第170話
新たに纐纈家のご子息救出任務が追加され、一時作戦会議となり慌ただしくなっている近衛家。
方針が決まるまで手持ち無沙汰となった尚斗は、職場見学よろしく近衛家の手により構築された臨時司令部に突撃しようと言う。
トラウマに近い恐怖を体験したばかりの帆乃香には少々刺激が強すぎるツアーだ、頭が真っ白になってしまう。
「まぁ少し挨拶をしておきたい方と、気になる方がいるのですが丁度このタイミングしかなさそうで」
なにやら尚斗には話したい相手がいる様子。
しかしそれに巻き込まれる帆乃香はたまったものではない。
「か、かみやさん行ってきてよ。私ここで待ってるし……」
「霊障の影響外に居るとは言え、一応ここが安全という保証はありません。なるべく彼らの傍に居たほうがいいでしょう」
護衛対象だけ一団から離れていてはフラグを誘っているようなもの、いくら八津波がついているとは言え合理的ではない。
不測の事態が発生すれば彼らも巻き込むことができるので、近くに居る方が安全だというのは宗近と惣二郎もすぐに理解が追いついた。
「プロがこう言っているのです、行こうか帆乃香」
渋々と一行についていく帆乃香だがやはり足取りは重いと言わざるを得ない。
それとは対照的に尚斗の足取りは幾分揚々としたものであり、鼻歌まで口ずさみだしそうなほどニコニコしている。
「さて、久しぶりに彼をおちょくりに……おっと、挨拶しなければ」
美詞は気づいた、この笑顔はニコニコじゃない、ニヤニヤだ。
いくつものモニターが並べられた司令部のコンソール前でシステムの調整を行っているその人物は、先程顔合わせをしたばかりのふわふわボディの持ち主、経好である。
背後から這い寄る尚斗に気づいた様子はなく忙しなく手を動かしている経好、そしてスキップしそうな機嫌のよさで忍び寄る尚斗、もうすでに経好が不憫に思えてきた。
「おぉ、ヴェステック社の第六世代モデルですね。これ私も欲しいなぁって思ってたんですよ」
経好が操作するキーボードデスクの隣に置いていたカメラと思われる機材を手にとった尚斗が、何の前触れもなく背を向ける経好に声をかけた。
「いいだろ、こいつは今回がデビュー戦だ。解像度があがって暗所でもだいぶ画像が鮮明になってるぞ、それにタイムラグがないってのは最高だ、咽喉マイクと集音マイクで……って、か、神耶!てめぇいつの間にきやがった!馴れ馴れしくすんじゃねぇ!」
先ほどの顔合わせの際は尚斗を睨みつけるような敵意を露にしていたので、てっきり尚斗が嫌いそうなタイプの人間かと思っていたのだが……なかなかにいい反応を見せてくれる経好に美詞は悟ってしまう、彼が尚斗の「おもちゃ」足り得る存在であることを。
「いやぁ、せっかく久しぶりに会ったのですから挨拶にでもと思いましてね。にしても見事ですねぇ、今回の除霊の装備はあなたが?」
「あぁ、カメラ内臓ヘッドセットと通信機器だけじゃねぇ、除霊道具は俺が見積もって……ってそうじゃねぇ!てめぇと馴れ合う気はねーんだよ、犬は犬らしく大人しくお座りしてろや!」
「そんなっ!君まで私を犬なんて呼ぶんですね……あなたにはそんなこと言ってほしくなかったのですが悲しいですねぇヨヨヨ……」
「あ、すまねぇ……そんな気は……って騙されねーぞ!てめぇはそんなタマじゃねーだろうが!ってか依頼者を立たせたままにしてんじゃねーよ。まだ時間があんだろ、おい!すまねぇが人数分の椅子を準備してくれや」
尚斗と漫才を始めた経好だったが、尚斗の背後にいるクライアントに気が付きすぐに側に控えていた側近に指示を出す。
