第174話
怪異の元凶からの小手調べととれるような襲撃により損耗を強いられた近衛家の退魔師達は、疲労が重くのしかかってくる身を休めることもできないまま解決への糸口を見つけるためフロア内を彷徨っていた。
各階層を鳥籠たらしめているであろう基点らしきものは、どの隊も見付けれないまま。
それどころか近衛家の退魔師達に次なる試練が訪れていた。
― ぐぁっ……なんだこ……うわっぁぁ! ―
― く、くそおお!たいちょーー!! ―
― 山下、つかまれっ! ―
― どこから攻撃してきてるっ! ―
― いやだ、いやだあああ! ―
回線は混線を極めていた……退魔師達の叫び声によって。
すべての階でまたもや同時襲撃が発生、しかし前回のような統一されたものではなく方法はバラバラ。
とある隊員は扉の奥から伸びてきた無数の手に体を引きずり込まれ、またとある隊員は足元にいきなり穴が開き落下、一体どのような攻撃方法かわからないが隊員達が次々倒れだした部隊もあった。
姿を消すと同時に経好が見守るモニターも瞬く間に次々とブラックアウトしていく。
一つ、また一つと真っ暗になっていく画面が隊員達の命の灯のように見え流石に慌てふためきだした。
「なんなんだっ!クソッ、各隊防御!結界を展開、探知を維持しろ!これ以上被害を増やすんじゃねぇ!」
各隊が固まり防御結界を張ったことにより物理的な攻撃は遮断することに成功した。
現に姿は見えないが結界が何らかの力と衝突している痕跡が見える。
しかし相手もさるものながら、直接的な干渉が出来ないと知るや今度は間接的な攻撃に切り替えてきた。
― な、なんだこの音は…… ―
― 歌……なのか?マズイ、眠たく…… ―
音を反響させることにより睡眠へ誘う攻撃。
― なっ!ライトが消えた!? ―
― いや違う、光を吸収されたのか!?何も見えない ―
周りの光をすべて塗りつぶし隊員達の目を奪い混乱を誘う。
― おい、変な匂いがしないか? ―
― ああ、なんだろう……なんだか……むかむかしてきた ―
― なんでこんなところに敵が…… ―
― まてっ!味方だ!正気を保て! ―
幻覚を誘発させる匂いにより正気を失った隊員が仲間に襲い掛かる。
次々襲い掛かる怪異により経好が指示した防御も意味のない行動となってしまっていた。
「どういうことだ……相手は一人じゃねーのか?……」
眉間に皺を寄せボソリと呟くも目の前の惨状は変わることがない現実。
経好の言葉も理解できる、テリトリー構築のため霊障を建物二棟分維持しつつも大量の悪霊を
「俺達は一体何と戦ってんだ?……」
近衛家の退魔師達が無能だとは言えない、よく鍛えられており術の練度も高い、各部隊のリーダー格も状況判断は悪くなく特出した才はなくとも方位家の兵隊と呼べるほどには力量がある。
並の退魔師ならば最初のゾンビウェーブに飲み込まれていたことだろう。
しかし悲しいかな、今回は相手が悪かったとみえる。
戦術を駆使し罠を張り巡らせ姑息な手を使ってくる怪異、特殊なレアケースと言っても間違いではないかもしれない。
もう半分以上がブラックアウトしたモニターは寂しさすら感じるほど、決して安く見積もっていたわけではない、しかしこうまで現実を突きつけられてしまうと忸怩たる思いから目をそらすことが出来ない。
「……神耶ァ……無事だと思うか?……」
なにがとは言わない、尚斗ならば分かっているだろうとの判断故。
「……その前に教えてください、バイタルデータの送信限界距離は?」
「カタログスペックは5kmほどだがSRC(鉄筋鉄骨コンクリート)を挟んでる、誤差はあるだろう……まだ建物の中に居るってのが前提ならな」
経好がまだ平常を保てているのは偏にここにあった。
まだモニターで観測しているバイタルデータは一人も脱落していない、しかも電波が届く距離であり電波が届く次元……ならば最低でも現世にて隔離されていると推察できるからだ。
「当の面は無事かと思います。あれほど多様な罠を準備しているにも関わらず殺傷力がない、優しすぎる……。先方の思惑は分かりませんが何かの目的があって退魔師をおびき寄せ捕獲している節がありますね。奴が次にとりそうな手は……」
― HQ応答願います! ―
無線に隊員からの声が飛び込んできた。
