第151話

 特徴的な双発のタンデムローターが爆音を鳴らしながら地上へ降りたとうとしていた。

 管理されたヘリポートでもない場所に着陸しようとするのだ、回転が生み出す突風に砂ぼこりがたち原っぱの草が吹き飛ばされていく。

 生田家が管理する黄泉比良坂のある山の開けた場所、ただでさえ自衛隊機が来たとなれば近隣から注目を浴びてしまうため、少し強引ではあったがなんとか着陸できるだけの広さが確保された人目を避けれるこの場所に降り立つことと相成った。

 着陸と同時にチヌークの後部ハッチが開き、そこから数人の武装した自衛隊員に続き尚斗らが風にあおられながら降りてくる。

 荷降ろしまで完了し自衛隊員がパイロットに合図を送ると、アイドリングのため回転数を抑えていたローターは再度エンジン音を上げ早々に飛びだって行ってしまった。

 ローターによる突風が収まるのを待っていた者達がヘリから降りてきた一同に駆け寄ってくる。


「お待ちしておりました!まさか時任本部長もお出でになるとは、御手を煩わせ申し訳ございません……」

「いや、重要なミッションなのだ。私がぜひ見届けたいと無理を通したまで、気になさるな」

「秀樹殿、あれから進展はありましたか?」


 尚斗が会話に割り込むように秀樹に確認をとりだす。

 尚斗もそうだがそれ以上に隣にいる衛が待ちきれない様子で、今にも号令で飛び出しそうな犬のようにそわそわしている。


「いえ……数人精鋭を組み偵察を行ってきましたが無駄足になってしまいました。数匹餓鬼と思わしき鬼を切り捨てたのみです」

「中は入り組んでいるのですか?」

「はい、途中までは一本道なのですが、それより先は分岐に続く分岐で下手をすれば迷い帰ってこれなくなってしまいそうでした。私達も分岐の先まで行ったのが初めてでして、二次被害を避けるため戻ってまいりました」

「ええ、それでよかったと思います。中の探索は任せてください、衛君が居れば千歳君の位置が分かるはずです」


 過去何度か結界までやってきた餓鬼を斃すため結界の向こう側に行ったことがある秀樹や虎徹であったが、それでもその先まで行ったのは初、一本道が続くのかと思っていれば存外道は複雑で千歳を探すどころかそのまま迷い引きずり込まれそうになりそうだったため止むなく断念。

 それを衛ならば追えるというのだから目を見開き驚いたが、先日聞いたばかりの二人の繋がりを思い出しなるほどと納得する。

 虎徹が本当に大丈夫なのかと目線で訴えると決意の籠もった視線で頷く衛の姿が。


「……行くのだな?」

「あぁ、千歳を守るのは俺の役目だ。必ず連れ戻してくる」

「わかった、ならこれを持っていけ」


 虎徹が腰に差していた鞘を引っ張り上げ衛に手渡してくる。


「これは親父の刀だろ?いいよ、俺の予備があるだろ?とってくる」


 衛の刀は宝条学園の寮に保管されている。

 予備の刀が佐治家に置かれているためそれを取りに一旦戻ると言っているのだ。


「おまえはこれから黄泉の国へと入るのだ、予備の鈍らでは心許ない」

「だが……」

「あの……少しよろしいですか?」


 尚斗が横から会話に割り込んできた。


「すみません、お話を伺う限りですと衛君の武器がないのですね?虎徹殿の刀を拝見させていただいても?」

「む?……ああ、もちろん問題ないが……」


 虎徹に差し出していた手を一旦引っ込め尚斗へと手渡す。

 恭しく受け取った尚斗が丁寧に刀を抜き刀身を検める。


「……いい造りだ。餓鬼を斬り倒してきたばかりなのに欠けも傷もない綺麗な刀身、虎徹殿の技量が窺える」


 刀身を鞘に戻すとすぐに虎徹に返し「ちょっと待ってくださいね」と後方に纏めてある荷物の下へ行ってしまった尚斗。

 一体何をと疑問に思う一同を他所に尚斗が持ってきたのは一本の刀袋。

 それを衛へ無理やり押し付ける。


「いやぁ念のため持ってきておいて正解でした。衛君、これを使ってください」


 刀袋と尚斗の間を衛の視線が往復するが、とりあえず中を見てみようと袋の紐をほどいた。

 中から出てきたのは案の定日本刀であったが長さ的には虎徹や自分が使っているのとほぼ変わらない長さの打刀、持ってみただけで違和感が衛の体を駆け抜けた。


「え……これって……」


 慌てたように鞘から刀身を少し抜いて確認してみる。

 刀身からあふれ出すように立ち昇る霊気、一般人ではわからないが、流石に退魔師家系である面々にはこれが何なのかは一目でわかる。


「まさか、霊刀……」

「無銘ですが造りは悪くありません、籠められた力も本物です。黄泉の鬼を相手にするならこちらの方がいいでしょう」

「こ、こんな高価な品使わせてもらってもいいのですか!?」

「黄泉の瘴気は思っている以上に体の負担となるでしょう。刀に霊力をまわしていてはガス欠になる恐れが高い、君の霊力はなるべく瘴気から守るための術に使ってください」

「そうか……確かに。わかりました、大切に使わせていただきます」

 

