第152話

「本日の作戦参加メンバーが揃いましたね。秀樹殿、お電話でお伝えした準備は整っていますでしょうか?」


 自衛隊のヘリまでフルで利用し、急遽尚斗の下に集まったのは今日黄泉比良坂を封印すべく集まったメンバー達、尚斗が音頭をとり一同を前にすると秀樹になにやら確認を取り出した。


「はい、時間がなかったので大したものは準備できませんでしたが……」

「いえ、この人数となると大変でしたでしょうに、無理を言ってどうもすみません……」


「おや、さっそく突入かい?」


 年を考えてほしい御仁が一番滾らせわくわくしているようだ。

 バックアップ要員だと言っておいたのだが、さっそく忘れているのだろうかと心配になる尚斗。


「いえ、お昼を跨いでしまいましたからね。みなさん昼食がまだでしょう?腹が減ってはなんとやらです、準備していただきましたので昼食をとりながらブリーフィングをしてしまいましょう」


 秀樹に案内され、ぞろぞろと何十人もの人間がたどり着いたのは例の洞窟の前。

 臨時に設置された長机の上にはラップがかけられた多くのおにぎりに、手で摘まめるような卵焼きやお漬物等の総菜、そして寸胴鍋には湯気をたてる味噌汁が準備されていた。

 生田家の一族の者が給仕にまわり、立食ではあるが各々の手に食べ物が配られていく光景はどこかの自治会イベントのようで。


「それでは決起集会ではありませんが同じ釜戸の飯を共にする者同士となります。本日のミッション、みなさんの力で必ず成功させましょう!」


 紙コップに注がれたお茶を掲げたのを合図に皆が食事にとりかかった。


「みなさん、食事をしながらで結構です。時間もあまり余裕がありませんのでそのまま説明に入らせていただきますね。まずは今回のミッション、目的がひとつ追加されました。黄泉比良坂を封印消滅させるのが一つ、そしてもう一つは黄泉国へ連れ去られたであろう生田千歳君を救出する任務です」


 生田家の面々が沈痛な面持ちになった。

 きっと望みは薄いかもしれないとどこかで諦めつつもまだ希望があると信じたい、そんな複雑な思いが表情に現れていた。


「救出には私と佐治家の衛君が向かいます。そして―」

「『まて尚斗』」


 尚斗の説明に食い意地の張った八津波が口の周りを米粒で汚しながら制止した。


「『美詞も連れ行け』」


 そしてとんでもないことを言い出す。

 しかし突拍子もないように思えて、八津波が何も考えずにこのようなことを言ったりはしないことを尚斗は誰よりも理解している。


「……なにかの意図があるのですね?」

「『黄泉の國は死の世界、言わば死という負の力によって構成されておる。美詞の新たな力は黄泉が一番嫌う力なのだよ』」

「……ということは、生命力を変換した力は黄泉軍の弱点となりうるのか」

「『死の力と命の力はそれぞれが陰陽の対極にある。我の力を注いだ尚斗と美詞ならばその対極となる力も優位性を持ちて活躍ができよう』」

「……美詞君はそれでもいいのかい?」

「はい!むしろ私がメンバーに入ってなかった事が心外です!」


 どうやら美詞は最初からついてくる気満々のようであり、尚斗と衛だけで行こうとしていた事実に憤慨しているようだ。


「わかりました、救出のために私達三人が結界を超え黄泉の国へ行って参ります」


 少しぐだぐだになってしまった説明を聞いていた羽佐間と静江が、おにぎりを頬張りながらぼそりと漏らしていた。


「お嬢は相変わらずお転婆ですなぁ」

「あの子がじっとしてる訳ないだろう、まぁしっかり坊やの手綱を握ろうとしてるのは微笑ましいね」

「うふふ、あれであの子まだ兄妹のつもりなんですよ?かわいいでしょう?」


 次期当主候補筆頭である椿まで会話に入って来た。

 一部が和気あいあいとした雰囲気を作り出す中、尚斗は気にせず説明を続けるようだ。


「私達が黄泉へ突入している間、封印するための装置を設置、起動準備に入っていただきます。羽佐間さん、起動までどれぐらいの時間がかかりそうですか?」

「既に装置は完成しており二つの装置間のリンクも繋げた状態でスタンバイさせています。最終起動シークエンスのための準備ぐらいなので10分も必要ないでしょう」

「了解です、では起動直前で待機させ私達が戻って来ましたら合図を出します、発動させてください」


 頷き返事を送る羽佐間、こちらは入念な準備を重ねてきたからこそであろう、「いつでも来い!」といった状態である。


「婆様方は今回有事の際の戦力として控えていただきます。現在張られている結界が何かしらの理由で破られた際、装置起動の弊害となる恐れがありますので封印発動までの時間稼ぎが主です。想定されるケースごとにプランを立てました。既存結界は消失したが追手の追撃がない場合は、装置起動まで時間稼ぎのため入口に新たな結界を張っていただくのがAプラン。追手が戦力を投入し追撃してきた場合は、黄泉軍が外に出ないよう結界を張るのはもちろんのこと何人か一緒に前線に出てもらうのをBプラン。攻勢が激しく装置起動に踏み切れない場合は、最大出力で結界を張り一時撤退をし再チャレンジのタイミングを計るCプラン。この三つを考えています。どうですか?」

