第149話

 八津波と秀樹の話にまとまりがついたのを感じた尚斗が、手に持ったアタッシュケースを開きなにやら準備にとりかかった。

 その様子を見ていた虎徹が、好奇心を刺激されたのか尚斗の傍まで寄り顔を覗かせる。


「神耶殿、それは一体?」


 開かれたアタッシュケースの中には機械と思わしきものがびっしりと、大いに男心をくすぐるような秘密道具めかしたその機械の使い道は分からずとも、この結界に何かしら関係があるのは想像できる。


「これは観測機器です。現在準備中の装置は聖秘術対応のものから神力対応へと換装中なのですが、相手とる対象のデータがありますとより成功率を上げることができますからね。黄泉比良坂に漂う瘴気を丸裸にしてやろうかと」

「ほ、ほぉ……神耶殿は科学にも造詣が深いのだな……」

「いいえ、私は科学者ではありません。技術研の室長等という肩書はありますが、押し付けられただけの飾りですよ。うちの部署は皆優秀なのでこんな門外漢でも体裁を保てるようにがんばってくれてます。どうです?それっぽく操作しているだけでスパイ映画の主人公気取りですよ?」


 装置の起動とデータ収集のための操作を始めた尚斗、コードを入力していき打ち込みが完了するとディスプレイに「STANDBY」の文字が点滅し出す、一旦その状態で操作を止め秀樹へと確認を行った。


「秀樹殿、この結界は人間が素通りできますか?」

「ええ、問題ありません。遮る対象はある一定以上の黄泉の瘴気を放つ者となっているようですので。中に入るのでしたらお気をつけください、ここに漂う瘴気とは比べ物になりません。瘴気の濃度に耐えられずその場で倒れる者もいたほどです」

「なるほど。すべて弾いてしまうと巫女も対象になりかねないからか……ありがとうございます、この装置を向こう側に置きたいだけなので大丈夫ですよ」


 開いた状態のアタッシュケースを両手に持ち結界に近寄っていく尚斗、腕だけを結界の向こう側に潜らせそっと地面に置いた。

 観測器と尚斗の腕だけが今結界の向こう側にある形だ。

 小さな入力デバイスのエンターキーをパチッと押すと、「STANDBY」の文字の点滅が終わり忙しなく画面に大量のコードが流れ出した、と同時に画面中央に進捗度を表すプログレスバーと数字が表示され動き出す。

 それを確認した尚斗が腕を引っ込めると、自らの両手をグーパーしながらなにか思案顔になっている。

 何かあったのかと心配した美詞が尚斗の傍に寄って来た。


「神耶さん、大丈夫でしたか?異常があるなら……」

「いえ、大丈夫ですよ。少しピリッとした痺れがある程度ですかね。少し『あっち側』に行ってみます」

「わざわざ自分から飛び込みにいかなくても……」

「これも後学のためです、このような経験めったにできませんから」


 躊躇いなく一歩前に踏み出した尚斗が体ごと結界を潜り抜けた。

 途端に空気が変わる……濃密な瘴気というものが重圧としてのしかかってくるようだ。

 先ほど尚斗が体に感じたピリッとした感覚に加え心なしか息苦しさも伴う、山伏達と修験で高山に登った時に感じた空気の薄さとはまた少し違った息苦しさ……言うなれば体がここの空気を拒絶しているとでもいうのか、確かな事はあまり長居するのは体の毒になりそうな事。

 体に霊力を流し身体強化術を施してみたり、神力を纏わせてみたりと色々試してみると次のようなことがわかった。

 霊力による身体強化術 ― 体は問題なさそうであるが、少し息苦しいのは変わりなし。体が動かしやすくなっただけのようだ。

 神力を全身に纏わす ― 効果有、瘴気からの影響を防いでくれる言わば防護服のような役目になってくれているが、常に纏わすのはキツイかもしれない……まぁ一日程度なら出来ない事もない。


 そして


 神気を練り体の中で生命エネルギーを循環させた ― ボツ。色々な意味でダメ。効果自体は絶大、まったく瘴気を寄せ付けもしない。どころか体から生命エネルギーが溢れ体の調子がよくなっているようだ……が、如何せん燃費が悪すぎる、消耗が激しい。こんなの一時間ももたないであろう。常時展開するよりも体内に入った瘴気を消し飛ばす意味で、一定時間ごとに都度都度使ったほうが効果的かもしれない。


 一通り黄泉の国での動きを確認した尚斗がまた結界の外側に戻って来た、入った時と同様結界はなんの抵抗も見せずスルリと素通りできる。


「どうでしたか神耶殿、生を否定される空気は」


 声をかけてきた秀樹もこの先の世界を体験しているのだろう、確かにあの空気は「生を否定」されていると言われても過言ではない。

 生者にとっては毒そのもの、力のない者があの空気に晒されれば一刻ももたない内に発狂からの死亡エンドを迎える。


「秀樹殿も体験済みでしたか。確かに黄泉の国と言われるだけありますね、魔界とはまた違った重苦しさがあります。しかし似通った部分もあるだけに希望が持てますよ」


 ちらりと横目で見た観測装置の進捗度は100%を示しており、一次解析成功を示すグリーンランプも点っている。

 すなわち“どうにかできる”と機械が判断しているということ。

 