 羨ましそうな目で衛の手元を覗き込む虎徹の視線、剣術一族であっても霊刀を手に入れることのできない家はいくらでもいるのだ、それほど実戦に耐えうる霊刀は貴重と言えた。

 そんな武器を最近どこぞやのお犬様のご乱心によって、いくつも手に入れたと知られれば嫉妬の嵐が吹き荒れることだろう。


 ― ババババババッ ―


 遠くの方からお腹に響くような断続音が聞こえてくる。

 先ほどまで尚斗らが乗って来たヘリと同じローター音である。

 それに気づいた一同は着陸スペースを確保するため素早く荷物の移動を行い端に寄った。

 ローター音はやがて周りの音が全く聞こえなくなるほどの大きな音となり、機影が真上に差し掛かったところで降下を始める。 

 降下してきたヘリは先ほどまで尚斗らも乗っていたチヌーク、後部ハッチが開くところもとても既視感がある光景であった。


 技術研の作業服に身を包んだ二人を引き連れ場違いである白衣を着た男が姿を見せ、その後ろから自衛隊員が大きな箱が積みあがったカートを引きながら降りてきた。


「羽佐間さん、間に合わせて頂きありがとうございます。工程を早めた障害はありませんでしたか?」

「ええ、装置は無事仕上げてきましたよ!障害があったとすれば研究員が一人ダウンした程度ですよ、はっはっは」

「無茶をさせてしまいましたね……しっかり休養させてあげてください」

「おっと、時任本部長!挨拶が遅れ申し訳ございません、まさか出向かれているとは思って……いや、よく考えれば順当ですな」

「今日はよろしく頼むよ、君達の成功如何に日本の存続がかかっている。プレッシャーをかけるつもりはないがぜひ成功させてほしい」

「わかっております、ただその一心で作り上げてきましたからね。今日の成功例が魔界門の破壊に繋がることでしょう!」


 基晴に対しビシッと敬礼を送る羽佐間、学者上がりでありながら一応技官としての体裁があるため不格好ながらも敬礼を送ると、基晴も律儀に答礼を返していた。

 羽佐間は基晴がなぜ前線に出てきたのかと一瞬不思議に思ったが、よく考えてみればこの御仁かなり腰が軽い。

 それはもう部下が散々振り回されうんざりするほどだ、現に羽佐間の言葉を聞いていた護衛のための分隊が苦笑いを浮かべている。

 そんな白衣の男に挨拶するため美詞も声をかけるタイミングを計っていた。


「羽佐間さん、おつかれさまです。先日はありがとうございました。おかげで神楽鈴がぱわーあっぷして帰ってきました!」

「おぉ!お嬢にそう言ってもらえると着手した研究員はみんな大喜びでしょうな、しっかり伝えておきますよ」


 後ろで衛がぶはっと噴き出した。


「さ、桜井、お嬢って……どこの組からきたんだよ」

 

「こわーいこわーい桜井組だよ坊や、覚えておくんだね」


 美詞からの返事を期待していた衛が、後ろから聞こえてきたしゃがれた声に驚き思わず振り返る。

 そこには老人を先頭とした多くの巫女達がこちらに歩み寄ってきている姿、桜井組ならぬ桜井大社の面々であった。


「御婆様!?」


 桜井大社の巫女が招集されていることを聞かされていなかった美詞が、大層驚き大きく目を瞬かせて駆け寄っていった。


「御婆様が来るって聞いてなかったよぉ!もう!神耶さんいじわるなんだからっ!」

「ふぇっふぇっ、夏休みぶりだねぇ。今日は私達も協力するからしっかりおやり」


 駆け寄る美詞に続き、尚斗が静江の下に歩いてくる。


「婆様、先に到着していたんですね。最後になるかと思っていたんですが」

「うちはすぐに動けるよう準備していたからね、その差じゃないかい?」


 などと言っているが……事実尚斗や羽佐間らは準備があり出発が遅れたのもあるが、安全飛行で速度を落としていたのと違い、静江がパイロットを説得もとい脅しに近い形で巡航速度ギリギリまで飛ばしてきたのが原因であった。


 まさか桜井大社のご老公が来るとは思っておらず、自分の発言を拾われたことにより衛は思いっきり腰が引けていたが、それ以上にカチコチになっているのが秀樹ら生田家夫妻。

 日本には神社本庁と呼ばれる伊勢神宮を本宗とする神道の組織があるので、当然の如くそちらに所属している生田家の二人も桜井大社のことはよく知っている。

 それどころか日本中の神道関係者は桜井大社に対し必要以上の恐れを抱いているのだ。

 それでも挨拶をしないわけにはいかないと生田家夫婦は恐る恐る静江の下へ向かう。


「さ、桜井様。この度は封印へのご助力感謝に堪えません。生田家一同を代表しお礼申し上げます」

「そんなびびるんじゃないよ、取って喰いやしないさ。むしろあんたは身内側だろうに、頼むから様付けなぞよしておくれ。日本を守ってきたあんた達に頭を下げないといけないのは私達のほうだよ、よく今まで耐えてきたね……あたしらは口伝で黄泉比良坂の事を伝えられていたんだ、ただし探る事は禁じられててね。だからこそ過去の桜井が残した結界がいつか必要になると今の今まで受け継いできた」

「さ、桜井殿。まさか……神耶殿が言っていた保険というのは……!」

「ああ、いざという時は間に合わせではあるが一時的な結界を張る事ができる。今日はそのために来たんだよ」


 尚斗は時任から過去に黄泉比良坂の結界を桜井が完成させたと聞かされすぐに静江に確認、どこかに古文書等が残ってないか調べてもらおうとしたが拍子抜けした。

 将来結界が何らかの原因で綻びが生じた際、再度張り直せるよう口伝でのみ当主に言い伝えられていたため静江の「知ってるよ」の一言で終わったのだった。

 

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