第179話

 怪異の元凶と思われる存在を退治しにきたヒーロー……にしては見た目が大いに厳つい退魔師達。

 当初は40人以上いた討伐隊も今ではたったの二人、いくら実力のある者達が残ったとはいえあまりにも頼りない数に思えた。

 実際敵である伊織の攻撃は苛烈を極め、有効打を与えるどころか回避と防御をするのにも気を使う始末。

 しかもこちらの攻撃はいくら手数を増やそうが全く通らず攻めあぐねている状態と言えた。


「くそっ!相手はガキ一人だぞ!なんでこうも……!」

「……しゃべる暇があるならさっさと攻撃をしろ」


 悪態をつく経定とそれを咎める嗣季、口数少ない彼も絶対的な信頼を置いていた自分の攻撃がまったく通用しないことに苛ついているのか、普段は気にならないような事にも口を出してしまうほどだ。


「お兄さん達粘るねぇ。僕もさ、そろそろ飽きてきたんだよね。そろそろ降参してほしいな」

「はんっ!ナニ寝ぼけた事ほざいてんだ!おまえを一発殴らないと気がすまないな!」


 息は上がっているが、それでも伊織が繰り出す攻撃を果敢にメイスで迎撃する姿には諦念という言葉はないように思える。

 まるでターン制のバトルゲームを見ているかのように、伊織の攻撃に続いて繰り出された経定の聖言による光の矢は相変わらず伊織の目の前ですべて消失してしまう。

 何度も繰り返したやり取り、ワンパターンといえばそうだが決して経定が弱いわけではない。

 彼が放つ光の矢は人間相手には効果がない術、しかし経定はもう目の前の少年をただの人間とは思っていない、こんな奇怪な術を際限なく行使する者を人間として見れなかった。

 故に悪魔だけではなく怪異にも効果のある使い勝手のいい万能性のある光の矢による攻撃を用いていたが……日本の妖や悪霊に対処するため真っ先に覚えたこの技も、訳の分からない目の前の存在にはまったく通用しないことで彼の自信が揺らぐ。

 経定はまだマシなほうだろう、挫折を経験し地を這い努力を重ねここまできたのだから。

 しかし嗣季の方は更に悲惨であった。

 今の今まで挫折を全く知らず自分よりも高い壁にぶち当たったことのない彼には、目の前のすべてが信じがたい光景であった。

 多様な技を繰り出すがすべて無効化され自分は疲弊していくばかり、不幸中の幸いと言えるのは相手の攻撃もまた自分には届いていないことだけであろう。

 しかし目の前の少年はまだ疲れを全く見せていない、「霊力おばけ」である嗣季でも底が見えない伊織の力は不気味に映っていた。


「……あんな無茶苦茶な術を行使し続けるだけの源泉は一体なんだ?……」


 珍しく弱音を吐く嗣季の声に応える者はいない、経定も感じていた事だ……今更なことにわざわざ構ってやれるほどの余裕などないのだ。


「じゃぁ僕はもう飽きたから後はこの子達にお願いしようかな。……闇の眷属達よ生きとし生ける者達に絶望よりも深き恐怖を」


 トンっと杖を地面に叩くと一瞬で大きく広がった魔法陣からいくつもの物体が這い出して来る。


「なんだ……ありゃ……」


 地面に広がる黒い沼からのそりと這い出てきたその姿は骨、骨、骨の一団。

 ただの骨ではない、体は人間に近い構造をしているがどこか細部が異なる、そしてなによりも顕著な違いがあるとすればそれは頭部。

 蛇か鰐か蜥蜴かは分からないが爬虫類と思われるような頭蓋骨をしていたのだ。

 ファンタジー好きな者が見たらこう漏らしたかもしれない。


 “リザードマン”のようだと。


 一概に物語にあるような二足歩行の蜥蜴人間と言えないのは、尻尾がなく骨格がより人間に近いからだ。

 そんな空想上の生き物としか思えない骨格標本達が手にこん棒のようなものを携えていた。

 よく見るとこちらも骨格と同じ色をしていることから恐らく材質は骨でできているのだろうが「そんな太さの骨なんて何処の巨大生物の物だ」と言いたくなるような現実感のないシロモノ。


「物量で押し切るか、なるほど……理に適ってやがるぜ」

「……感心している場合ではなかろう、揃うのを待ってやる道理もない。急急如律令【倶利伽羅炎】」


 相手の準備が整うのを律儀に見守ってやるのはアニメの中だけで十分とばかりに新たな術を紡いだ嗣季。

 炎の帯が伸び横一線に薙ぎ払われる姿はまるで炎を纏った大剣のようでもあった。

 がしゃがしゃと数体の骸骨を纏めてガラクタに変えてしまう一撃に今度は経定も続く。


「主よ、我が前に立ち塞がりし悪霊に光による戒めを!」


 数体の骸骨の足元から生まれた光の紐が四肢を拘束し動けないよう縫い留める。

 そこへ飛び込んだ経定が聖なる力を帯びたメイスで無防備を晒している胴体へと攻撃を加えていく。

 疲労を感じさせない動きにより瞬く間に数を減らした敵勢力であったがすぐに絶望へと変わった。


「なっ!再生……だと!?」


 バラバラに砕けた骨達が寄り集まり、巻き戻すかのようにまた元の姿に戻っていく。

 そして地面からは未だ新しい骨達が湧きだしておりその数を増やしていく。

 一言で最悪だった。


「無駄だよー、僕の【竜牙兵】はその程度じゃ倒せないよ?だから諦めちゃいなって」


「はぁ?こいつらが神話のスパルトイだって言うのか?空想上のもんだろうがよ……まぁ形をそれっぽく仕上げてきただけでも出鱈目だわな……」

「……呑気な感想を垂れ流してる余裕などないぞ。とにかく潰すしかないだろう」


 そこからは消耗を強いられる展開となっていった。

 通常の攻撃術では効果なしと判断し浄化術に切り替えたまではよかった。

 しかし霊力豊富で殲滅力のある嗣季の陰陽術による浄化は効果が薄く、逆に経定の聖秘力による浄化は効果があり塵にまで還すことができたが殲滅スピードがいまいちで、増える速度を上回る事ができないという噛み合わない状況に陥っていた。

 そして今まで休憩なく動き続けていた経定の体力と集中力に限界が見え始めてきたころ、遂に均衡を保っていた天秤の片方に錘が乗せられてしまった。


「っ!しまっ……!!」


 四方を骸骨に取り囲まれながらも攻撃を捌いていた経定に、こん棒による一撃が脇腹に直撃する。

 痛みにより動きが鈍くなったところを次々に骸骨が襲い掛かってくる。

 そう簡単にやられてなるものかと必死に抵抗をしていたが一撃、また一撃と捌ききれない攻撃が増えていく。


「ぐあああぁぁっ!くぅぅ……くそがっ……」


 そして遂に致命的な一撃が経定を襲う……足の脛の部分に重い一撃を受けバキリと骨が砕けてしまったのだ。

 折れた骨が皮膚を突き破り飛び出るほどの負傷は経定の機動力を奪うには十分すぎるものであった。 

 経定の叫びに反応した嗣季が援護に入ろうとするがこちらはこちらで骨に囲まれ動けない状態、無理をして骨達を砕き道を開けさせるが再生が早く嗣季の足にバラバラになった腕が纏わりつく。

 ガクリと足を取られ、大きな隙を晒してしまった嗣季にも骨が殺到し拘束されてしまった。


「やぁーっと詰んだね。ほんとよく粘ったよね、これ以上抵抗されても疲れるし手足を砕いとこうか」


 伊織のその言葉に応じるかのように二人を拘束していた骨達が四肢を固定し、そこに別の骨が狙いを定めこん棒を大きく振り上げる。


 ― それはちょっと困りますね ―


 バンッっと入口のドアを蹴破ってきた人物により部屋の中にいたすべての者が動きを止めた。

 と同時にその人物から幾条もの鎖が射出される。

 先端に分銅のような錘がついた無数の鎖が、光を帯びながらジャラジャラと音をたて次々に骨を砕いていく。

 こん棒を振りかぶっていた骨も、身動きのとれなかった二人を拘束していた骨も、周りに群がっていた骨も等しく形を失っていく。

 バラバラになり砕け散ったガラクタ達が地面を散らかしていくが、それらは再生することなく塵へと変わり消えていく。

 経定を拘束していた邪魔者がいなくなったことにより、鎖の一本が地面に倒れ込む経定の首に巻き付き男の下へと引きずっていった。


「ぐぇっ!」


 なぜ首に巻き付けた!と抗議を上げようにも首を圧迫されているため声にもならず、代弁するかのように嗣季が部屋に入って来た男に声をかけた。


「神耶!どうしてここに!」 


「ベタな反応をどうも。おかげでありきたりな登場となってしまいました。『どうして』と言われましてもまぁ……救援ですね」  


 尚斗の足元まで引きずられてきたことにより鎖の拘束が外された経定が、げほげほと咳き込みながらやっと抗議の声を上げることができた。


「ごほっ……大人しく見てろって言っただろうが!おまえの救援なんていらないんだよ!」


「この惨状でですか?」

「ぐっ……」

「……」


 強がってみたものの説得力は皆無、今しがたまで苦戦しあわや行動不能にまで追い込まれようとしていた人間に発言権等ないと言う圧の籠もった尚斗の言葉。

 経定と嗣季の二人も反論できるだけの言葉がない、万事休すを絵にかいたようなシチュエーションで助けられては強がりも虚しくなるだけであった。


「西園寺殿、少々下がっていてもらえますか?」


 尚斗が数歩前に出てくる、それはこれから自分が怪異の対処をするので引っ込んでいろと言っているに等しい言葉であった。


「……私はまだいけるぞ……」


 プライドがあるのだろう、陰陽師最強の異名を持ち西園寺家次期当主として「はいそうですか」と簡単に引き下がれないだけのプライドが。

 しかし……。


「当主達からも了解は得ています。見ていれば理由もわかりますから」


 「当主の決定」という印籠を掲げられしばらくの葛藤の末、嗣季の重たい足がやっと動き経定の下まで下がっていく。


「さて、ではバトンタッチといきましょう」


 眼鏡のブリッジを指でくいっと上げたレンズの奥の瞳は猛獣のように鋭かった。

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