「さっそくコイツを技術研に持っていき解析に掛けさせていただきます」




 数日後


 黄泉国の瘴気の解析はうまくいき、そのデータに基づいたパターンを装置に組み込んでいるところだ。

 既にプロトタイプは完成しており動作チェック等の最終点検作業に入っている。

 手持ち無沙汰な尚斗と言えば今日も事務所の道場で鍛錬中。

 同じく手持ち無沙汰な衛を呼び、刃を交えていた。


 ― カンッ! ―


 木刀と木刀がぶつかり合う音が先ほどから何度も道場に響いていた。

 尚斗が振るう右手側の攻撃が衛の構えた防御に阻まれる、と同時に左手側に持った小振りな木刀をコンパクトに振り隙を突こうとするが、素早く身を捻った衛により躱されてしまったうえに外側から打ち払われてしまった。

 体勢が崩れてしまった尚斗に好機を察した衛が、がら空きの胴に刃を滑らそうと潜り込んでくるが、尚斗だってそう易々と攻撃を通すつもりもない、素早く引き戻した両手の木刀が胴との間に滑り込むのが間に合い衛の攻撃を受け流す。

 先ほどから一進一退の攻防を続ける二人を八津波と並んで見守る美詞の姿。

 彼女も今しがたまで術の鍛練に励んでいたが、ひと段落ついたのかタオルで汗を拭いながら水分補給を行っていた。

 何合打ち合ったか数えきれないほど刃を交えた二人が、八津波の「それまで!」という掛け声に肩で息をしながら構えを解く。


「ふぅ……強いですねぇ……佐治家の剣術はかなり対人を意識した型になっているのですね」

「ええ、護衛のための剣ですから。もちろん怪異に対しても意識はしていますよ?一応『退魔師』家系でもありますから」

「助かりましたよ、私一人ではできる鍛錬が限られてしまいますからね。衛君みたいな対戦相手がいるととても参考になります」

「えぇー……神耶家もたしか剣術を扱ってましたよね……」


 途端に尚斗の視線が遠いものになる。


「私はね……神耶の剣術が合わないようなんだよ……」


 剣術を鍛え直すと思い直してからというもの、八津波指導の下、鍛錬を繰り返していた尚斗。

 八津波曰くは神耶家の剣術が合っていないという、それは尚斗の間合い……いわゆる武器を手足の如く使える長さというのが人に比べ短いからだそう。

 もちろん人並どころか剣術家を名乗れるほどの力量はあるのだろう、しかし神耶家の剣術はそれ以上の力量を要求される高スペック型。

 尚斗は今一つその動きと呼吸が合ってないように思われたのだ。 

 神耶家の剣術は所謂長い太刀をベースとした剣術、しかも大太刀までカバーするための技術。

 極端なインファイターである尚斗からしてみれば、太刀の間合いはどうしても感覚的にズレが生じ噛み合わないようだ。

 隆輝や本人ですら気づけなかった尚斗の癖は八津波が一瞬で見抜いてしまった。


「そうなんですか?けっこう打ち合えているように思えるのですが」


 衛からしてみれば「合わない」と言うほどには見えない、十分打ち合えているのにと感じてしまう。


「八津波にだいぶ扱かれてね、これでもマシになったほうなんだよ。しかも神耶流とはまったく違う型になってしまった」

 

 ナイフ等極端に短い獲物を得意とする尚斗からしてみればせいぜい小脇差レベルまでが許容範囲、しかし打刀も使えるようになれと八津波に矯正のため扱かれまくったのだ。

 そしてここでも苦労したのが打刀と太刀の違いによるズレ。

 現在使っている白露は辛うじて打刀と呼べる二尺(約60㎝)を少し超えるもの、それよりも20cmも長く反りも深い太刀での戦闘を想定された剣術ではなにもかもが違った。 

 が、神耶家の剣術よりもよほど肌に合っていることが実感でき、最近では楽しみさえ感じてしまっている。


「『これ尚斗、まだ動きが大雑把すぎるぞ。言うたであろう?歩幅と足の位置に注意しろと。足と腰の入れ具合により刃の立ち方がだいぶ変わるはずじゃ。それと木刀とは言えまだ柄を握る手に力が入りすぎておる。叩きつける西洋短剣であればそれでもよかろうが日本刀は繊細だと何度言えばわかる。手首をもっとしなやかにせい』」


 この八津波のお説教がなければ。


 ~~~♪~♪


 道場に流れる電子音。

 普段はマナーモードにしているが鍛錬中はなかなか気づけないため、あえて着信音を大きくしている尚斗の携帯電話によるものだった。


「おっと、電話だ。すみません八津波、ご指導のほどはまた後程」

「『ちっ、うまいこと逃げおったな』」


 そそくさと退散し美詞が渡してくれたスマホを手に取ると、神妙な顔つきになりながら通話に出た。


「はい、神耶ですが……どうかされましたか?」


 緊張をはらんだ尚斗の声色に自然とまわりは静かになり注目し出した。


「……千歳君が……消えた?」


 それは思いもよらない凶報であった。

  

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