慌てて画面に向き直った経好が見たのは1階ロビーで巡回していたフォックストロット隊のもの。
「どうした、なにがあった!」
― 道が開きました!内階段A、1階から2階に上がれた……のですが…… ―
「綻びが発生したか!?」
― いいえ……恐らくこれは罠かと……1階に戻れません。一応残してきた他の隊員にはその場で待機しているよう伝えていますので指揮権を…… ―
「わかった、フォックストロットツーに移譲しておく。おまえはその場で待機、追って連絡する」
次々に残った隊に連絡をつけ階段まで撤退の指示を出した経好、そこでわかったのはどの隊も下階に降りられないのは今まで通りだが上への道が開けている事、そうなると自ずと答えは出てくる。
「なるほど……上への一方通行ですか、誘われてますね」
「仕方ねぇ、散り散りになっているよりはマシだ。残った奴ら全員聞け!エコー隊のいる6階で合流しろ。エコーワン、残存員を纏め上げろ」
経好の指示の下6階に集まったのは6人……たった6人であった。
1階に一部隊を残し全20人で突入したにも関わらずたったこれだけしか残らなかったのだ。
一番多い部隊は経定が居たエコー隊の3人、他の隊は全滅もしくは1人しか残っていない。
「これだけ……か……まぁいい。よく聞け、敵は恐らく上の階、万全の態勢で待ち構えているはずだ。罠には気を付けろ、道すがら捕らわれた隊員を見付ければ救助しろ ―」
経好が残された隊員達に指示を伝えていると横から声がかかった。
「おぃ、ヨシ。俺が出る」
「なっ!」
声の主は近衛家当主兼平、思いの他強力な怪異にご自慢の退魔師部隊が喰い破られている現状に思うところがあったのか、自ら前線に赴くと言い出したのだ。
「ばかいってんじゃねぇーよ!当主を得体のしれねぇ怪異の前に出せるわけがねーだろうが!」
「なに眠てぇこといってんだ、怪異なんざどれも得体のしれねぇもんだろうが。今回のヤマはヤバそうだ、これ以上被害は出せねぇ」
「まてよ親父!!」
「そうだ、待ってもらおうか」
親子の会話に割り込む声が、今度は西園寺家当主である道臣であった。
「おぅ西園寺の、口出してくるなんざどうしたよ?」
「うちの退魔師達の除霊が終わったみたいなのでな。うちの息子達を向かわそう。当主が出るのはその後でもよかろう」
見れば研究施設の建物からぞろぞろと出てくる男達、言うまでもなく西園寺家の退魔師達なのだがやはりあちらは「ハズレ」を引いたみたいだ。
あまり疲れた様子も見せていない息子の嗣季達は戻ってくるなり道臣に愚痴を漏らしていた。
「……父よ、期待外れだ。出てきたのは悪霊レベルが3体だけだった。社屋の方はどうなっている?」
あれだけ大きな建物を入れないよう霊障を起こしておきながら、出てきたのが悪霊が数体だけとは……尚斗がその言葉を聞き小さく呟いた。
「分断のための囮と時間稼ぎか……」
「そのようだな。嗣季よ、おぬしらはそのまま本社の除霊に向かってくれ、よいな?近衛の」
「……しゃーねぇだろ、そういう取り決めだったからな。おぃヨシ、カメラの予備を渡してやれ」
経好から投げ渡されたヘッドセットカメラを受けとった嗣季だが、頭に装着せず無表情を崩さぬまま後ろに控えていた側近に手渡す。
「……戦闘の邪魔になる、おまえが付けろ。私から離れるな」
どうやら機材はお気に召さなかったらしい。
建物内部の現状を経好から説明を受けた西園寺の退魔師達が、建物へと向かって行く後ろ姿を複雑な表情を浮かべた経好が見送っていた。
「嗣季さんってちょっと分かりづらいんですよね、いつもあの鉄壁の無表情ですし」
「あぁ……同意だ。だが力は本物だ、情けねぇが奴に頼るしかねーよ。今回の相手……訳がわからねぇ、まるで質の悪い人間を相手にしてるようだぜ」
「えぇ、ですがそうなると相手は大量使役が可能な死霊使いですか?あんなの伝説ですよ?」
悪霊を縛り使役服従させる術師は存在する、しかしあんなに大量のゾンビやトリッキーな術を行使するとなると皆目見当もつかない。
「ネクロマンサーってか?そんなのゲームの中だけで十分だってんだ……」
うんざりするような経好の行き場のない声が空に溶けていく。
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