第172話

 纐纈の本社社屋と研究施設の除霊が開始された。

 二家の内、西園寺家は近衛家と違い通信により状況を把握しているわけではないためどのように進捗しているのか一切が不明、というよりも今この場に西園寺家の人間が誰もいないため知る術がなかった。

 近衛家の方は絶賛部隊からの報告が飛び交っている状態で、経好が都度都度指示を出している。

 まだ始まったばかりの除霊にハプニングはなく「順調」に向け進めているところ。

 依頼者一同が近衛家の除霊を見守っていると当主二人だけがこちらへ戻って来たようだ。


「おや、当主殿は除霊に参加されないので?」


 等と尚斗が声をかけているが理由はわかっている。


「俺らが出るまでもねぇだろうよ」

「私らが出ては若い者の貴重な経験を奪いかねんのでな」


 どっかりと腕を組みながらパイプ椅子に座り不動の構えをとった二人は、性格が違いながらも何処か似ているのは当主故だからだろうか。

 尚斗も行く行くは隆輝より神耶家を継がなければならない。

 お手本に出来ないほどの浮世離れ感は否めないが、部下に任せ信じて待つといったことも組織の長としては当然兼ね備えておかなければいけない資質。

 何事もまず自分が動く尚斗に今後必要となってくる部分、新しく神耶家に従う一族が14も一気に増えたのだ、まだ見習うには年が若すぎるが今後はこういった事からも目をそらすことは出来なくなってくる事だろう。


「あんだテメェ、組織の在り方が気になったような顔しやがって」

「なんですかそのミリ単位のピンポイントを突くような表現は。いえ、近衛家はなかなかおもしろい組織体系をしていると思いまして」

「これが今の俺らの強みだ。蜂のように群を個とする。そのための強化を装備に頼るっつった時はヨシがトチ狂ったかと思ったが、好きにやらせてみりゃガッチリハマってなぁ。俺らの性に合ってたみてぇーだ」

「近衛家は抱えてらっしゃる一族が多いですからねぇ。戦力の規格化と言ったところですか。しかし強大な怪異が出現した場合はどうなさるので?」

「なめんなよ?西園寺家のガキとまではいかねーが、俺らも方位家だ。今日は連れてきてねーが対処できるだけの戦力も霊具もあらぁ。今日はサダに経験を積ませたくてな」

「ならその戦力を連れてくるべきだったかもしれませんね……」

「……あんだと?喧嘩売ってる……わけじゃねーんだな?テメェ何を知ってやがる?」


 足を組み頬杖を突きながらギロリと睨みつけてくるその顔は正にヤのつく組長そのもの。

 さっさと吐けとばかりに威圧してくる兼平のプレッシャーに臆することなく淡々と述べる尚斗。


「今回の相手はただの怪異ではない可能性が高いと見てます。何日もの間2棟の建物を丸々霊障下においているほどの力、それを維持しつつも纐纈家にいたご子息を誘拐できるだけの手の長さ、怪文書や脅迫電話等ちゃんとした内容の交渉を行ってくる確りした意思、そこいらの悪霊や妖怪が起こせるようなものではありません」

「なんだァ?怖気づいたか?俺もこの程度―」


 ― うわあああぁぁ! ―

 ― どうしたっ! ―

 ― くそっ!チャーリーフォー……須磨が! ―


「何があった!」


 無線から聞こえてくる隊員達の焦燥感を煽る叫びで現場がパニックに陥っている。

 経好が報告を求めているが分隊長からの応答がない、現場はそれどころではないようだ。

 チャーリー隊の隊員達が装着しているカメラから送られてくる映像もひどく揺れておりどんな状況なのかもわからない。

 ただ断片的に聞こえてきた「須磨」と呼ばれたチャーリーフォーの画面はブラックアウトしている。


「チャーリーワン!応答しろ!状況を報告すんだよ!」


 ― こ、こちらチャーリーワンッ!チャーリーフォーが暗闇に引きずり込まれました。くそっ!菊池、鈴木、探せ!! ―


 画面で見る限り一階と同様、霊障下からか昼間にも関わらず建物内部はとても暗く、窓の外はブラインドが下がってもいないのに外が真っ暗。暗所対応のカメラでもライトが照らされている箇所以外は判別がつきにくいほど。

 暗闇での奇襲に対処できずパニックに陥るのは一般人も退魔師も同じと言うことだ。


「チャーリーワン、応援を向かわす。分隊を分けるんじゃねー、纏まって行動しろ!相手は分断を狙ってるぞ!」


 経好は焦る分隊長に指示を出しつつ、他の階を探索中の分隊にチャーリー隊が探索中である4階に向かうよう素早く手配している。


「さっそく仕掛けてきましたか……」


 ボソリと呟く尚斗に背後で座っていた惣二郎がそわそわしながら声をかけてきた。


「神耶さん、彼らは大丈夫なのかな?」

「まだ序盤、現場での危険は付き物です。彼らもプロだ、今は見守りましょう」


 ホラー映画さながらの展開に、惣二郎の服をぎゅっと握りしめていた帆乃香が冷や汗を流しながらゴクリと喉を鳴らす。

 宗近も怪異の体験はあるといってもホラー展開は初、やはり惣二郎同様どこか焦りを表情に滲ませている。


 ― こちらブラボーワン、4階に着きました。チャーリー隊見当たらず、合流を図ります ―


 少しおいてもう一方の通信も入ってくる。


 ― こちらデルタワン、降りてきました。チャーリー隊見当たりません。探します ―


 おかしい……


「経好……おかしくありませんか?」

「あんだ?何がおかしい」

「彼らは同じ階段を利用したんですよね?」

「あぁ、突入は全部隊同じ階段から行った」

「デルタ隊の画像になぜブラボー隊が映ってないのですか?先行している隊のライトの光ぐらい通路の先に見えてもいいのに……それに何か間取りが違いませんか?」


 尚斗の指摘を受けてバッっと画面に向き直る経好、それぞれの隊の画面を見比べ目を凝らして見比べている。


「あんだ?……どういうこったこりゃ……」


 ― 隊長……おかしくないっすか?この部屋さっきも見たような……ほらこの書類とか ―


 ブラボー隊の一人が発したその声で気づいたのか経好が慌ててマイクに声を届けた。


「聞こえるかブラボーワン!階段まで戻って階数表示を確認しろ!今すぐだ!」


 ― り、了解!全員ついてこい! ―


 チャーリー隊との合流を中断し急ぎ足で来た道を戻って行くブラボー隊、彼らが階段の踊り場にある階数表示のパネルを確認してみると……


 ― な、なぜだ…… 「3階」……だと?確かに俺らは「4階」に上がって来たはずだ! ―


「くそっ!デルタワン!おまえらも階数を確認しに戻れ!!」


 続いて階段まで戻ったデルタ隊が見た階数は5階、彼らが元々担当していた探索階だった。

 それよりもおかしいのが、それぞれの隊がどちらも階段エリアにいるにも関わらず互いの隊を確認できていない事。

 おかしい事に気づいたそれぞれの隊が階段を上り下りしてみるが合流することは叶わず、またそれぞれ3階と5階から抜け出せずにいた。


「閉じ込められた……のか?……」


 経好がワナワナと腕を振るわせながら隊員達が晒されている怪異の現状を言葉に表してみたが、そんな呟きで事態は好転などしない。


「『空間をずらされたな。術者か基点を破壊せねば脱出は叶わんぞ』」


 それを見かねたのか惣二郎らの傍で侍っていた八津波が助言するかのように後方から声をかける。


「だそうですよ?」

「くっ!分断されたならしゃーねぇ、相手は各個撃破を狙ってきてるってこった。各隊に通達、よく聞け、てめぇらは今それぞれの隊が孤立した状態にある。分隊毎に必ず固まって行動しろ、探知を絶やすな、何処かに基点となる物があるはずだ、探し出してぶっつぶせ!気を引き締めろよ、敵の攻撃は既に始まってんぞ!」


 ― 了解! ―


 無線から複数の威勢のいい声が重なり聞こえてきた。


「チャーリーワン!応答しろ!」


 ― はい、こちらチャーリーワン ―


「チャーリー隊は三人で固まりつつチャーリーフォーを探しだせ、須磨の映像が途切れて何処にいるかわらねぇ。だがバイタル値は正常だ、まだ生きてる」


 ― 了解!チャーリーフォーの救出に専念します ―


 なんとか隊を立て直すことができたがはっきり言ってまだ事態は好転していない、原因がわかっただけ。

 もどかしい思いが行動に出てしまっているのか、眉間に皺をよせ指の爪をかじりながら打開策を模索する経好。

 彼の視線は隊員達が映し出す社屋内の映像を目まぐるしくチェックしていく。

 まだ突入してからさほど時間も経っていないのに、除霊どころではなく受け身に回ってしまっている現状に大きく歯噛みしているようだ。


「なかなか力ある怪異のようだな。近衛の、あまり醜態をさらすでないぞ?」

「……」


 経好と同様どこか苦虫を噛み締めたかのようなしかめっ面になってしまった兼平。

 道臣の挑発にもとれる言葉に言い返すことすらできないでいた。


「尚斗ぉ、テメェの言う通り確かに一筋縄で行くような怪異じゃなさそうだ、空間を操るなんざ滅多にいねぇ、最低でも妖レベルだ。相手は一体なんだ?」


 忌々しそうに尚斗を睨みつける兼平。


「八つ当たりはやめてくださいよ。正直わかりません。怨霊クラスでないのは確かかと。人が介入している可能性もあると見ています、行動原理があまりにも人間臭すぎます。……あとは……」

「……あとはなんだ」

「経定君も言っておりましたが悪魔の可能性もあります。ただ西洋悪魔が相手にしてはあまりにも手口が『和製』すぎるんですよね」

「あぁ、確かに洋物って感じではないな、相手の出方をまだ探る必要がある……か」

「えぇ……」


 隊員達を餌にするわけではないが、彼らに襲い掛かるであろう怪異によって相手の正体が掴めるかもしれない……そんな後手にまわってしまった現状に舌打ちをする兼平であった。

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