第154話

 ― ひゅばっ じゅばっ ―


 すれ違いざまに餓鬼を一撫で斬りで仕留めていく尚斗と衛。

 今のところ問題なく足を止めずに進むことができている。

 黄泉の国深部へと続く黄泉比良坂、どれほどの距離があるかわからないが、先ほどからやけに鬼の出現頻度が上がってきたことから深部へ向かっているのは間違いがなさそうだ。

 ただ単調なまでの洞窟、何の特徴もなくただ暗くただ不気味でただ空気が穢れていた。


「神耶さん、私なにもしてないんですけど」


 前衛を張る二人の後ろで八津波と並び、ただ守られるように追従していた美詞。

 彼女からしてみれば、力になるために尚斗について来たはいいがまるで役立ってないではないかと拗ね気味だ。

 振り向いた尚斗は美詞が頬を膨らましぷりぷりしている様子をから困ったように眉尻を下げた。


「うーん、できれば千歳君を見付けた後に力を揮って欲しいのですが……ほら、燃費がね」


 尚斗が言わんとすることもわかる、美詞が鬼を斃すとなると、どうしても神気か最低でも神力を込めた攻撃になる。

 そうなるとどこまで続くかわからない目的地までのペース配分、もとい力の残量管理が難しくなるのだ。

 同年代と比べ質も量も多い美詞ではあるが、それでも温存しておけるなら温存するに越したことはない。


「はーい、わかりましたぁ。見てるだけなのはどうしてもうずうずしちゃうので早く見つけましょう!」


 少し残念そうにする美詞を見て衛がボソリと尚斗に耳打ちをする。


「あの……桜井って、戦闘狂の気があります?」

「仕方ないんだよ……桜井一族の遺伝子ワルイクセだと思ってくれたまえ、あれでも一族の中ではだいぶマシなんだ」

「な、なるほど……では桜井が暴発しないように早く見つけないとですね」

「同意だ、もう少しペースを上げよう」


 清楚で大人しく気品漂わせるおしとやかな学園の高嶺の花、実はお転婆でしたなど誰にも言えない事実。

崩れていた美詞への印象が更に修復不能なまでにぼろぼろになっていくが、きっともう元には戻らないことだろう。


 次から次へ出てくる餓鬼と思われる鬼達も、奥へ進むにつれその強さも上がってきているように思える。

 先ほどまで腰蓑一丁だったのが今では襤褸ながら衣服に代わっていたり、手にこん棒や槍を持つ等、まるでロールプレイングゲームの敵キャラのようにグレードアップしていた。

 しかしそんな鬼達ですら尚斗らにとってみれば進軍ペースを落とすにも足らない塵芥、千歳がいるであろう先へと進むに苦労はしなかった。

 通路を進んでいると突然前方の高くもない天井が途切れ、広い空間が顔を見せる。

 出口か?とも思ったがそうではなさそうだ、天井がかなり高くなり人が百人ほど入れそうな空間は何かの用途で使っているのだろうか、粗末な敷物が至る所に敷かれ様々な箱や壺、道具らしきものが転がり生活臭が漂っている。

 

 ― ぐすっ……ひぐっ……うぇぇ……おぇぇ…… ―

 

 どこからともなく聞こえてくる泣き声?うめき声?のようにも思える声に釣られるようにその場所へ。


「千歳!!」


 声をかけられた人物はぴくりと肩を跳ね上げ、自らの口の中に突っ込んでいた指を出すと声のした衛の方へ顔を向けた。


「ま……もる……」


 泣いていたのだろう、涙でぐちゃぐちゃになった顔を更に歪めながらも衛の掛け声に応じていた。

 昨日みた姿のままの巫女服姿で無事生者の形を保っている事に一先ず安心したが、敷物の上に座った彼女のまわりに料理を乗せた皿が並べられていることから尚斗は嫌な予感がした、そして彼女が行っていた行動に更に嫌な予感が増す。

