第150話

「……千歳君が消えたと言いましたか?」

「はい……先ほど食料補充のため結界に赴いたところ、何処にも姿が見られなかったのです」

「外に出たという線はもちろん調べたんですよね?」

「ええ、そもそも洞窟の入口の鍵は施錠されたままでした。千歳は入口の鍵を持っていません。内鍵から開けることはできますが、もし出ていったとしても外から施錠することは叶いません。それよりももう少しすれば役目から解放されるというのに外に出たりはしないでしょう」

「ということは……結界の向こう側、ですか?」

「それしか考えられないのです。昨日の夜には一度顔を見せ千歳の姿を確認しています、なのでこの半日の間になにかがあったとしか……」

「……折り返しお電話します。丁度衛君も一緒ですので彼にはこちらから伝えます」

「よかった、衛君とも連絡がとれなかったので心配していたのです」


 電話を切ったところで、会話の始め頃には寄ってきていた衛が焦ったように口を開いた。

 そわそわしながらも通話を遮らなかっただけまだ彼の理性は残っているようだ。


「神耶さん!千歳は!?」

「……姿が見えないらしい。恐らく黄泉の国だ……」


 会話の流れからそうではないかとの予想はしていたが、いざ尚斗から確定事項として知らされた衝撃は大きかったのか、支えを失ったかのようにストンと座り込んでしまった。


「そ、そんな……」

「『黄泉に魅入られたか……』」

「やつはちゃん……そんな事ありえるの?」

「『巫女の力が弱かったか、はたまた黄泉との相性がよすぎたか……』」

「瘴気を取り込んだことで黄泉とのパスが繋がってしまったかもしれない、と言うことですね。しっかり修行を終え力をつけた巫女ならば抵抗できたが彼女はまだ未熟だ、意識を乗っ取られた可能性もありますね」


「か、神耶さん!無理は承知で頼みたい!力を貸して欲しい!千歳を……千歳を助けに行きたい!!」


 尚斗の足に縋った衛が今にも泣きだしそうな顔で懇願してきた。

 そんな衛を一瞥すると、尚斗は切ったばかりのスマホから連絡先一覧を開き電話を始めてしまった。


「羽佐間さん、私です。装置の進捗はどうですか?」

「室長?……なにやら問題があったのですか?準備ならオッケーですよ。もう少し時間をもらいたかったところですが、強行できる程度には既に仕上がってます」

「ありがとうございます。先方で少し問題が発生しました、今すぐに計画を実行できるよう準備をしておいてください。時任さんにも手配を依頼しておきます」

「なかなか急な話ですな、了解です。ではこちらは準備を進めておきますのでまた後程」


 通話を切った尚斗は一同を見回した。


「ほら、みなさん準備してください。手配が終わりましたらすぐに出ますよ」

「あ、ありがとうございます!」


 弾かれたように部屋から出ていく衛と入れ替わるように美詞が尚斗の前に立った。


「神耶さんの荷物も準備しておきますね。事務所でお待ちしてます」

「ああ、よろしくたのむよ」


 そんな夫婦のようなやりとりを終えた美詞も巫女服の袖を翻し階下へと降りて行った。

 残った尚斗はその後も各関係者に連絡を入れ、前倒しになってしまった黄泉比良坂封印ミッションの手配を素早く終えていった。



 一刻を争う今車でのんびり千葉まで向かっている暇はない、時任が近くの駐屯地から手配してくれた輸送ヘリに乗るため指定してきたピックアップポイントまで車を走らせていた。

 

「衛君、向こうについたら結界を超え黄泉の国への侵入を試みる事になるだろう。同時並行で結界を封印消滅するための準備も行う予定だ、ついてこれるかい?」

「俺と千歳のパスを辿るんですね?一緒に連れて行ってください」

「はっきり言って君にとってはかなり厳しい戦いになるかもしれない。それでもかい?」

「悩むまでもありません。俺は千歳の護衆です、ここで千歳を守ることが出来なければ俺はこの先一生後悔することになる」

「わかった。若人を見守るのも先達の務め、ナビの方はよろしく頼むよ?」

「はい!」


 ほどなくしてピックアップポイントである自然公園に到着すると自衛隊員が待ち構えており、誘導に従い広場に向かうと既に輸送ヘリが唸りを上げアイドリング状態でローターを回し待機しているところだった。

