていたと思われる巫女服姿の同じく木乃伊と思われるほどに枯れてしまっている四人の人型の姿が。


「これが黄泉醜女の姿なのか?どう見てもこれは……」

「『ここで命尽きた先代の鎮守の巫女達か……』」

「ということはこの剣士は……」


 目の前の敵が恐らく、生田家及び佐治家に連なる者達の末路であると予想したじろいでしまった尚斗であるが、このまま指をくわえて結界を破壊されるのを見ている訳にもいかないのも事実。


「申し訳ないが押し通らせてもらう!」


 剣士との間合いを詰めた尚斗が素早く斬撃を繰り出そうとするが、後から反応した剣士のほうが尚斗の振りよりも早い動きで突きを放ち出鼻をくじいてきた。

 剣士に向けていた斬撃の軌道を無理やり突きを弾くことにまわし、キャリッと言う金属音と共に突きの軌道を反らす。

 相手の伸びきった腕に向け左手の脇差で攻撃を加えるが、それも予期してたのか手首だけで返した剣士の刀に受け流されてしまった。

 めげずに何度も剣士の隙をつき斬撃を繰り出す尚斗だが、その悉くを迎撃されてしまうどころか見事なカウンターを入れてくる始末。

 尚斗も手数だけならば上回っているため致命傷は避けることができているが、いつその均衡を破られてもおかしくないほどの剣士の技量。


(くそ、明らかに剣術は相手が上。やはり付け焼刃では本物に敵わないか)


 細い手足で繰り出してくる相手の剣士の斬撃は思いのほか重く早くそして巧み。

 それでも食らいついていた尚斗であったが、剣士が繰り出した大上段からの重い一撃を防御するために二本の刀を交差させ受け止めた時に均衡が崩れた。

 二本の刀で受け止めたまではよかったが想像以上の重たさに押し込まれ体勢が少し崩れてしまう。

 その隙を見逃さなかった剣士は素早い斬り返しで横からの斬撃を放ち刀を二本ごと打ち弾く。

 なんとか手から離すところまではいかなかったが、大きく外側に刀を弾かれたことで半身ががら空きになってしまった尚斗。

 剣士は斬撃を放った勢いのまま一回転し、さらに同じ方向から横一文字の斬撃をがら空きになった尚斗の胴へと叩き込んできた。


 刀を戻しても間に合わない、回避しようと身を捩ったところで射程圏内から逃れきれない、周囲の鬼が近寄れないよう斃してまわっていた八津波がこちらに駆け出す足音が聞こえたがこれも間に合わないだろう。

 なんとか手首だけをまわし刀を逆手に持つことで、胴と相手の刀の間に刀身を潜り込ますことはできたが碌に力の入っていない腕ではそのまま押し込まれ傷を負うのは確実、しかしなにもしないよりはマシだと言い聞かせ衝撃に備える尚斗。


 ―キィンッ……ギチギチギッ―


 尚斗の刀が受け止めた音ではない、視線を横にやると二つの刀身の間に一本の刀身が割り込んでいるのが見えた。


「神耶殿、なかなか苦戦されているようで」


 虎徹がニヤリと口角を上げ剣士からの斬撃を受け止めていた。

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