第173話

「くそっ、何処にあるんだよ基点なんて……感知術に反応しないぞ」

「ああ、こっちも反応無しだ……恐らくフロア内に核があると思うのだが」

「目視で探すしかあるまい。霊視を維持し見逃さないようにな」


 3階を探索していたブラボーチームは4人で互いの死角をフォローし合いながら、この鳥かごを破壊するための基点を探していた。

 経好の指示に従いチャーリーチームの援護に駆け付けた彼らだったが、いくら階段を駆けようが3階の階数表示プレートが現れる現象に頭がおかしくなりそうだった。

 ゲームによくある演出の「無限ループ」にでも陥った感覚になってしまう。


「……しっ!静かに……」


 分隊長がグーのハンドシグナルを上げると移動していた隊員達がピタリと止まる……「動くな」の合図だ。

 こんな細かいところまで取り入れた「軍隊かぶれ」を尚斗が見ればきっと「どこに向かおうとしてるんだこいつら」と感想を漏らしたに違いない。

 しかし本人達はいたって真面目、リーダーが隊員を静かにさせ耳を澄ませていると、前方通路の先より床のタイルカーペットをずるりずるりと擦るような音が聞こえだしてくる。

 一斉に音のするほうへライトが向けられると、人型がゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる姿が暗闇よりぼんやり浮かび上がって来た。

 

「ひ、人がいます!救助者でしょうか?」

「バカめ、霊視を維持しろと言っただろうが!あんな穢れの塊が人間であるものかっ!各員攻撃用意!」


 隊長の号令により四人が一斉に腰にぶら下げたポーチより護符を取り出す。


「祓い給え 急急如律令【悪霊退散】!」


 怨霊退治に使われる最もシンプルな起動術により、隊員達の手から放たれた四枚の札が怪異と思われる存在に殺到する。

 ピタピタとその存在に張り付いた札が次々に燃え出し一気に人型が青い炎に包まれると、その姿はあっけなく消滅してしまった。


「……やけにあっけなかったですね」

「過剰すぎたか……霊障の規模に反して弱すぎる……」

「弱いに越したことはありませんって、さぁさっさと探索の続きいきましょう」

「待てっ!」


 怨霊らしき怪異を退治したことによって気が緩んだのか、歩を進めようとした隊員をリーダーが手で遮り制止した。

 どうしたのか?と声をかけそうになるよりも早くその原因の方が先にやってくる。

 通路の先からまた影が姿を現わす、それは一体だけではない、続々と人の形を模った怪異の後続達が姿を現わしてきた。

 通路だけではなく区切られた部屋からも姿を現わす、通路一杯にひしめき合うその光景はまるで質の悪いゾンビ映画のようだ。


「ひっ!か、数が多い!」

「うろたえるな!一体一体始末していくぞ!続け!」



 その様子をモニターで確認していた経好がギリッと歯噛みした。

 なぜなら戦闘に入ったのはブラボー隊だけではなかったからだ。

 時を同じくしてタイミングを計ったかのように別の隊も襲撃を受けていたからである。

 隊員達が放つ術により青く燃える炎がモニター内を支配していた。

 その光景を強張る表情で眺めていた惣二郎が尚斗に尋ねる。


「神耶さん、あの火は大丈夫なのですか?あんなにいっぱい燃えていては火事になるのでは?」

「大丈夫です、火に見えますがあれは浄化の炎、物理的な熱を伴っているわけではありません。隊員達もなるべく御社施設を傷つけないよう配慮してくれているみたいです」


 それを聞いてほっと安心した惣二郎だったがそれとは別の不安も出てくる。

 敵の数が多いのだ、相手が物量で攻めてきているのはわかる、しかしそうなるとたった四人の退魔師では対処しきれず物量に押されるのではないかと心配になってきた。


「数は多いようですがあの程度の相手なら問題はないでしょう。気になる事と言えば……」

「あぁ……装備品の消耗を狙ってきてやがるな……」


 経好もそこに気付いているようであった。


「戦力を分断、隔離……からの消耗戦ですか。戦術を使ってきているみたいですね」

「あぁ、やけに人間くせぇ。和製ホラーかと思えば途端に洋物ときたもんだ」

「えぇ、まるでゾンビ映画です。いけそうですか?」

「……道具はたんまり持たせてる……が、流石にずっとは無理だ、霊力も持たねぇ」

「補給路が断絶されているのが痛いですね……フォックストロット隊は一階で退路を確保しているんですよね?彼らにダメ元で兵站補給に向かわせてみては?」

「てめぇの提案に乗るのは癪だがしゃーねぇ、おい!フォックストロットワン応答しろ!」


 ― こちらフォックストロットワン、どうぞ ―


「二人ほど指令所に戻せ、前線の除霊具が不足しそうだ、ダメ元だが補給品を渡す」


 ― 了解、向かわせます ―


 建物の内階段は現在霊障により各階が隔離されていると言ってもいい、なので一階で待機中の隊が上の階まで行ける可能性は低い……が、試すだけならばタダ……だと思っていたのだが。


