第185話
ヘルズゲートの開錠条件。
父隆輝を救出するための鍵、それを得るためにどれだけの悪魔を滅してきたことだろうか。
どれだけの悪魔を尋問してきたことだろうか。
今でこそ「強いられる懺悔(ディスコミュニケーター)」という便利なハッキング術を作り出し情報を引き出す事は楽になったが、この最近までは古来からのエクソシストの流儀に沿った尋問を行ってきたのだ。
名前を聞き出す事ができればある程度支配できるとはいえ悪魔側も抵抗はする、その度に拷問紛いの責め苦を与えてきたのだから尚斗も業が深い。
「すべては神の名のもとに許される」と中世の黒歴史を彷彿とさせる謳い文句が残っているにしろ、さすがに前時代的で人間性が皆無な行いであることは尚斗も承知している、いや尚斗だけではない。
ゲートの真相が明らかになってからはそうも言ってられないと思い知った人々達。
大量の人間を餌にし人間界を侵略するための扉を作る、言葉にして並べただけでなんと悍ましい所業であろうか。
人類の存続に余裕はないのだ、悪魔の恐ろしい企みに対抗するためならば悪魔を拷問するぐらいの罪は背負う、そう心に決めエクソシスト達は今日も世界中で悪魔と戦っている。
「さぁ吐け!教えるのだダファーロカ!」
尚斗が悪魔に命令を下すが一向に口を割ることがない。
顔を歪め必死に支配から抵抗しているようにも見えるが、そこまでゲートの開錠方法を知られる事はまずいとでも?
しかし抵抗するということは、逆に言えば何らかの情報を握っているとも言える証左。
抵抗を見せれば見せるほど尚斗の尋問にも力が入るというもの。
「どうしたダファーロカ!知っているのだろう!」
「ぐっ……ぬぎぎっ……しゃ……べる……わけが……ないだ、ろう」
尚斗もここまで抵抗を見せる悪魔に驚きを隠せずに瞠目していた。
このダファーロカ、抵抗力が弱いのだ。
精神プロテクトの強い個体がここまで粘るならわかる、しかし脆弱なこの悪魔がなぜここまで粘れるかがわからない。
まるで「命に代えても守ってみせる」と思えるような壮絶な表情は、こちらが悪者になった気にさえさせてくる。
だからと言って攻める手を緩めてやるほどお人好しではないが。
「やはり既存のやり方では限界がありますか……腐っても爵位持ち、その根性だけは認めましょう。しかし……」
尚斗が前に掲げた右手、十字架を握るその手を押し込むような仕草を見せる。
その行動に連動するかのように悪魔の額に刺さっていた杭がより一層深くずぶりと突き進んだ。
「いっ……ぐっがあぁぁぁっ!」
痛みに一層全身を強張らせながら口と目を大きく開き、喉が張り裂けそうな叫びを上げるダファーロカ。
「あなたの記憶に直接問いかける事にします。これから全身をかき混ぜられたような痛みが襲うでしょう、まぁ霊核を無理やりこじ開けますので仕方のない事です。実験に付き合ってもらった悪魔達の感想では死んだ方がマシだとのことですよ、くれぐれも― 」
尚斗の顔が歪む、愉悦に浸るサディストのように。
聖職者とは程遠い悪人のように。
「― 死なないでくださいね」
尚斗の言葉を皮切りに杭を通し聖秘力がたっぷりと悪魔に送り込まれる。
それは輸血される血液がどくんどくんと脈打つかの如く次々と流れ込んでくる劇薬に、悪魔の身が大きくビクンビクンと跳ね叫び声すら出せずに痙攣している。
「さぁ教えなさい、ゲートを開錠する条件を」
その言葉に悪魔は答えない、いや答えられない。
目は焦点が合っておらず、恐らく尚斗の声さえ耳に届いていないのだろう。
ただ体を震わせ霊核を無理やりこじ開けられハッキングされる激痛の波に流されるまま。
悪魔の言葉に代わる返答は聖書が行う。
ペンもないのに聖書に文字が浮かび上がってくるではないか。
つらつらと並べられていく文字は単語を形成し、文章となり、意味のある言葉として浮かび上がってくる。
その様子に尚斗は興奮を抑えられずにいた。
今まで何人もの悪魔を尋問し知りえる事のできなかった秘密のベールが剥がされようとしているのだ。
幸運に恵まれた、日本で爵位級の悪魔に出会えた、秘密を知る悪魔と出会えた、そしてその悪魔は抵抗力の弱い個体ときたものだ。
ここまで条件が揃ってこそ訪れたチャンスを不意にする訳にはいかない。
しかしそんな尚斗の期待は悪魔の抵抗により焦らされることに。
綴られる文字のスピードが極端に遅くなった。