「Cはないね、……と言いたいところだけど坊やに従うよ。個人的には黄泉軍と一戦交えたいところだがねぇ」

「……頼むから戦闘狂思考はやめてくれ……戦わないに越した事はないんだぞ?ところで桜井が作り上げた結界というのはどのように伝わっているか聞いても?」

「ああ、結界の名前が安直だったのでね、すぐにそれだとわかったよ。『千引岩の結界』、神力の込められた多数の触媒を起点として巫女の祝詞奏上で構築維持するというものだ。分かり易い仕組みだろ?術式は少々厄介だがすでに祭壇に刻み持ってきている。今日は巫女の数にものを言わせて発動するから一時だけの展開となっても強度は保証するよ、坊やたちが行ってる間に組み上げておくさ」

「ではそれでお願いします。にしてもなんともドストレートな名前ですね……」


 伊邪那岐は黄泉比良坂を通り黄泉の国へ帰ってくる際、伊邪那美が追ってこれぬよう千人の力で動かすような大岩をもって穴の入口を塞いでしまったという。

 結界の名はまさにその大岩から来ているのが一発でわかるようなネーミングセンス。


「『恐らく名に力を与え結界の強度を上げたのであろう。伝説に肖ったとも言うな』」

「ああ、なるほど。これも先人の知恵というやつですか。あとは……秀樹殿と虎徹殿、戦える方は先ほどのBプランの場合桜井の方と一緒に援護をお願いします。時任さん、あなたはくれぐれも後方で待機していてください。分隊の方、もし時任さんが前に出てこようとしたら殴ってでも止めてくださいね、私が責を負いますので」

「参ったな……そうまで言われては動けんではないか。まぁ素人が何かできるとは思っておらんよ。大人しく見守ろう」


 時任の背後で控える分隊の護衛5人がほっと安心したのを見て、やはりその懸念を想定していたようである。


「それでは大まかな打ち合わせ内容はこれぐらいですかね。何か補足事項や質問はございますか?なければそのまま昼食を続行しましょう」


 ほどなくして全員の腹が満たされたのを確認すると、皆思い思いに封印のための準備に取り掛かっていった。


「室長、設置場所はこの入口でよろしいので?」

「ええ、鉄の壁と扉が境界になっているはずですので扉の外にひとつ、そして扉の内側にひとつといった配置になりそうですね」


 眼鏡型のトラッキングデバイスをかけた羽佐間がレンズ越しに扉のほうを映してみると、たしかに扉から異常値を検出しているようで、念のため自らが結界を跨ぎ間違いがないかの確認をとっていた。


「まぁ装置の方はどうにかなりそうですね。しかし室長、これ起動タイミングが難しそうですよ?特に室長のおっしゃってたBプランだと、みなさんが撤退されるタイミングを見極めないと巻き込んでしまうかもしれません」

「あぁ、確かに。時間稼ぎの結界を扉の内側装置の前面に張るとして、足止めしている人員が全員撤退するにはこの扉少し小さいですかね」

「その時は室長が殿に立ってがんばるしかないですなぁ」

「うへぇ……羽佐間さん……フラグですよそれ……」

「ええ、わかってて言いました」


 さっそく装置を置く場所の当たりをつけ接地面の確認等を行うため片膝をついていた羽佐間が、顔だけ振り返りニヤリと笑っていた。


「で、私らはどうすりゃいいんだい?」


 扉をくぐってきたのは静江、この老人もどっしり構えておけばいいのになにかと自分で動きたがるから困ったものだ。


「今羽佐間さんと話していましたが結界は内側に張っていただけますか?鬼を出さないという目的もありますが、設置した装置を壊されでもしたらそれも問題なので」

「ふむ、ならば装置よりも少し前に祭壇を建てようかね」

「結界の維持は術者が離れてからどれぐらいもちますか?退避できる出口がそこまで大きくないので、戦闘員の退避までを含めるとけっこうタイミングがシビアになりそうで」

「それは問題ないよ、祈りの供給を切っても恐らく半日は軽くもつから合図を出しな。装置を起動する時は先に封印担当を避難させて、次に戦闘担当の巫女らを避難させるよ。坊やが最後まで残って自分の退避タイミングを見計らって起動合図を出せばいい」


 静江まで尚斗が殿を務めることを推してくるためげんなりしてしまうが、それが一番現実的なプランだろうと思い了承する。


「ま、そうなりますかね……では現場はお二人に任せてよろしいですか?」

「ああ、万事滞りなくやっておくさ」

「任せておいてください、室長もお気をつけて」


「じゃぁ、行こうか」


 尚斗の呼びかけにいつの間にか両隣に待機していた美詞と衛が頷いて応じた。

 三人と一匹が異界へと踏み込む。

一同を待っているのはわずかに残された希望か、はたまた絶望か。


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