第176話

「開いた……みてぇだな……」

「……そのようだ。覚悟はいいか?」

「ハッ!そっちこそ到着したばっかだろう?休憩を挟んでもいいんだぞ?」


 早々に決勝進出を果たしたシードチームが連戦を重ねて上がってきたチームを労わるかのように。


「問題ない、時間の無駄だ……」


 しかし表情筋が石膏で固まったかのような無表情を貫くワンマンチームリーダーには疲れの色など見えはしない。


「ならいいが、もうちょい部下を労ってやってもいいと思うがねぇ」


 他者に言われるまで気が付きもしなかったのだろう、クルリと後方に控える部下達を射抜いた感情のない視線。


「い、いえ。私共も問題ありません!嗣季様の思うがままに!」


 感情の読めない視線は本人がそうとは思っていなくとも、受け止める側はまるでパワハラ上司に睨まれたブラック会社の社畜社員。

 疲れていたとしても忖度を優先してしまうのは組織に属する悲しい定め。


「うむ、大丈夫なようだ」

「……ちょいと不憫に思うな。まぁ本人達がいいならこれ以上言わないがよ。行くか」

「あぁ」


 些か緊張した面持ちでドアノブに手をかけた経定、ここが終着点だと信じたい一心。

 ガチャリと開いたドアの先には光があった。

 今まで電気も点かない、太陽の光も入ってこない暗闇の中を進んできたのだ。

 この部屋だけなぜか電気が通り今がまだ昼間だと言うことを思い出させてくれる明るさ。

 トンネルから抜けたかのように光に視界が焼かれ、目に入る光量を調整すべくつい目を細めてしまうが辛うじて部屋の中の光景は見て取れる。


 ― いたぞ!纐纈家のご子息だ! ―


 無線から入った情報に言われるまでもなくそれだというのは理解が出来た。

 重厚なデスクと皮張りのデスクチェアー、そこにロープで縛られた子供が座らされていたのだから。

 口には猿轡をかまされており喋ることはできそうもない、外部から人が入ってきた事によって身を捩りくぐもった声を漏らしている。

 広い部屋の中に見えるのは惣二郎の息子である勇利と思われる子供だけ、怪異の元凶と思われる存在がいないことに訝し気な表情を浮かべるもドアの前で呆然と突っ立っている訳にもいかない。

 慎重に警戒しながら経定と嗣季が先頭に立ち進入を試みる。


 バタンッ!


 後方から大きく響いた音に反射神経が後ろを振り向かせる。

 社長室入口の観音開きの扉が閉まった音、そして部屋の中に入れたのは4人……どうやら分断されたようだ。

 直ぐに経定のすぐ後ろを着いてきていたエコーワンがドアのノブをガチャガチャし出すが、こういった場面で開いた試しはない。


「なっ!締め出されたぞ!!早く開けるんだ!」

「だめです!ビクともしません!」


 扉の向こう側から除け者にされた隊員達が閉ざされた扉を突破しようと試みているが、お決まり事のように扉が開くことはない。

 次の瞬間扉の向こう側から複数人の断末魔が響き渡る。

 一瞬だった……どのような惨事が起こったかは見る事叶わずとも結果は火を見るより明らか。 

 それはもう残された戦力が今社長室内にいる4人だけとなってしまった事を意味していた。



「あらら、分断できたのは半分だけかぁ。強そうな二人のお兄さんだけ招待したかったんだけど、まぁ上出来な部類かな」


 いきなり聞こえてきたのは年が若そうな少々高めの男の声。

 声の発生源は社長室デスク側、しかし猿轡をかまされた勇利でないのは確か。

 誰だ!と声を上げそうになった経定よりも早く相手の方から動きがあった。

 勇利が座らされた椅子の大きな背もたれの後ろから少年と思わしき人物が姿を見せたのだ。


「……てめぇが犯人……ってことでいいんだよな?」


 こんなところにいる人間がただの一般人であるわけがない、しかも発した言葉は不穏極まる内容。

 姿を現わしたラスボスに構えをとる四人、一気にピリピリし出した空気を物ともせず飄々と語り出す少年。


「うん、それでいいよ。どう?アトラクションは楽しんでもらえた?」

「……機械仕掛けのお化け屋敷の方がよっぽどスリルがあるぜ」

「ひどいなぁ。その割にみんないい絶叫上げてたじゃない。ほら、ひーふーみーよー……四人しか残ってない」


 ギリリと歯を軋ませる経定、実際40人以上も居てゴールに到達できたのは一割に満たない人数、言い返せる言葉なんてひねり出すことすらできない。




 その頃、外では少女が大きな声を上げていた。


「そんなっ!!なんでアイツがいるのよ!!」


 その場にいた全員の視線が後方にいた帆乃香に集中する。


「……帆乃香?どうしたんだい?」


 惣二郎がいきなり叫んだ帆乃香に向かって問いかけるが、当の本人は混乱しているのか惣二郎の声が耳に入っていないようだ。

 モニターの前で経好と並んで立っていた尚斗が帆乃香の目の前まで歩み寄ってくる。


「帆乃香君、君は……彼が誰だか知っているのですか?」


 尚斗の声が耳に届いたのかハッと気がつくが今更無関係は装えない、あまり喋りたくない内容なのかバツが悪そうに顔を反らしている。

 しかし視線を外さない尚斗に根負けし口を動かした。


「……同級生よ。私が通う学校の同級生。名前は 外村伊織(とのむら いおり)……」

「それだけではなさそうだ、君と何か関りがあるんじゃないですか?」

「……」


 喋るべきかどうかと戸惑いを見せている帆乃香だが、諦めたようで一つ小さな溜息を吐くとポツリと言葉を漏らしだした。


「……以前告白されたの。断ったのよ……誰とも付き合う気はないって。結構言い寄ってくる男が多くてさ、その度に素気無くあしらってた。彼もその一人」


 帆乃香は見た目は「かわいい」と言われる分類に入る女の子だろう、そして中学生の身で理解できるかわからないが「纐纈」という名前は、有象無象の虫を呼び寄せる誘蛾灯としてはあまりにも効力が高すぎる。

 勝気でサッパリした性格だというのは口から出る言葉からも窺い知ることが出来るため「素気無くあしらう」という行為が容易に想像できた。


「でもこんな大それた事を仕出かすような子には思えない!すごく大人しくて普段はおどおどしてて……それよりもこんな不思議な力を持ってるなんて想像できるわけないじゃない!」


 彼女が知っている「外村伊織」という同級生からは想像もつかないほど大胆な犯行という事なのだろう。

 そしてこうも思っているはずだ。


「振られた腹いせに……って考えていますか?」

「……っ!!」


 彼女の頭の中にも真っ先に思い浮かんだことだろう、伊織が自分に振られたことで復讐のために仕出かした犯行なのではないかと。


「神耶さん、帆乃香ちゃんをいじめちゃだめですよ?メッです」

「いやぁすみません。帆乃香君、今言ったのは客観的な見解です。私はそうは見ていませんので気にしないでください」


 美詞に叱られた尚斗がくすくすと笑いながら言い訳を述べている。


「……え?」

「そこまで単純な話ではなさそうな……そんな気配がぷんぷん匂ってくるんですよね、まぁ確信が持てるまでもうちょっと彼らの様子を見守りましょうか」


 言いたいことだけ言って尚斗はまた経好の下に戻ってしまった。

 残された帆乃香は放置されたことにただぽかんと立ち尽くすだけ、そんな帆乃香に美詞が優しく声をかけてくる。


「ほら、帆乃香ちゃん座って。神耶さんいじわるでごめんね?でもこんな時にテキトーな事を言う人じゃないから大丈夫なんだよ?」


 何が大丈夫なんだ?と疑問にも思ったが、混乱する頭をクールダウンさせるためにもとりあえず座って落ち着かせることにした帆乃香。


「私も経験のある事だから少しはわかるんだ。告白を断って逆恨みをしてくる人ってね、もっとこう……なんていうかな?ギラついているって言うか……自分の欲望を前面に出して来る人が多かったんだよね。外村君って言ったっけ、今の彼の雰囲気から『復讐してやる!』とか『嫌がらせだ思い知ったか!』みたいな感情が読み取れないの、まぁ登場して間もないからまだ何とも言えないけど、きっと神耶さんも何か彼から感じ取ったんだと思うよ?」


 美詞の抽象的な説明もなんとなく分かるような気がする。

 確かに帆乃香も告白を断った相手から逆恨みをされた事がある。

 そういう男子ほど凄みを効かせて豹変し雰囲気が変わるのだ、一言で言えば「何をされるかわからない怖さ」……そう思わせるような何かがあるのだ。

 間違っても画面の向こうに映る「楽しそう」な声色で平常な表情を浮かべたりはしてなかった。

 彼の胸中に何かしらの道徳的な部分からはみ出たサイコパス的な思考が存在したのかもしれないが、少なくとも帆乃香が見ても緊張してしまうほどの怖い大人達に向かって軽口を叩けるような子ではなかったはず。

 一体彼に何があったのか……なんであんな訳の分からない力が使えるのか、なんでこんなとんでもない犯罪を仕出かしたのか……答えが知りたくてたまらない、でも今の自分はただの傍観者。

 事情を知る事が出来れば……そう願わずにはいられない帆乃香であった。


 

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