すべての力を精神プロテクトに回して抵抗しているのだろうか、見ると悪魔は必死に痛みに耐え……全身の穴という穴すべてから血を噴き出しながらもゲートの情報を死守すべく耐えていた。
「……見上げた根性だ。忠誠心等持ち合わせていない悪魔が一体何を守るためにそこまで耐えるのか……」
尚斗はより一層強い力をもって悪魔の霊核を攻め立てる。
また書き綴られる文字のスピードは速くなったが、それに合わせて悪魔も限界を超え抵抗し、またスピードが遅くなる。
「さぁ、諦めて吐きなさい……吐くんだ……吐けっ!!はけぇぇぇええっ!!!」
力と力の綱引き、もちろん有利なのは攻めに回っている尚斗の方であるがそれに耐える悪魔は命を削りながらも懸命に抗って見せる。
「ぐ……ぐ、ぬぐぐ……ふぐっ……ぐ、ぁぁぁぁあああああああああっ!」
しかしついに限界が訪れた。
一際大きな絶叫を上げたダファーロカが全身の血管から血を噴き出し……
― パキンッ ―
そして何かがプツリと切れたかと思うと、今までの抵抗が嘘であったかのように力が抜けだらりと項垂れ静かになってしまう。
「……」
聖書の光が収まる……綴られた文字の勢いがピタリと止まってしまった。
杭から送られてくる情報の反応はない。
いきなり訪れた静寂に時間の概念が消失する。
思わず尚斗は舌打ちをしてしまう。
「どうしたんですか?神耶さん」
後ろで見守っていた一同の中から声をかけられる余裕があるのは弟子だけ。
他の面子は悪魔を攻め立てる壮絶な尚斗の様子に圧倒され言葉を失ったまま。
「……失敗しました。悪魔の霊核が術に耐えられず割れてしまったようです……」
その言葉が真であるかのように鎖で拘束された悪魔が末端より塵に変わっていく。
サラサラと空中に溶けていく黒い塵は、尚斗がその手に掴んだチャンスが掌から零れ落ちていく様を表しているようでもあった。
「……はぁ……術の改良が必要ですね……悪魔が耐えられるギリギリのラインでセーフティをかけておかないと……爵位持ちならもうちょっと耐えてくれてもよかったものを………くそっ……弱すぎんだろてめぇ……くそっ!!くそっ!!くそがああああああっ!」
膝をつき慟哭するように叫びをあげながら地面に拳を何度も叩きつける尚斗。
この術が正式運用できると確信し完成形を悪魔祓いに用いたのはまだ数度、宝条学園の体育館で初めての実戦投入だったためまだ改善点やエラー等いくらでもあることだろう。
試行錯誤を繰り返し質を上げ錬磨していく事が必要不可欠なことは尚斗にだってわかっている。
しかし……、それでも……、もう少し、もう少しで届いた希望にあと一歩及ばなかった悔しさだけは我慢することができない。
観客となっていた一同を守っていた結界が解かれる……いや、美詞が解いた。
静かに歩み寄る彼女が尚斗の隣で立ち止まるとしゃがみ込み、地面を打ち付ける拳に両手を添え包み込む。
「尚斗お兄ちゃん……血が出ちゃってるよ……」
床は血で濡れていた、拳が割れるほどの勢いで何度も叩きつけるほど感情の発露先に困っていたようだ。
尚斗の血濡れた拳を包み込む美詞の両手が淡く光ると、傷の治りと共にこの少女の尚斗を労わる想いが温かく染み渡るようでもあった。
「……すまないね」
体から力を抜くように尻から床に座り込むと、後方に倒れそうになる上半身を優しく拘束された右手とは反対の手で支え大きく息を吐きながら天を仰ぐ。
「……まさかこんなチャンスが巡ってくるとは思ってなかったんだ……」
「……うん」
ぼそりと漏れた言葉は静かな教会の中に響いて溶けていく。
「……もう少しだった……」
「……うん」
言葉多くを語らない。
「……はぁ……だめだった……」
「……まだ時間はあるよ……尚斗お兄ちゃんならきっと大丈夫」
尚斗が横を振り向く。
端正な顔つきをした少女の、尚斗を見つめる視線とぶつかる。
自分を映すその瞳には尚斗を信じて疑わない意思が宿っていた。
「……そう……かな」
「……ええ、そうです」
温かさに触れた右手で彼女の頭を優しく撫でる。
目を細め受け入れるがまま笑みを浮かべる彼女に尚斗もやっと笑みが戻った。
「……ありがとう、いい子に育ってくれて嬉しいよ」
「えへへ、もっと褒めて下さい」
役目を終えた教会が糸を解くように消えていく。
光の粒子が天に昇りながら蜃気楼のように消えていく幻想的な世界が二人を包み込んだ。
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