第155話
「それにしても鬼があのライトの意味を理解したとは……」
尚斗は背後から押し寄せてくる餓鬼の群れを間引きながら八津波に声をかける。
「『その程度の知恵があると知れただけ収獲であったろう。餓鬼ではなく黄泉軍の鬼も出張ってきおったな』」
同じく尚斗と共に餓鬼を間引いていた八津波も、先ほど美詞の一撃で葬り去られた鬼に対して漏らしていた。
「あれが黄泉軍の主力ですか?」
「『いや、あれでもまだ雑兵の
思い返せば先ほどの鬼は体つきは餓鬼に比べ大きくはあったが、美詞よりも少し大きい程度で尚斗よりは小さい。
「あれで雑兵ですか……これは早く撤退して封印しなければ」
餓鬼程度ならばいい、このような鬼がいくら押し寄せてこようが切り捨てる手間がかかるだけで大した苦労はなく、最悪現世に溢れたとしても力の弱い退魔師やそれこそ学徒レベルでも対応できる。
しかし今出てきた鬼はまずい。
美詞が繰り出した符術をものともしていなかった、彼女自身がまだひよっこという事もあるがそれでも尚斗が美詞の今の実力で行使できるギリギリのラインの威力を込めた護符なのだ、あんなのが現世に溢れてはその被害たるや想像できない規模になる事は確かだ。
「神耶さん、道はこっちでいいのですか?」
美詞が落ちていたケミカルライトを拾い上げると、落ちていた通路とは反対の通路を指差す。
「ええ、鬼に置き換えられたみたいです。君が指さす方向が正解ですよ。本格的な鬼が出てくるようになりましたね、気を付けて進んでください」
「了解です!ほら、二人ともいこっ!」
美詞に促されるように衛と千歳も付き従ったが、まだ先ほどの衝撃が抜けきれてないようで覚束ない様子であった。
「やれやれ、その程度で圧倒されているようですと先が思いやられますね。ほら、しゃきっとしなさい!」
「っ!?……す、すみません。気が抜けてました」
手を休めることなく餓鬼を切り捨てていく尚斗に叱咤され気が引き締まる二人、今は戦場にいるのだ、いくら美詞が齎した結果が自分の想像を超えたものだからと言って呆然としている場合ではないと思い直す。
「おっと、こっちも先ほどの鬼が混ざってきましたね」
「『本格的に黄泉軍共が動き出したとみていいだろうな』」
「まずいですね……大物が出てこない事を祈るばかりですが……」
「『楽観視は出来ぬであろう』」
尚斗と八津波が対応していた後方から攻め寄せる餓鬼の中にも、背が高く金棒を持った鬼の姿がちらほら見えてきた。
幸いにも尚斗が対処とれるだけの強さ、手に持った「白露天隔」と「朧月遊幻」は八津波の神気が融合された疑似神剣、黄泉の国の鬼達にはまさに特効武器とも呼べる効果を発揮していた。
鬼が纏う鎧を紙のように切り裂き、手に持つ金棒は飴細工にも負けるほどさくっと断ち切られていく。
「刀なんて使うつもりがなかったのに不思議な巡りあわせですよほんと……」
「『現代短刀もよかろうが刀も使うてみればいいものであろう?』」
「ま、こういった手勢の相手としては最高の武器ですね」
またも一匹の鬼を一太刀で切り捨てた尚斗の顔には、おもしろいように切り捨てる事のできる興奮からか笑みが浮かんでいた。
何度目の分岐路になるだろうか、往路以上の数ではないだろうかと疑問に思い始めたころに網目状の光が見えてきた。
「着いた、結界だ!!」
正面一本道の奥に見えるのは結界の光、やっと人の手が入ったテリトリーにまで撤退することが出来た事に気が抜けそうになるがまだ窮地が去ったわけではない、今は尚斗と八津波が対処しているが後方からは夥しい量の鬼達が追従してきているのだ。
鬼達も前方に見えてきた光が人の施した結界であることがわかったのであろう、帰してなるものかと攻勢を強めてくる。
しかしそれを易々と通す尚斗ではない、圧が強まったぐらいで通していては名が折れる。
「さぁ結界の向こうへ!」
尚斗の声に従うように結界の膜を駆け抜けた先頭の三人、そして一拍置いてから尚斗と八津波も結界を転がるように抜けてきた。
― ガンッ!ガンゴンダンガン ―
押し寄せてくる餓鬼や鬼が結界に殺到し、攻撃が結界に阻まれていく。
過去の人間の叡智により黄泉からの軍勢を退けるために作られた結界、それが確かに脅威を退けてくれているようだ。
やっと光が灯る空間に戻って来れたことから頭につけたヘッドライトを取り外し一息つく……しかし執拗に結界へ攻撃を加える鬼共の勢いに今度は不安が押し寄せてきた。
八津波は何と言っていた?
餓鬼程度ならば退けられるが黄泉軍の主力が来たならば一晩ともたないと、そう言ってなかっただろうか?