分かり易い人間だ、口は父親に似て乱暴だが根が素直すぎる。
すぐに動いた側近が持ってきた椅子に腰を下ろした宗近達も、二人のやり取りを生暖かい視線で見守っている。
「んで?なんで来たよ?挨拶なんて殊勝な態度に出るてめぇじゃねーだろうが」
「挨拶っていうのに間違いはありませんよ?久しぶりに会った同期ですからねぇ、挨拶の一つぐらいもしますよ。まぁそれだけではないですが」
「ほらみろ、その人を喰ったような腐った性格どうにかしやがれ。同期っつってもただ年が同じだけだろうが……で、本題はなんだ?」
経好が尚斗を忌々しそうに睨みつけるのはどうやら嫌悪や嫉妬や侮蔑といった感情からくるものではないみたいだ。
きっとただ自分をおちょくってくる尚斗が苦手なのだろう、そう思ってしまうと尚斗の隣で二人を眺めていた美詞はクスリと笑ってしまう。
「あん?なんだこの女。……そういや桜井の女を弟子にしたとか聞いたな。笑ってんじゃねーぞ?」
「あ、すみません。お二人は仲がいいんだなって思って」
「あんだとっ!こんな性根がヘドロ色の奴と仲良しにすんじゃねーぞコラッ!」
「えぇー、私は君と友人関係にあると思ってたのですが私の勘違いなんですか?悲しいですねぇ……」
「あ、いやそんな意味で言ったんじゃ……って、てめぇ!いい加減にしろや!さっさと本題に入りやがれ!」
美詞はついに肩を震わせるほどに笑いを堪えなければいけない事態に陥ってしまった。
こんな打てば響くどころかメロディーを奏でる人間、尚斗がおもちゃにしないわけがない。
「クックックッ、すみませんね。いや、君の弟君が気になりまして。私が存じ上げない方でしたから」
「あぁ?サダのことか?あいつはアメリカで修行してたからな、知らねぇーのは無理がねぇ。あんだァ?エクソシストが珍しいかよ」
「なるほど、彼はエクソシストなんですね。そりゃ珍しいですよ、日本に今エクソシストがどれほどいると思って。今回の除霊のために戻したのですか?」
「そうだ、親父の指示で一時的に帰国してるだけだ。あいつは今も修行中の身だからな、これが終わりゃ直ぐにアメリカにとんぼ返りだ」
尚斗に対する悪態はあまり長く続かないところもまた彼の性格が「悪くない」のを表しており、与えられた質問も淀みなく素直に答える姿は仲がいいと言われてもおかしくないように見える。
そんな経定の話題を話していたからだろうか、二人の会話に割り込む存在が。
「なんだ?俺の話をしていたのか?」
「おぅ、サダか。コイツがおまえの事気になるみてぇだ」
経好が親指で向ける先には尚斗と美詞、それを確認するや。
「君が俺に興味を持ってくれているのかな?嬉しいねぇ、どうだい?この後夜から食事でも。いくらでも俺のことを教えるが?」
一気に尚斗らまで距離を詰めてきた経定が話しかけたのは尚斗ではなく美詞。
美詞の手をとりいきなりアプローチを始めたが、どうやら尚斗の事は視界にすら入っていないようである。
「あ、そういうのはいいので。興味ありません私じゃありません触らないでください気持ち悪いです大嫌いです」
絶対零度の無表情で致命傷にもなりうるような拒絶の言葉を浴びせかけパシリと手を払う美詞、触られた手を取り出したハンカチで入念にふきふきしている徹底っぷり。
その態度に経定が呆然とした後、頭を抱え大げさに嘆き始めた。
「Holy shit!なんだってんだ!俺がなにをしたっ!なぜこんなにもボロクソ言われねぇといけないんだぁー!」
「そういうとこだろぅボケ」
どうやら弟は兄以上におもしろい人間のようだ。
