第153話
結界が張られた場所までの道のりは人の手が入っており、光源も頼りないながらも設置されていたためまだ明るかった。
しかしこれから先は人の手が入っていない魔境。
光り輝く結界の先は暗く、先が見通せない闇で塗りつぶされていた。
こんな静かで不気味な場所で役目を全うするため何年も一人で生活するなんて正直とても信じられない、鎮守の巫女を務めた女性達の精神の強さに感服するばかりであった。
「では行きますか、心の準備はいいですね?」
目の前の網目状に展開された結界を潜り抜けた尚斗に続き美詞と衛、そして一番後ろから八津波がついてくる。
途端にずしりと重石が乗っかかってきたような重圧を感じた衛、なるほど……これが尚斗の言っていた黄泉の瘴気による負担というやつかと、冷静に全身に霊力をまわし身体強化を施していく。
術に集中し強化が完了したところでふぅと息を吐き隣を見てみると、既に尚斗と美詞も対策を終えているところであった。
見ると二人の体を薄っすらと光の膜が覆っているようであり、一目で自分の身体強化とは一線を画すものだというのが否応なくわからせられてしまう。
衛は知らない事であるが、神力による守護術を自らに施した二人。
そこに八津波の指示に従い少しだけ神気を込めていたので、体が発光するという謎現象が起こっていたのだ。
「さて、準備はよさそうだね。先は暗い、敵に気づかれるだろうがライトを点けていこう」
衛は自らの頭に尚斗から渡されていたヘッドライトを装着した。
尚斗曰く除霊用の道具として開発している試作品らしい、戦闘時の激しい動きでも外れないようにシリコン製のバンドでぴっちり固定されており、一見ただのヘアバンドぐらいにしか見えない正面の白い帯状の部分は薄型の広角ライトが、耳の上には集光ライトが取り付けられている。
両手が除霊具等で塞がってしまう事等を想定して作られたライトだそう、見ると同じヘッドライトを皆装着するみたいで尚斗も美詞も頭にはまった輪っかの白い帯が目立っていた。
だがあくまでこれは補助用だとのことで、それ以外にも二人はとんでもない光量を誇るレーザービームのようなライトを手に持っている。
「さて衛君、千歳君の居所は掴めるかい?」
「ええ、大丈夫です。たしかにこの先のようです」
「やはり黄泉の国にいるのは間違いがないか。では道案内を頼むよ」
先ほどまで人の手が入っていた通路より今はよほど明るいだろう、しかし進むごとに少しずつ結界が発する光が遠のき、更には気温が下がってきているのを感じてしまう衛、周りから聞こえてくるのは自分達の足音とたまに聞こえる雫が地面を打つ反響音ぐらい。
「気温が下がってきましたね。不自然な下がり方だ、本格的に黄泉のテリトリーに入ったのかもしれません、気を付けてください」
尚斗が注意してすぐに目の前に現れたのは分岐路。
Y字路になっており左か右どちらに進むか迷うところであるが、ここは衛が迷いなく右の方へ進みだした。
尚斗はたすき掛けにしていたベルトに連なる大量の筒の中から一本取り出すと、ペキリと折り来た道の地面に置いた。
置かれたのはケミカルライト、サイリウムとも呼ばれ音楽ライブ等でよく振られているアレである。
勿論そこらの夜店で売られているようなものでなく、軍用のしっかりした物なので光量は保証済み。
分岐路が多いと聞いていたので迷わないようパンくず代わりに持ってきた。
「けっこう光るものなんですね。これなら帰り道は大丈夫そうだ」
衛がそんな感想を述べている間にまた分岐路が出てくる。
迷わず左に進む衛、そして早くも二本目をペキリと折り来た道に投げ捨てる。
また少しすれば同じように分岐路が……。
なるほど、秀樹が迷いそうになったという理由がわかる、確かにこうも分岐のペースが早ければ迷いもするかもしれない。
「なんだか懐かしいですね、魔界に侵入した時を思い出します」
「あの魔界門事件の時ですか……神耶さんは異界巡りでもしているのですか?」
年の若い衛でも魔界門事件はまだ記憶に残っている事件であり、教科書にすら載っているほどの認知度なので知っている。
しかし神耶家がそこに関わっていたことは、虎徹なら知っていても衛ぐらいとなるとさすがにそのような知識はなかった。
「ええ、あの時も救出作戦でした。分岐も多く迷いそうになったのも一緒でして。まぁここの空気は魔界の物より性質が悪いですが」
魔界、錆びたような赤い空、針山のような岩山、聳え立つ悪趣味なオブジェは未だに尚斗の脳裏にはっきりと思い浮かべられるほどの印象をこびり付かせているが、空気自体は重圧を感じ嫌な気配がするぐらい。
それに比べ黄泉の国は明らかに人間の「何らか」を削ってきている。
一秒でも長く留まりたくはない場所であった。
「その時は……魔界から助けることはできましたか?」
衛は気になった、当時の成功が今回の成功に繋がるという訳ではないが衛からしてみれば救出任務なんて初めてのこと、景気のいい体験談でも聞いておかないとプレッシャーに潰されそうだった。