 ― HQどうぞ ―


「どうした?問題か?」


 ― はい、やられました。入口から外に出られません。入口に近づいたら弾かれて外の景色が真っ暗になりました。霊障解呪も試みましたがダメです。また、上の階に行けるかどうかも試しましたがこちらもダメなようです。我々の隊も一階に封じられました ―


「クソッ!!」


 ダンッと悔しさと憤りが込められた拳がテーブルを叩きつける。

 高ぶった気を落ち着かせるために大きく息を吐きだした経好が、荒げていた語気を抑え苛立ちが落ち着くのを待った後に通信を繋いだ。


「聞け、フォックストロット隊は固まって一階を巡回しろ。巡回箇所は内階段Aと内階段B、停止しているエレベーター、そして入口の四カ所だ。霊障に綻びが出ないかを順次探り続けるんだ。それと気を付けろ、お前達の隊も襲撃を受けるかもしれん……戦闘態勢を維持しながら行動に移せ!」


 ― 了解!指令受理しました、行動開始します ―


 こうなってしまえば後は現場の隊員達に任せるしかない、こちらから出来る事と言えば「口」を出す事だけ。

 経好の表情は険しいまま、そして睨みつけるは各隊が映し出す現場の映像、順調に怪異を殲滅しているようであるが「ゾンビもどき」達は今も絶えず湧き続けている、その中でも一際騒がしい隊があった。


 ― おらおらこんなものかぁ! ―


 手にこん棒のようなものを持ち怒涛の如き勢いでゾンビもどきを屠り続けているキャソック姿の男……そうエクソシストである経定である。

 彼はエコー隊に組み込まれ6階を探索中であった。


「経定君はりきってますね。体力切れにならなければいいのですが……」

「あんのバカが……」


 彼が持つ武器はメイスと呼ばれる戦棍、その中でもフランジバトルメイスと呼ばれる戒律を重んじる聖職者がよく使っていた武器だ。


「彼の“心象具現化装具”はフランジメイスですか、ハミルトン神父が愛用されている影響ですかね」

「あん?珍しぃーのか?」

「最近の若い子達はカッコよさを求めがちなので剣が多いんですよ……しかしメイスはとてもいい、特にこういった閉所での戦いとなれば猶更輝きます」


 ― 主よ!哀れな魂に救済を エィメン! ―


 右手にメイス、左手に聖書を具現化させ聖言をもって次々に浄化していく姿を見た尚斗の顔には笑みが浮かんでいる。


「実戦を経験しているのも間違いないようですね。まだ粗削りですが彼のようなエクソシストが育ってきているのは喜ばしいことです」

「あいつは陰陽師の適正が薄かった……祓魔師になるっつった時はマジで驚いたぜ。日本にゃまだ祓魔師が少ねーからそっちで一旗揚げるっつってアメリカに飛びやがった……あいつはやっていけそうか?」


 経好の弟を案ずる言葉から愛情が窺い知れる、そんな経好にニヤニヤした笑みを浮かべる尚斗は。


「おやおや、いいお兄ちゃんしてますねぇ。大丈夫ですよ、彼を導いている師はとても素晴らしい方です。経定君自身も彼を慕っているようですのできっと成長することでしょう」

「……テメェは茶化さねぇと生きていけねぇのかよ、この性格破綻者が。まぁ大丈夫そうならいい、親父も心配していたが好きにやらせるか」


 それからどれだけが経ったのか、恐らくまだ数十分もたっていないかもしれない、しかし体感としてはもう何時間も戦闘を繰り広げたかのようだ。

 モニターからは戦闘音が途切れることなく鳴り響き、ただその戦闘を指を咥えてモニター越しから眺めているだけの経好からすればとても長い時間のように感じたことだろう。

 やっとの事で戦闘が終了したころにほっと肩をなでおろす事ができた経好が各隊に報告を求めた。


「各隊、よくやった。状況を報告しろ」


 ― こちらアルファ、殲滅完了。負傷者はいません。 ―

 ― こちらブラボー、敵影無し。軽傷者一名、作戦行動に支障はありません ―

 ……


 ゾンビもどき達の波は凌ぎ切った、隊員達も負傷者は出たが全員無事。

 未だ暗闇に引きずり込まれたチャーリー隊の一人は見つかっていないが、それでも画面上のバイタルに異常がないことは救いであった。

 ここで勘違いしてはいけないのがこの襲撃、まだ序盤だということだ。

 数が多く戦闘時間も長かったがこれだけで終わるとは到底思えない、隊員達は無事でもかなりの消耗を強いられたのは事実。

 未だ次元の迷宮に囚われたまま、彼らの頭上に暗雲が立ち込めていることに間違いはなかった。  

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