 車を降りると輸送ヘリであるチヌークから軍服を纏った偉丈夫が降りてくる。

 まさかこの人がやってくるとは思ってなかった尚斗が驚きを露にしローター音に負けぬ声量で問いかけた。


「時任さん!どうしてこちらへ!?」

「このミッションは日本の存続を掛けた分水嶺となる重要なものだ!私が直接見届けなければならない!!」

「現地は戦場となる恐れがあります!もしもを考えるととても許容できません!」

「大丈夫だ!護衛として隊員も一分隊同行させる!こちらは気にせず任務にあたってほしい!」

「……わかりました、現地では指示に従ってください!時間が惜しいので参りましょう!」

「ああ、了解した。荷物を積み込む、車から必要な物を降ろしてくれ!車はここに残った隊員が移動させておく!」


 早々に離陸準備を終えたヘリがエンジンの回転数を上げ千葉へと進路を向け飛び立った。


 時を同じくして防衛省の地下でも慌ただしく怒号が飛び交っていた。


「羽佐間さん!最終チェック完了です!両機共リンク正常です」

「よーしスタンバイモードのまま移送準備に入ってくれ!念の為予備のプロトタイプも持っていく。セッティングは現地で行おう」

「副室長!時任本部長から伝言です、輸送ヘリの到着は15分後のヒトマルヨンゴ!」

「了解した。聞いてたな、時間がないぞ!菊池君と渡良瀬君は私と現地まで同行!近藤君はここからの遠隔サポートを頼む、人員は自由に使ってくれて構わない。この任務の成功が日本の未来に繋がっていると言っても過言ではない!必ず成功させるぞ!」


 時間は少々遡り、別の場所でも黄泉比良坂封印ミッションに参戦すべく準備を整えているところであった。


「御婆様、時任本部長からの言付けです。駐屯地を発ったヘリがあと10分で到着するとのこと」

「もう準備は終えているのだろう?さぁ行くよ。久々の大物だ、胸が高鳴るねぇ」

「私達はバックアップ要員ですよ?わかってます?」

「ああもちろんだとも、だが何が起こるかわからないだろ?現にスケジュールは前倒しだ」


 妖怪じみた笑い声をあげる老人と溜息をつく巫女の姿が戦地に赴くべく立ち上がった。



 千葉まで最短距離で巡行するヘリの中で、尚斗と基晴は向かい合うようにしてヘッドセット越しに協議を重ねていた。

 隣では緊張した面持ちの衛がずっと顔を俯かせながら、実戦に向け精神統一を図っているようである。

 美詞は既に実戦を数多く潜り抜けているためか、それとも尚斗がそばにいるからかいつも通りの余裕のある様子で尚斗にピタリと寄り沿っている。


「では何かね?結界の向こう側へ連れ去られたであろう当代鎮守巫女を救出しに乗り込むと?」

「ええ、佐治家の彼は千歳君とパスが繋がっているため追跡が可能と判断しました」

「こう言っては残酷かもしれんが、生きているかもわからぬのであろう?しかも黄泉に囚われた彼女がまた現世に帰ってこれるかどうかも……」

「そこはどうしても行き当たりばったりになってしまいますが、神が見放していない事を祈ることにします」

「ということは封印任務はその後ということか、大丈夫なのかね?」

「既に手配は完了しています。装置自体も完成はしましたので使用には耐えられます。私的見解で申しますと大物クラスの邪魔でも入らない限りは問題なく成功するかと」

「君はその邪魔が入るような危険を冒しにいくのではないか。無暗に黄泉国を刺激するのは憚れるが少女の命を見捨てるのも忍びない……」


 チラリと衛の方を見やる基晴。

 衛が緊張しているのは戦を前に控えてというだけではない、千歳はまだ生きているのだろうか、生きていたとしても黄泉の亡者となっていてはどうしよう、神話にあるように朽ち果てた姿で居た時自分は正気を保っていられるだろうか、様々な考えが思い浮かび続け頭の中がごちゃまぜになっていた。


「わかった……君に任せよう。今まで君に任せて間違ったことはなかった。だがくれぐれも気を付けて欲しい。日本はまだ君を失う訳にはいかんのだぞ?」

「ええ、私も道半ばで倒れるつもりなどありません。こんな前哨戦如き捻じ伏せれずして魔界門の攻略など夢のまた夢、必ずやり遂げますよ」


 鷹揚に頷く基晴、かつては落ちぶれかけの退魔師とスカウトマンだった関係も今では年は離れていようが志を共にする立派な同志であり、どちらか片方でも失う訳にはいかない共同体。

 彼らが大いなる目標のための第一歩を歩みだすためのミッションが今動きだす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る