「……全員は無理でした。なにしろ何十人もいましたからね。奴らは捕らえた人間を拷問にかけ、恐怖と苦痛に染め上げてから儀式の生贄にするのです。次なる魔界門を開けるための」
「そんなこと学園でも教えてもらえませんでしたよ……俺はあの魔界門がまだ生きてる状態だってのにすら驚いたんですから……ほんと協会の言ってる事と違ってて驚きっぱなしです」
「まぁそこは協会のプライドがそうさせたんでしょうね。真相を知っている全世界からは白い目で見られてますが……」
「それって大丈夫なんですか?……日本のこの隠蔽体質ほんと嫌になる。今回の黄泉比良坂を無事封印できたら……その魔界門も封印できるようになるのですか?」
「ええもちろん、っと言いたいところですが、まだ必要なピースが揃っていませんので実行に移すことはできません。現在閉じている魔界門を開けるには開錠コードというものがあるらしく、それを知っているのが悪魔だけと。なので今は世界中を回り悪魔を叩きのめし尋問してるところなんですがねぇ……これがなかなか」
「あ、あはは……」
衛は新学期早々に学園で起こった事件、あの体育館で観客の一人として尚斗と悪魔との闘いを見た一人である。
圧倒的な悪魔の力の暴風に晒されたと同時に、誰も手が出せなかった悪魔を一方的に嬲り倒した尚斗の存在。
なので尚斗の「悪魔を叩きのめし尋問してまわる」というのが簡単に想像できてしまい乾いた笑いが漏れた。
ただ言えるのは、あの時手も足もでなかったような相手が魔界門を通して大量に押し寄せてくるかもしれないのだ。
それは偏に恐怖、なのでその魔界門を封印しようと作ってくれた装置、今まではどこか他人事のように感じていた魔界門も身近なものへと変わり、ぜひ成功してほしいものだと切に願う衛。
「止まって下さい、感知に反応有り。おっとやはり気づきますか、こちらへ向かってきますね」
「何体ですか?」
敵性反応を捉えた尚斗が前を行く衛に注意したところ、逆に敵の数を問われてしまった。
戦闘思考への切り替えが早いのはいいことだ。
「2体です、反応は強くないので餓鬼でしょうか。いけますか?」
「大丈夫です。貸していただいた霊刀の試し切りには丁度いいかと」
いきなりの餓鬼との実戦にもたじろぐ事なく冷静を保てていることから、どうやら実戦経験も有と見ていいだろう。
すらりと鞘から抜いた刀を正眼に構え通路の奥からやってくるであろう敵を待ち構える衛。
やがてどたどたしたような足音をひっさげながら、小柄な人影が尚斗と美詞の手持ちライトに照らし出されて輪郭を浮かび上がらせてくる。
手と足は細く不自然なほどにお腹が出ており、しわくちゃな顔の中に収まった目は開いているのかどうかわからない様子、額には小さな角が出っ張っているが、それ以上に頭が大きく額が広いため角よりもそちらに目が行ってしまう。
腰蓑のようなものしか身につけておらず、手には武器と呼べるようなものすら見当たらない。
餓鬼の動きからある程度の力を見極めたのか攻勢に出るため前へ踏み出した衛、一気にケリをつける気のようだ。
― ずじゃっ ―
袈裟斬りにした一太刀は餓鬼の肩口から突き進み見事両断するに至る。
返す刀で横一文字に振りぬいた刃は、もう一体の首を捉え抵抗という抵抗すら感じぬまま切り終えてしまう。
切れ味の良さに驚いているのか軽く瞠目した様子をみせている衛であるが、残心は忘れていないようでしっかり餓鬼達が塵になり還って行くのを見送り構えを解いた。
手に持つ刀の刀身を舐めるように端から端まで見やるとニヤリと口角を上げる。
「いいですね……これ。さすが霊刀」
「問題はなさそうですね、では少しペースを上げますか」
「はい、今の餓鬼が巡回か斥候だとすれば警戒網を敷かれるから……ですか?」
「ちゃんと理解されているようで安心です。まぁそこまでの知性があるかどうか、と言ったところではあるのですがね。次からは私も戦闘に加わりますので速攻で切り捨てていきましょう」
小さくポツリと呟いた尚斗の影から二振りの刀が姿を現わす。
刀から発せられる力にも驚いたが、まぁこんな霊刀をポンと寄越すぐらいなのでもっとすごい刀が出てきても不思議には思わなかった。
それ以上に目を引いたのは……。
「それ……すごい便利そうですね。影に仕舞っておけるなんて最高じゃないですか」
現代社会では当然のように帯刀なんてしていれば一発アウト、持ち運ぶのすらややこしい決まり事があるぐらいだ。
そんな煩わしさを回避できる術なんて喉から手が出るほどに欲しいことだろう。
「できれば教えてあげたいのですが、これはこの刀が特殊なだけで本来無機物を影に仕舞うのはできないんですよね……すみません」
「そうですか……それは残念です」
あからさまにシュンとしてしまった衛、しかし本来の目的を思い出すとすぐに持ち直したようだ。
一同は小走りで奥へ奥へと進んでいく、千歳との繋がりだけを頼りに深く深く潜っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます