第171話
近衛家次男経好は、弟と尚斗との漫才から弟までもがこの性根が腐った男の「カモ」にされている事を憂い頭を抱えたくなった。
この男と話しているといつも会話の舵をとられ、ペースを握られっぱなしなため苦手なのだ。
しかし幸いにも弟が尊い犠牲になってくれたため、経好は我関せずを貫きまだ残っている機材の設定の続きをすることに決めた。
近衛家の息子連中が散々尚斗に遊ばれたところで作戦会議を隣で行っていた兼平が実働隊を伴いこちらにやってきた。
「おぅ、こっちの準備は終わったぜ。……なにしてんだてめぇら」
兼平はじゃれ合ってる尚斗と息子らの姿を見てあきれ顔の様子。
「あぁ兼平さんお疲れ様です。いえ、久しぶりに同業をお見掛けしたので挨拶していたところなんですよ」
「あん?サダか?まぁいい。で、除霊場所は目の前の社屋でいいのか?」
「それと隣にあります研究棟もですね。本社社屋のほうが建物規模から見ても探索エリアは広いでしょうが、二手に分かれて除霊にかかってもらいたいですね。西園寺家といきなり連携するのは厳しいでしょう?」
兼平が集まってきたのを見計らい道臣ら一行もこちらに集まり出した。
「確かに近衛のといきなり合わせるのは無理があるな。ならばどちらが本命の建物を受け持つ?」
道臣のその一言に西園寺家と近衛家の間でピシリと空気に罅が入るのがわかった。
今まで経好と経定でだいぶ癒された帆乃香が不穏な空気を感じ取り、また惣二郎の後ろでガクブルしだすほど。
「もちろん俺らだよなぁ。こっちは装備が充実してるし体力もある、継戦能力が高い俺らに任せときな」
「何を言っておる、こちらのほうが力は上ぞ?ならばこちらが大物を叩くのは定石だろうて。若造は引っ込んどれ」
当主二人の額に青筋が浮き上がる。
バチバチと見えない視線のぶつかり合いが起こる。
「しゃーねぇ、喧嘩売ってんなら買うぜ?」
「ほぉ、大口叩けぬよう躾けてやらねばならんか」
二人の体から霊力を纏ったオーラが吹き上がる。
それぞれの右拳に殺傷力の籠もった力が集中していくのが退魔師達の目にはわかった。
見守る者達の額におのずと汗が浮かびだした。
一触即発の右拳が今か今かと引き絞られる。
「うぉぉぉおお!」
「ぬらぁぁぁぁあ!」
「「じゃぁんけぇんぷぉぉおおいいいい!」」
「……くっだらねぇ」
当事者二人を除く一同の心情を代弁するかのように経好が冷めた視線でボソリと吐露した。
あまりにもオーソドックスで最も平和的解決法の一つである争いの勝敗を制したのは……
「うっし!なら近衛家が本命をもらうぜ!」
「ちっ!小癪な……ならば我らが研究棟を調査しよう。しかし!こちらが終われば我等もそちら側に合流するからな!」
「オウよ、勝手にしな。それまでに終わらせたらぁ」
二人は互いに背を向けさっさと準備に入ってしまった。
「……おいてけぼりを食らいましたね……」
勝手に争って勝手に解決して勝手に除霊に赴こうと準備している。
依頼者をそっちのけで。
やはりどこか抜けていて浮世離れしている方位家達にため息を吐きつつも、除霊の際の注意点を説明しにいかなければと足が重くなる尚斗であった。
破天荒な方位家の行動に辟易しつつも尻拭いのためそれぞれの一族の下へ説明に向かった尚斗、簡単に言ってしまえば社屋と研究棟の設備はなるべく傷つけずに除霊してねというもの。
特に研究棟に関しては機械設備ひとつあたり億を超えるようなものがザラにあるのだ、更に言えば何年もかけた研究中のサンプル等まさに一刻千金のプライスレスな代物、霊力砲乱れ打ちなんてされた日には惣二郎の胃は天寿を全うしてしまう。
一応両家共了解の意を示してくれたが……少々不安になる尚斗。
そんな尚斗の心配なぞ意に介さずそれぞれの持ち場に向かった両家は、今も固く閉ざされた入口をどうにかすることから始めなくてはならない。
「さて、まずはお手並み拝見ですね……」
大量に並んだディスプレイの前でスタンバイしていた経好が、こちらに振り向き声をかけてくる。
「そりゃ俺らを侮りすぎだ。まぁ見てろ、あんなの大した手間でもねぇよ」
今近衛家側にはオペレーターとして残っている経好と側近である部下が一人残っているだけ。
西園寺家に至ってはすべての人間が出払っている状態、周囲は先ほどと違いやけに寂しくなってしまっている。
「はは、侮ってなんていませんよ。霊障の一つ二つどうってことないぐらいは理解しています。私が見たいのは……」
「……他家の技術か」
「ご名答。方位家の除霊シーンなんて滅多に見ることが叶いませんからねぇ」
「ちっ!テメェのそういうところは相変わらずいけ好かねぇな」
「そんな事言ってますが、別に見られても困らないって顔してますよ?」
「どんな顔だ、テキトー言ってんじゃねーぞコラ?」
「ふふ、本当に見られて困るなら無線で指示を出せば済む話ですからね、それをしないところを見るとむしろ誇示しようとあえて見せている節が……」
「あー、マジうぜぇこいつ……」
二人の会話は美詞からしてみれば珍しい部類のものなのだろう、相手の口調は悪いがまるで気安い友人のような仲ではないかと邪推するレベル、口に出そうものなら経好は激しく反論するだろう。
「ほんと仲がいいですよねお二人、旧知の仲って感じがして羨ましいです」
まぁ……口に出さないとは言っていない。
「はぁ!?サブイボを生み出そうとすんじぇねーぞ?勘違いすんじゃねぇ!」
「おや、私は仲がいいと思っていたのですが私の一方通行だったんですね……悲しいことです」
「てめぇ!その下りはもうやったんだよ、いい加減にしやがれ!」
クスクスと口に手を当て笑い漏らす美詞、尚斗の父である隆輝との仲を否定していた兼平も、きっと同じようなやり取りをしていたんだろうなと容易に想像できてしまった。
そんな他愛もない漫才をしている内に両家の突入の準備が始まったらしく、尚斗は近衛家が行っている作業を遠目から観察し感心しているようだ。
「おもしろいですね、護符を連ねてテープ巻きにしたのですか。便利で使い勝手がよさそうだ……もらいですね」
入口のドアを囲うようにテープを貼りつけていく隊員達。
警察のキープアウトと書かれた規制テープのようにも見えるが、内容はむしろその逆、突入するための作業。
「堂々と盗む算段を漏らすなボケ。自分で開発する企業努力はねーのかよ」
「何を言っているのです、人類の進歩は模倣から始まります。日本は他者の技術を盗む……ゴホン、インスパイアすることで大きく発展した国です。そんなプライドは国の技術向上の前では犬の餌にもなりませんよ」
「開き直りやがったなコイツ……まぁ大した技術でもねーんだ、真似たきゃ好きにしろ、俺が作り上げた物なんざ腐るほどある」
「おお、見た目通り太っ腹ですね。そしてツンデレですか。有難くお言葉に甘えましょう」
「はっ倒すぞテメェ!?」
尚斗がここまで経好に執着しているのはこういうところだ。
彼は一族退魔師達の生存率を上げるため、そして近代において力が衰退したことを受け入れ弱い者でも怪異に立ち向かえるよう技術の向上をもって一族を支えているのだ。
なにかと近代化を忌み嫌う古式派の中では異端であるがそれをサポートし受け入れる近衛家も、また積極的に科学技術を取り入れようとする経好の事も尚斗は好意的に受け止めていた。
尚斗と考え方が近いゆえの同族嫌悪ならぬ同族好意……いや、尚斗の一方的な同気相求と言えるのかもしれない。
そんな二人の漫才にも似た掛け合いを尻目に準備は着々と進み、あっさりと入口の霊障は無効化されることに。
まるで合わせているのかと思うぐらいに両家ほぼ同時に解放するものだから、まるで茶番を見せつけられている気分になる。
「西園寺家と近衛家ってなかよしなんですかね」
美詞がこんな言葉を吐いてしまうのも仕方ない事だろう。
「さて、こっからが本番だ。オペレートに集中しねぇといけねぇから邪魔すんじゃねーぞ?」
「お、興味がありますので近くで拝見させていただきましょう。桐生さん、纐纈さんも彼の近くで一緒に見ませんか?」
「勝手に話すすめんじゃねーよ!?チッ……まぁウチのアピールは必要だからな……くれぐれも邪魔すんなよ?」
「ほんとツンデレなんですから、素直に許可出せばいいものを」
「ほんとドツキ回すぞテメェ!?」
仲のいい?掛け合いに美詞どころか慣れてきた依頼者の一同も笑いを堪えているようであった。
― こちらアルファワン、HQ応答願います。 ―
経好が操作するコンソールより機械越しの声が届いた。
経好はヘッドセットを装着している事からオープンチャンネルにする必要はない、恐らく依頼者にも状況を届けるためにわざわざスピーカーから聞かせてくれていると考えていいだろう。
「おう、感度良好だ。バッチリ聞こえてるぜ。内部に霊障は見受けられるか?」
― はい、霊圧を感じます。窓の外も入口以外まったく光が入ってません、影響下にあるとみていいかと。一階を確保しました。以降フォックストロット隊に引き継ぎ二階へ向かいます ―
「HQ、了解だ。引き続き探索を頼む」
― 了解 ―
通信が終了したタイミングを見て尚斗が茶々を入れてきた。
「光を遮断する結界ですか……暗闇はなかなか厄介ですね。それにしても……まさか実働隊にフォネティックコードをつけてるのですか?それにしては通信が雑すぎません?」
「いーんだよ、こんなの適当なノリだ。今回6分隊24人を動員してんだ、部隊毎のメンバー覚えんの面倒だろうが」
「いや部下の名前ぐらい覚えましょうよ」
「こっちの方が雰囲気あんだろ?」
ニヤリと凶悪な笑みを浮かべる経好にため息を吐く尚斗であった。
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