第178話
「おぃ!神耶!てめぇどういうつもりだ!?まさかあそこに乗り込むつもりじゃねーだろうなぁ?」
惣二郎の下に歩み寄っていく尚斗の背後から経好の怒号が襲い掛かる。
尚斗は足を止め首だけ後ろに向けるとたった一言。
「ええ、そのつもりです」
しかしそんな答えに納得がいかないのは経好だけではなかった。
「神耶の倅よ、介入しないはずではなかったか?」
「そうだぜ尚斗ォ、そらぁ筋が通らねぇぞ?」
方位家の当主二人が殺気付きの物騒な「遺憾の意」を叩きつけてきた。
「確かに今回私は依頼人の護衛として雇われました。が、除霊の失敗が濃厚となった際には私が後始末をつける手筈となっております。このままでは彼らは失敗します」
「まてや、まだやられたと決まってねぇだろう。経定も西園寺の倅も奮闘してんだ、奴らならあんなガキに負けねぇだろうが」
「我が息子はまだまだ余裕があるぞ?アレがやられるとは到底思えないがな」
さすがに当事者以外の他家に割り込まれるとなれば方位家としてのプライドが許せないのかもしれない、当主二人は尚も食い下がって来た。
「なにも『負ける』とは言っておりません。『解決できない』と言ったんです。敵に監視されているかもしれないので詳しい事は言えませんが私が現地に行けば理由はすぐにわかりますよ」
「それで納得しろってぇーのか?」
兼平の殺気が更に濃厚となる。
「ええ、納得いただかなくとも行きますよ。結果は変わりませんので」
頑なな尚斗の言葉に場が凍り付き沈黙が支配する。
当主二人の殺気は濃厚なまま、にらみ合いが続きどうなることかと周囲がハラハラした面持ちで見守っていると意外にも先に折れたのは……。
「……チッ、わーったよ。だが……そこまで言うなら結果を見せろ。西園寺の、そっちもいいか?」
「……納得は行かんが……お主の言葉の真意も気になる。しかし私達を謀ったその時は落とし前をつける覚悟を持て、しっかり見届けさせてもらうぞ?」
「ええ、ご納得いただきありがとうございます」
二人に向け頭を下げる尚斗であったが、それが一応ポーズだけの礼であることぐらいはわかっている。
方位家に真向からぶつかり一歩も引かないような男がへりくだる訳がないのだから。
惣二郎と宗近の下にまた歩を進め出した尚斗の背を見て兼平がボソリと呟いた。
「のらりくらりしてたガキが多少はマシになったか……」
「私らへのあの慇懃無礼さ……おもしろい、言葉だけではない事を祈ろう」
それは次代の退魔師への期待か、それとも尚斗という変わり者への興味故か、少なくとも方位家二家の当主から目を付けられたのは言うまでもない。
厳密に言えば兼平からはだいぶ以前から目を付けられていたのだが……。
惣二郎たちの前まで来た尚斗が二人に向かいお伺いを立てる。
「纐纈さん、聞いてらしたかと思いますが行ってきます」
「神耶さん……やはり君が出ないとだめなのですか?」
「私はそう判断しました」
「……わかりました、よろしくお願いします」
「八津波、御三方の護衛お願いできるかな?」
「『我は行かずともよいのか?』」
「ええ、大した相手ではありません。ということで美詞君、行こうか」
まさか自分に声がかかると思っていなかった美詞の目に喜びが浮かび上がる。
方位家の精鋭が臨む除霊現場、そこにひよっこの見習いである自分が付き添いとは言え乗り込むことになるとは驚きも一入であることだろう。
「いいんですか!?なら行きます!」
しかしこれから突撃するであろう不安等は微塵も存在せず、まったく戸惑いを見せず即答する美詞の姿に驚いたのは帆乃香だ。
「ちょっと待ってよ!あんなとんでもない所に桜井さんが行くの!?どう見ても危ないじゃない!」
「帆乃香ちゃん、大丈夫だよ。こんな時に神耶さんが行こうって言うのは本当に大丈夫な時だから」
「退魔師って何よ……桜井さんみたいな学生でもこんな危険なことしないといけないの?外村君も変になっちゃってるし……もう訳が分からないよ……」
「怖がらせちゃったかな……大丈夫だよ、死ぬつもりなんてないから」
目じりに涙がじんわりと滲みだした帆乃香の頭を掻き抱き、よしよしと頭を撫で慰める美詞。
「纐纈さん、お伝えしておくことが一つ……除霊に際しまして少々ショッキングな光景を目にすることになるかと思います。しかしご子息は必ず無事に取り戻しますので信じていただけますか?」
「……詳しくは……言えないんでしたね?分かりました、覚悟をしておきます。なるべく私の心臓に負担のないよう優しくお手柔らかにね」
「はい、『人を殺める事はない』とだけお伝えしておきます」
「……はい、信じます」
言葉で「信じる」と言うのは簡単な事だ、しかし惣二郎が口から発した「信じる」は重みがあった。
なぜここまで自分を信じてくれるのだろうかと不思議に思った尚斗、もちろん自分が信じてほしいと頼んだのだから後はその信頼に応えるべく行動するまで。
「美詞君、準備は出来てますね?」
「はい、いつでもいけます」
「よろしい、では特別授業といきましょうか。いきなりで申し訳ありませんが降って湧いたチャンスなので無駄にはしたくありません」
「ふふ、よろしくお願いしますね尚斗センセ」
今から「死」を連想させるような修羅場へと赴くにも関わらず余裕を見せる会話に、帆乃香は理解の及ばない存在を目にしているかのようであった。
しかしそれは帆乃香だけではない、除霊のプロ達も感じた事だろう。
尚斗ならまだ百歩譲ってもわかる、しかしまだ見習いのラインを超えていない学生である美詞がそこまで余裕なのは無知故の恐れ知らずからだろうか、それとも本当に恐れを抱くまでもないほど実力に裏付けされた大物であるか。
「おい、てめぇ。本当に大丈夫なんだろーなぁ?うちの現役共が手を焼いた場所に見習いを連れていくなんざ正気じゃねーぞ?」
現場に歩を進め出した尚斗に向かいすれ違いざまに経好が声をかけてくる。
「美詞君、覚えておきなさい。これがツンデレというやつです」
「てめぇ!!」
「冗談ですよ、心配いただきありがとうございます。ですが大丈夫です、彼女は私の自慢の弟子ですから」
ヒラヒラと手を振りながらさっさと経好の横を通り過ぎてしまった。
美詞もペコリと経好に頭を下げながら「ありがとうございます」と一言告げ尚斗の後をカルガモのように追っかけて行く。
「あんのやろぉ、親父!あいつに任せていいのかよ!?」
感情をぶつける相手が去ってしまったことで兼平に抗議の声をぶつけることになった経好。
「ああん?しゃーねぇだろうが、依頼人の意向だろぉと断るとこだが今回は協会側の落ち度だ、送るしかねぇだろ……ってーのは建前だな」
「……建前?」
「ヨシ、気付かなかったのか?奴の目に」
「……」
経好の言葉が途切れる、兼平の言っている事が理解できなかった、なんだ「目」とは?なにか変わった事なんてあったか?と疑問を感じていると兼平が言葉を続けた。
「ありゃ獲物を見付けた獣の目だ。用意周到に獲物を追い詰め慈悲なく屠る捕食者の目だ。牙が抜け腑抜けちまったと思ってたが……しっかり研いで隠し持っていやがった。俺の勘がびんびん疼きやがる、アイツに任せとけとな。恐らくヘマはしねーだろう」
兼平の言葉に経好は絶句した。
だれよりも人を
確かに神耶家が方位家を降ろされた時に尚斗を引き込もうと躍起になっていたのは知っている、そして誘いに応じなかったどころか政府に流れていった尚斗に怒りを露にしていた事も。
尚斗のどこにそこまでの価値があるか理解ができていなかった経好であったが、今また執着を見せだした兼平の発言から気になってしまった。
あのいけ好かない性格をした同期が一体どんな光景を見せようとしているのか。
「よく見とけよ、あの目をする奴が見せる狩りは一方的だ。呑まれんじゃねぇぞ」
兼平の忠告にゴクリと喉を鳴らしてしまう経好であった。
時を同じくして社長室では膠着していた均衡が崩れていた。
敵はまだ子供と言えるような男が一人、しかし大の大人三人がかりにも関わらず一向に攻めあぐねている状態。
見たこともない黒魔術に似た攻撃は流石プロと言えるだけあってうまく捌いてみせているが、逆にこちら側が放つ術は一つも相手に届かないまさに千日手とも言える攻防を繰り返していた。
そしてその中でも実力的に劣ってしまう者から脱落してしまうのは世の摂理。
「なっ!くそっ……嗣季様、これまでのようです……後はお願いします……」
嗣季の側近が地面から生えた影に絡めとられ底なし沼に引きずりこまれるように沈んでいく。
遺言と思えるような言葉を発した時には既に胸の近くまで影に沈んでおり残された時間で頭に着けていたヘッドセットを外し嗣季へとパスする。
魔王に立ち向かう勇者パーティは残り二人となってしまった。
「どうする?そろそろ無駄だって事に気づいてきたんじゃないかな?あんなにいた人間ももうお兄さん達二人だけになっちゃったよ?」
煽るような飄々とした伊織の態度に経定はギリリと歯を鳴らしているが、嗣季の方は未だ表情が読めないまま。
しかし彼の額にはうっすらと汗が滲んでいる事から決して余裕というわけではないと言う事が窺い知れる。
「どうするよ西園寺さんよ、このまま攻めても埒が明かないぞ」
嗣季とは違いこちらは目に見えて疲弊が色濃く出ている、肩で息をしメイスを持つ手はだらんと下がったまま。
無理もない、嗣季と違い常に動き回り敵の攻撃を凌いでいたのだ、体力の消耗は避けられない事であった。
「……知れた事」
その返答は嗣季の繰り出す術によりなされた。
次々と印を結び繰り出す愚直なまでの攻撃一辺倒、一言で言えば力任せの正面突破。
嗣季に戦略というものはない、正直言って考えることは苦手であった。
今までの除霊も豊富な霊力と圧倒的な攻撃力で完封し、文字通り指先一つでダウンさせてきた嗣季にとってそれ以外の方法なんて知らないのだ。
戦闘センスがないわけではないが正面切っての戦闘に限られる、逆に言えば作戦を練るような小細工を弄した搦め手は苦手という事。
「……さてはあんた……脳筋だな?」
経定がそう言ってしまうのも無理のないことであった。
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