しかし本来ならこんな暴力に近い言葉を投げかけられても美詞に逆上しないところを見ると、そこらのナンパ野郎よりは良識がある。
街中を歩いていると隣に尚斗がいようがお構いなしにナンパを敢行してくる猛者共も、美詞から完膚なきまでに拒絶されるといつも逆上して襲い掛かってくるのだ……尚斗が隣にいるにも関わらず。
そしてそのまま美詞に物理で叩きのめされるまでがワンセットなのだが、それを不憫に思った尚斗がナンパ野郎どものミジンコレベルの「男の矜持」を守ってあげるために、睨みをきかせボロボロにされる前に追い払うようになった。
それに比べ嘆き悲しんでいるだけとは、目の前の男はなんと平和なことだろうと尚斗もニッコリ。
手を消毒し終わったのか美詞が尚斗の腕に巻き付いてきた。
どうやら尚斗を盾にしているようだ。
「くそおお!てめぇが神耶だなぁ!悪魔祓いをしているらしいが俺が来たからにゃぁテメェの出番はねーぞ!」
「あ、はい。元から私の出番はありませんね。ただの護衛なので」
「あ、そうなんだ……。ってそうじゃねぇ!日本みたいな狭いとこで粋がってる悪魔祓いなんざたかが知れてる、井の中の蛙なんだよ!おれが現実ってもんを見せてやらぁ!」
「おおぉ!いい気概を見せますねぇ、アメリカで修行されているとか。どうですか?あっちでは実戦もされていたので?」
「当たり前だ!もう20体も祓ったぜ!師匠からも筋がいいと褒められて……ってだからそうじゃねぇ!調子狂うなてめぇ……」
いや、尚斗がどうこうというよりは逆にこの兄弟が話に乗せられやすいのが原因だと思うのだが……一同がそう感じたのは間違っていない。
「なるほど、もう悪魔祓いもされているのですね、素晴らしい!ちなみに師匠とはどなたでしょう?」
「ハミルトン神父だ。名前聞いたとこでどうせ知らねーだろうが」
「いいえ、存じておりますよ。ハミルトン神父とはバチカンの集会でご一緒したことがあります。彼は優れた指導者です、とても丁寧に導いてくださったでしょう?」
「ああ、師はとても素晴らしい方だ。俺が何度諦めかけても見捨てることなく支えてくださった……ってそんな話してんじゃねーんだよ!いいか神耶、てめぇもエクソシストの端くれならこの国で満足すんじゃねーぞ。この国はだめだ、悪魔の被害が少ないからと言ってなんの対策もとらねぇ。最近じゃ悪魔の被害はどの国でも広がってる、この国だけが例外ってわけにゃいかなくなってんだよ。おれは今回の事件、悪魔が絡んでると睨んでる。普通の怪異だなんだと眠てぇこと言ってるてめぇらとは違うんだ」
「お、いい事言いますねぇ。ほんと退魔師達も悪魔対策をしっかりしてくれるようになればいいんですが。怪異もグローバル化してきているというのに、旧体制のままの老人共は嘆かわしい限りです」
「ほんとそれな!おれが修行を終えたら日本にもエクソシストを広めるために……ってもういいんだよ!調子を狂わせてくんじゃねぇ!とにかくこれだけは言っとく!てめぇはお呼びじゃねーんだ、俺の華麗な除霊を指を咥えてみときなっ!」
先ほどの兄とのやり取りを蒔き直しているかの光景、後ろで椅子に座り眺めていた一同も「あぁ兄弟だなぁ」とほんわかした顔で観劇している。
「あ、はい。そうですね、除霊にお呼びじゃないのは元からで。私は護衛なので指を咥えて拝見いたします」
「ループしてんじゃねーか!」
尚斗の頭の中が透けて見える美詞、きっと新しい「おもちゃ二号」を見付けたとでも思っているのだろうとクスクス笑うのだった。
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