第175話

 支援部隊としてハナブサ製薬の社屋へとエントリーした西園寺家の退魔師達を待っていたのは、一階で待機していた近衛家フォックストロット隊の残された3人。

 彼らの案内でメインエレベーター隣にある階段を上っているとさっそく問題が発生した。


「……3階に行けない。おい、どうなっているか聞いてくれ」


 近衛家より預かったヘッドセットを装着している側近が嗣季の淡々とした声に従い連絡を取り出す。


「嗣季様、敵側が通路を切り替えたのではとの事です。相手は退魔師達を罠にかける事に長けているので、遠回りさせ2階フロアを通らせたいのかと。フロアを挟んで反対側にある内階段Bで上がれないか調べてみましょう」

「……よし、わかった。私が先頭を行く」


 罠が待ち構えている事を考え退魔師達の中でも最も力のある嗣季が先頭に立ち突破する算段であったのだが……。


 失敗した。


 嗣季がどうという訳ではない、相手が一枚上手であっただけだ。

 搦め手を使用してくる怪異が馬鹿正直に先頭に立つ「最強」をわざわざ攻撃してくれる訳がない、たった一人では部隊全体をカバーできなかったというだけである。

 一人また一人と音もたてずに最後方から消えていく様はサスペンスホラーの定番演出のようであった。

 進路は予想していた通り反対側の階段から上に上がれるように……そしてまた一階上がる毎にフロアを通り逆側の階段から上がりを繰り返す羽目になる。

 おかげで上層階に着くころには、20人以上もいた西園寺家の退魔師軍団もたった5人にまで数を減らすに至っていた。


 モニターでその様子を見ていた一同は大きく肩を落とすことになってしまった。


「不甲斐ない……帰ったら鍛え直す必要があるな」

「この様子じゃ無事に帰れるかもわかったもんじゃねーぞ。俺としてはウチの退魔師がへっぽこでなかった事が証明されて安心はしてるがな……にしても一体なんなんだ?都合40人以上方位家の退魔師が居たんだぞ?」


 兼平の言も尤もだろう、日本でトップクラスの実力者集団と呼ばれる方位家。

 嗣季以外一線級ではなかったとしても、その退魔師集団が赤子を捻るようにあしらわれているのだ、まるでこちらを嘲笑うかのような罠の数々、そしてその罠に悉く嵌って行く「プロ」達、道臣が「鍛え直す」と忸怩たる思いを吐露するのも仕方のない事だろう。


 ― こちらエコーワン、HQ応答願います ―


「ああ、見てた。上に行く道がないんだな?8階のそこがゴールかもしれねぇ。もしくは今登ってきてる西園寺家の部隊を待ってるかだ。合流するまでそこで待機しておけ」


 ― 了解です ―


 更に数を減らした近衛家の退魔師部隊が到着したのは最上階である8階。

 すべての扉には鍵がかかっているのか、開かないどころか屋上へ通じる階段も遮断されている。

 そう、実質袋小路に陥ったと言ってもいい。

 しかし経好がゴールと言うのには根拠があった、彼らの目の前には「社長室」と書かれたプレート。

 ラスボスが待ち構える場所としては上出来な場所と言えるだろう。

 この重厚な扉が開くトリガーは恐らく西園寺家の残りが到着したころ、残存兵を纏めて相手とろうという算段であろうか。


 後方で惣二郎達と一緒に座っていた美詞が八津波に尋ねてみた。


「やつはちゃん……これって本当に怪異なのかな?」

「『美詞はどう思う?』」

「うん、やっぱり変だよ。こんな引き出しいっぱいの怪異なんて聞いたことないかな。いくら不意打ちばかりとは言っても相手しているのは方位家の退魔師だよ?方位家二家にここまで打撃を与えるなんてもう災厄級の妖怪じゃない」

「『方位家がすべて一線級の退魔師を揃えてきたかと言えばそうではなかろう。我が見た限り当主の息子達以外は大して力を持たぬ者達ばかりであったぞ。明け透けに言うとな……そなたとどっこいどっこい、むしろ上、良き勝負をしようぞ?』」

「……え?まさかぁ……」

 

 八津波はまだ見習いである美詞の戦力分析を方位家の実働隊と同等とのたまったのだ、とても信じられない身贔屓とも取れる発言に美詞は驚きを露にしている。

 経験や場数を踏んできた状況判断等ならさすがに現役達に分があるだろう、しかし美詞がその身に宿した力の希少度や保有量などはむしろ「天才」と呼ばれる嗣季側寄り。

 今はまだ経験や技量が追いついていないが、それでもその成長速度は尚斗から見ても目を見張る……いや、ハンカチを噛み締め羨ましがるほどのスピード。

 もう数年もすれば一線級を張り名を残す退魔師となるであろうことに確信を持っている八津波。

 そんな会話を隣で聞いていた宗近が好々爺然りといった表情で美詞に話しかけた。


「流石は桜井家の後継者候補、桜井の名を継承しているのだから君は自信を持っていいと思うのだがね」


 その言い方に疑問を感じたのだろう帆乃香。


「桐生のおじい様、桜井さんって巫女の中でも有名なのですか?」

「ああ、私もあの事件があって以降色々調べたよ。桜井大社ではね、桜井の名を誰もが名乗れるわけではないのだ。実力のある……桜井の後継者として相応しい力を持つ者に与えられる名、そう聞いたが違ったかな?」