「八津波……大丈夫そうに見えるかい?これ……」
「『……今はまだ大丈夫であろう……しかし破られるのは時間の問題ぞ?』」
嫌な予感がする時ほどソレは実際のものとなるのか、ふと足の裏に軽い地響きを感じた。
知らない内に結界を叩いていた甲高い衝撃音も鳴りを潜めている。
その地響きは少しずつ大きくなっているようで結界の向こう側の鬼共が後方の暗闇に振り返っているようだ。
「あぁ……嫌な予感がする……」
「『奇遇だな……我も同じ事を考えておった』」
「美詞君、衛君、千歳君を連れて走れ!婆様に伝言を頼む、プランBだ!戦闘班を前線に頼む!」
「は、はい!」
途端に走りだす三人、足音で入口の方向に走り去っていったのは確認したが目視できるだけの余裕はない、結界の向こう側から目線が外せないのだ。
地響きと共にぬっと暗がりから姿を見せたのは洞窟の天井ギリギリまであろうかという巨体。
以前東郷家のバカ親が召喚した「とっておき」の鬼よりも巨大な体躯、ただ大きいだけではない、はち切れんばかりの筋肉が鎧を身に纏った上からでも確認できるほど張っており、体から湧き出るオーラが視認できるほどの濃密な力によるプレッシャー、暗闇からでもぎらぎらと血走らせた目が否応でもこちらを射竦めようとしているのがわかる。
尚斗がその姿を目に捕らえたと同時に、手に持った大きな両手持ちの
― ガギンッ! ―
結界に向け勢いをつけ振り下ろした鉞が火花を散らし障壁と衝突する。
― ……ピシリ ―
たった一撃、たった一振りで古より黄泉比良坂からの侵攻を防いできた結界に罅が入り綻びが生じる。
「まずいな、一晩はもつんじゃなかったのか?」
「『あんなのが出てくりゃ仕方なかろうて、下がるぞ尚斗!』」
あと何撃耐えられるかわからないが、結界が崩壊することが既に明らかとなってしまったことで途端に踵を返す尚斗と八津波、少しでも早く静江達と合流すべく前線を下げた。
丁度静江らもこちらに向かっていたようで、出口までの半ばあたりで合流を果たすことができた。
既に視界に出口は捕らえており外の光が扉から差しこんでいることも確認できる。
「坊や、呼びつけておいて撤退というんじゃなかろうね?」
「喜んでください、とびきりのが来ますよ、ほら」
― がしゃあぁん ―
遠方で結界が砕け散る音が洞窟一杯に響き渡った。
「そ、そんな……結界が破られたと言うのか!」
静江に同行していた秀樹がわなわなと震え絶望を突き付けられたように崩れ落ちた。
「椿!後方結界班は結界発動準備!準備出来次第発動させな!」
「はい、御婆様!」
「で、坊や。あんなにあっさり結界が壊されたんだ、相手は大物なんだろ?」
「はい、かなりのデカブツです。他にも黄泉軍と思われる武装した鬼が多数、餓鬼は数えるのも億劫になるほどですね。ここにいる巫女は皆治癒術を習得していますか?」
「ああ、バッチリさ。戦闘においても手練れの精鋭を連れてきたよ」
静江の後方に従う10人の巫女達がそれぞれ得意な武器を手に持ち、やる気を漲らせている。
「相手は神力が通用しますがそれ以上に生命エネルギーが弱点です。手や足に循環させ攻撃すればおもしろい物が見れますよ」
「そりゃいい、おっとおしゃべりもここまでだね。さぁ皆気張りな!一匹たりとも通すんじゃないよ!符術起動用意!」
戦闘態勢に入った巫女達を横目に、尚斗も準備のため胸のホルダーに収めていたトランシーバーを繋ぐ。
「羽佐間さん、聞こえますか?」
「室長、音声良好です。こちらからも見えてます、手筈通り起動シークエンスに入りますか?」
「お願いします、チャンネルはオープンにしておくので進捗の報告お願いします」
「了解です。すぐこちらへ退避を?」
「いいえ、装置起動の弊害になりそうな奴がいますので討伐後に退避する予定です」
「はい、では起動シークエンスに入ります」
そのまま前線を出口まで引いてしまえば、あの「デカブツ」により巫女達が張った結界も壊され装置を破壊される可能性がある。
せめて、あの大物だけでも片付けていかなければ……不安材料を残して撤退するわけにはいかなかった。
そうこうしている内に洞窟の奥から大量の鬼を引き連れ、先ほどの「デカブツ」が姿を見せる。
ここが最終防衛ライン、まずは遠距離から削るため護符に力を籠め起動式を読み上げている巫女達、そこへ静江の号令がかかる。
「放てっ!!」
通路は全員が横一列に並ぶほど広くはないため二列になり通路を塞ぐような形で放たれた術達、神力の籠もった霊波が先頭を走る鬼達に殺到していく。
叫び声を上げながら塵となり消えていく者やそれすら叶わず一瞬のままに消えゆく者、運悪く掠めたことで手足が千切れ倒れた上から後続に踏みつぶされていく者等、正に戦場をそのままにしたような光景が広がっていた。
「それじゃ私も…… 火精 招来 巡れ走れ渦巻け 急急如律令【業火烈疾】!」
地を走るように二条の火が帯を引き鬼へ向かって行き、鬼の集団へぶつかると思われた直前で尚斗が印を結ぶと二つの火が交差し両翼へ別れ鬼共を大きく取り囲み始める。
炎が前線の鬼達の周囲を円で囲んだところで……
「昇華!」
ごぅっ!と炎の柱が立ち昇り円の中の鬼共を燃やしていく。
規模は大きいが長続きはしない術のようで、すぐに炎が収まったため燃やし尽くせたのは餓鬼ぐらい、鎧を纏った鬼は黒く焦げているようであるが二本の足でしっかりと立っているのであまり効いていないようにも見える。
更には尚斗の大技も後続から続々湧いてくる鬼のせいで、目立った戦果にすらならないようだ。
何度か遠距離術を放つ防衛側であるが、鬼共の死をも恐れぬ攻勢に徐々に戦線は上がっていき、遂に30mを切ったところで静江による次の号令がかかる。
「接近戦よおぉぉぉいぃ!」
鬼とのぶつかり合いの幕が切って落とされようとしていた。
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