 しかしそんな事は気にならないのか、衛がいち早く千歳に駆け寄るとその手を掴み立たせようとする。


「千歳、助けに来た、帰るぞ」


 千歳の表情が複雑なものになる……嬉しいのだろう、帰ることができるかもわからない黄泉の国まで自分の命を省みず自分を助けに来てくれたのだ、嬉しくない訳がない。

 しかし千歳は涙を流し嗚咽を上げながら首を横に振る。


「だ、だめなのっ……私、もう、帰れない」


 千歳が視線をやった先には並べられた料理、そのいくつかの皿から明らかに食べた跡であろう減り方をしている料理や、千歳の周りに食べ物が零れた跡が見受けられる。


 「黄泉竈食」、それが一同の頭の中をよぎった。


「くった……のか?」

「……わからないの……気がついたら目の前にあった。食べさせられたのかもしれないと思って無理やり吐いてたんだけど全然出てこなくて……」


「八津波」

「『わかっておる』」


 八津波が千歳の前まで歩いていくと、くんくんと匂いを嗅ぎ出した、そして…


「『心配せずとも喰わされておらぬようだ。大方この巫女の心を折るための小細工であろう』」


 てっきり黄泉の食べ物を無理やり食べさせられ帰れないようにされていたのではと不安一杯であった千歳が、全身から力が抜けたように倒れ……そうになるのを衛が慌てて支えた。


「私、てっきりもうだめかと……」

「やつはちゃん、黄泉の鬼ってこんな変な事までするの?」


 美詞が言う「こんな事」とは食べかけのように見せかけ、千歳があたかも黄泉の食べ物を食べたように小細工したことだ。


「『黄泉竈食はな、ただ黄泉の食物を食らわせただけよりも、自らの意思で食ったほうが馴染みが早いのだ。ゆえにこの巫女が生を諦め、自ら進んで食うようにこのような一計を企てたのだろう。しかしこのような小手先の知恵を使うてこようとは小賢しい者がおるようじゃな』」

「ええ、確かに策士気取りの奴がいるようですね……」


 八津波の言葉に同意する台詞を吐きながらも周りの気配に気づき、手に持ったライトを仕舞うと刀を抜き放つ尚斗。


「神耶さん、敵ですか?」


 尚斗と背中合わせになるように位置取った美詞が神楽鈴を取り出し構える。


「ええ、いきなり気配があちこちから……囲まれているようです。衛君、千歳君を立たせて、無理なら背負ってください。八津波、二人の護衛を頼む。美詞君は私と敵を殲滅しながら退路を確保しますよ」