「隠している事ではないですけどよくご存じでしたね。私の場合はちょっと特殊な事情があって与えられましたが、所謂先行投資みたいなもので……はっきり言ってまだ『桜井』の名にふさわしい力は持ち合わせていません」

「そうなのかい?ふふ、八津波君の言い方だともう君は十分その資格がありそうだが……そういう事にしておこう」

「うわぁ……神様って二物も三物も与えちゃうんだ……」

「『そうであるな、四物も与えたかもしれんぞ?くふふっ』」


 元神様であったこのお犬様が美詞に更なる力を与えたと知れば「贔屓が過ぎる」とバッシングを受けることになるだろうことは想像に難くない。


「私も桜井さんの話には興味がありますが……それより本当に大丈夫なのかが気になって仕方ないのですが……」


 惣二郎からしてみれば息子の命と社運がかかっている大事な場面にも関わらず、動員した退魔師達は今のところ不甲斐ない姿しか見せていない。

 ラスボス手前まで辿り着いたと見てもいいだろうがその戦力をあまりにも削りすぎだ。

 本当に解決できるのか?と危惧の念が伴わざるを得ない。


「大丈夫ですよ、いざという時は神耶さんが解決してくれます!」


 美詞の尚斗への絶大な信頼は既に尚斗の実力を超えるものになってしまっているのではと不安になってくる。

 「尚斗なら大丈夫!」と背中を押され実力以上に張り切らなければいけない事態をどうかもっと慮ってほしい。


「そうであることを祈るばかりですよ……」


 美詞の「お墨付き」をもらっても、それでも惣二郎の表情が晴れないのは背にのしかかる重さ故だろうか。

 後方でそんな会話がなされていると肝心の前線では事態が動いたようである。


「どうやら西園寺家の部隊が到着したみてぇだな」


 経好が見ている映像、西園寺家の側近に渡したカメラが映し出している画面には近衛家の面々が。

 目的地である8階に到着するまで更に数を減らしたのは近衛家だけではなかった、最終的に合流場所に到着できたのは4人。

 近衛家の残存隊と合わせても二桁に行かない人数、なんとも頼りない戦力となってしまった。


 ― これだけか? ―


 モニターの向こうで経定が援軍として到着した嗣季達に向かい、言わなくてもいい皮肉にも取れる言葉を投げかけていた。


 ― ……ここまで減らすとは私も想定外だった。そちらもだいぶ減らしたみたいだな ―


 まぁそうなる、近衛家も残った人数は五十歩百歩なのだ、皮肉の刃がついたブーメランとして戻ってくるのは当然の帰結。

 

「あんのバカが……」


 経好がそうぼやくのもまた仕方のない事、経定には今後空気を読むという事を教えなければいけないと心に決めたのだった。

 くっと言葉に詰まった経定らの目の前の社長室への扉は、空気が読める事をアピールするかのようにガチャリと鍵が開く音を鳴らした。


 経定は苛立っていた。

 今回の除霊は言わば経定の方位家としてのデビュー戦。

 アメリカで鍛え上げてきた力をもって華麗に敵を殲滅する姿を思い描いていた彼にとって、ここに到着するまでの間ケチがついてしまったのは避けられることではなかった。

 少なくとも経定自身の力量は低くはない。

 ゾンビもどきの波が押し寄せた際は、少々飛ばしすぎた感は否めないものの危なげなく一蹴し、また彼自身は敵の罠に嵌ることはなく突破せしめた。

 しかし一族の退魔師達を次々と失い、それを阻止できなかった事は彼にとって許せることではなかったようだ。

 残った隊員達が自分を含め僅か5人になってしまった苛立ちから、救援に来た西園寺家に向かってつい余計な言葉を漏らしてしまったと遅まきながら反省する。

 しかし自分の失言により西園寺家とギクシャクし出した場の空気も、タイミングを計っていたかのような「社長室の扉」により「現状」に引き戻される。


「悪ぃ、言葉が過ぎたみたいだ……他意はなかった、今は目の前の脅威に集中しよう」


 一同自ずと視線はラスボスが待ち構えているであろう扉へと注がれる。


(さぁご対面の時間だぜ。てめぇの正体をやっと拝める……首を洗う時間なんて与えねぇぞ、覚悟しやがれ)

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