 考えずとも分かる事だ、この生活臭のする場所は恐らく餓鬼の巣、今まで鬼共が姿を見せていなかったことの方が不自然。

 尚斗の説明が終わる前に物陰や洞窟の死角からぞろぞろと姿を見せる餓鬼達。

 じりじりと元来た通路へと引き返そうとしていると、その道を塞ぐように餓鬼が数匹立ちふさがった。


「神耶さん!千歳は自分で動けます!俺も迎撃に」

「了解です。私が道を開きます、すぐに千歳君を連れ元来た通路まで退避。では行動開始」


 手短に指示を出した尚斗が退路に立ちふさがる6匹の餓鬼へと間髪入れず突撃する。

 右手に白露を、左手に朧を手にすると先頭に立つ餓鬼から次々と一刀の下に首を飛ばしていった。

 千歳を挟むように両サイドに立った衛と美詞は、尚斗の突撃と同時に一斉に襲い掛かってきた餓鬼達を相手どりながら尚斗の背に続く。

 殿を務めるのは八津波、素早い動きで餓鬼を翻弄し打倒していく事で背後からの接近を気にせず退避することができていた。


「退路確保、衛君、千歳君を連れて先を走りなさい!美詞君も二人と一緒に退避、八津波は引き続き私と一緒に殿を」


 衛が千歳の手を引き通路へ走り込む、美詞は二人の護衛として同行させるようで、こちらも了承の意を汲み頷いている。

 もちろん尚斗と八津波も三人に続き退避するが、背後からは夥しい量の餓鬼が迫ってきているため適度に間引きしながらの撤退となりそうであった。


「この数、罠を張られてましたかね」


 物量に物を言わせた攻勢でもすべて一振りするだけで消滅するような相手、まだ尚斗自身は余裕があるように見える。


「『あぁ、よほど暇であったらしい、ここぞとばかりに投入してきておるな』」

「美詞君、感知術を絶やさずに!分岐路は奇襲に気を付けて!奴ら隠形持ちです」

「わかりました!」

「衛君、前方の露払いは任せましたよ?」

「了解です!千歳、俺より前に出るなよ」


 分岐路に差し掛かる、先ほど通って来た道なので地面にはぼんやりとケミカルライトが道を照らしており、来た道を楽に辿ることはできそうだが……。


 ― ぎゃっ! ―


 もう一方の分岐から飛び出してきた餓鬼を美詞が素早く前に出て、神力を込めた神楽鈴で討ち祓う。

 鈍器で殴られたような音もせず、鈴が触れた所から塵に変わっていくことから神力による攻撃は効果が高いようだ。

 何度かこういった足止めを受けつつも徐々に出口へと歩を進める一同の下にまたもや分岐が現れ、ケミカルライトの緑色の光に従い進もうとした衛に後方で餓鬼を切り捨てた尚斗が大声を上げた。


「衛君!そっちじゃない!それは罠だ!」


 間一髪尚斗の忠告が耳に入った衛が意識を集中したのが間に合い、今まさに曲がろうとしていた通路から襲い掛かって来た大きな金棒に反応することができた。


 ― ぎゃりりりっ ―


 金棒による攻撃を刀でなんとか受け流すことができたが、鬼の想像以上の膂力に衛はたたらを踏み歯を食いしばり耐える。

 ぬっと影から出てきたのは餓鬼ではない、大きさが違う、迫力が違う、発する力がまったく違う。

 四肢には筋肉が張り、手には金棒、身には鎧を纏い口から覗く牙と額から突き出た大きな角が、今までの餓鬼とは桁が違うことを嫌でも視覚から受け取ってしまう。

 怖気づきそうな震えを、刀を握る手に力を込める事で無理やり抑え込み自らを奮い立たせる。

 そんな心の準備を待ってくれるはずもなく、第二撃を繰り出してきた鬼の叩きつけるような一撃を大きく回避した衛。


「祓い給え清め給え 符術単式【牡丹】!」


 横から聞こえてきた美詞の声と共に放たれた攻撃に鬼の左半身が爆発した……が煙が晴れたそこには焦げ目がついた以外に主だった外傷が見えない鬼の姿。


「あちゃぁ、全然効いてないなぁ……ならばこっち!」


 符術による攻撃がまったく効果がないのを確認した美詞は鬼の懐へと身を滑らせる。

 使わない神楽鈴は左手に持ち替え、空いた右手に神気による生命エネルギーを素早く循環させ下から突き上げるような掌底を鬼の顎へ繰り出す。


 ― ぼんっ! ―


 鬼の顔が爆ぜた。

 首を失った鬼の胴体はやっと命令器官がなくなったことに気づいたのか、後ろへと倒れ塵になって消えていく。


「よしっ!神耶さん、生命力による攻撃は効果ありますよ!」


 その光景を間近で見ていた衛と千歳は口をぽかんと開け圧倒されているようだ。


「桜井……えげつねぇ」

「美詞さん……しゅんごぃ」


「美詞君ナイスです!ほら二人とも足を止めないで進んでください!」


 尚斗の言葉にはっとした二人、とんでもない光景を目にしてしまった衝撃はあったがこんなところで突っ立っている暇なんてない、再び撤退のための歩を進めた。


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