第169話

「おう、連れてきたぜ」


 兼平が集めた近衛家の面々、兼平の隣にはスーツ姿の少々小太りな男、そしてその隣には日本では珍しいキャソックに身を包んだカトリック聖職者と思える男、更にその後ろにはまるで軍隊かと思えるような野戦服で統一した退魔師一団。

 惣二郎はその一団を見て「本当に陰陽師の家系なのか?」と不思議がっているが尚斗も自信がなくなってきた。


「紹介するぞ、こいつが俺の息子達だ。次男の経好(つねよし)と三男の経定(つねさだ)だ。後ろにいるのはウチの実戦部隊よ。本来なら今後ともよろしくと言いたいとこだがまぁ、今回は顔を覚える程度で頼むわ」


 道臣も兼平も当主自ら乗り込み更には息子を連れてきているだけあって、よほど宗近と惣二郎との繋がりを欲しかったことだろう。

 しかし協会が「ヘマをやらかした」ために一歩引いた気遣いを見せてるあたり、やはりまだ常識のある当主達だ。


「ではこちらも紹介せねばな、改めて私の名は西園寺道臣、そして隣に居るのが息子の嗣季(つぐすえ)だ。同じく後ろに揃うのが当家の陰陽師隊だ」


 西園寺家と近衛家、両家共同じ数を揃えてきているあたり取り決めがあったのかもしれない。

 となると考えられるのが……


「あの……もしかして両家が除霊を競い合うつもりでした?更に何かしらのルールを設けたとか」


 両家当主が決まりの悪い表情に早変わり、更には二人とも同時にそっぽを向く。

 いかつい顔のいい歳をした男二人がそんなあざとい行動をしても何処にも需要はないというのに。


「近衛の」

「チッ……。勘の鋭いガキめ。そーだよ、除霊を成功させた方が今後の交渉優先権をってこった。まぁ忘れろ、今更な話だ」

「だから二家も来たんですね。どちらか一家でも十分な実力でしょうに……。ほんと協会もろくなことを考えない。申し訳ありませんが互いに協力なさって事に当たって下さいね?」

「わーってらぁ、うっせーぞ尚斗。政府の犬に成り下がって益々生意気になりやがった」


 二人のやり取りが少し気になったのか宗近が疑問を口にした。


「なにやら先ほどからお二人の仲が少し気になったのだが、元々知り合いだったのかな?」


 そう、尚斗が兼平を名前呼びしていたり、逆に兼平も尚斗を呼び捨てであることから初対面ではないのは明らか。

 尚斗の事を「政府の犬」と言ってる割にはその中に侮蔑の感情が含まれていないどころか尚斗が気にした様子もない。

 よくわからない関係の二人に疑問を感じてしまうのは当然かもしれなかった。


「兼平さんは父と仲が良かったのでその繋がりですね。私が協会から距離を置き政府に身を置いたことが気に入らないんですよ」

「ケッ!勝手に仲良しこよしにすんじゃねーぞ、あのいけ好かねぇ隆輝とは競い合う仲だ。このガキが政府に流れて気に入らねぇーのは確かだがよ」


 尚斗が政府側についたのは協会が尚斗を捨てたのが切欠だが兼平からすれば理由はどうだっていいのだろう、ただ協会を「裏切った」という気持ちが強いだけ。

 それでも兼平のこの態度は、口調は悪くともまだ柔らかい方なのだから実のところそこまで嫌っているという訳でもない、とある事情からただ拗ねているだけなのだ。

 むしろ尚斗が気安く話せている時点で押して知るべしといったところか。


「まぁそんな話なんざどうでもいいんだ。で?おれらは何処を除霊すればいいんだ?」


 兼平の質問に尚斗は一瞬言葉の意味を考えてみたが何かおかしい。


「えっと……除霊場所を聞いていないのですか?協会の方には伝えていたはずですが……」

「あん?……ったく、怠りやがったな」

「……はぁ。山内ですか。という事は、もしかして救出の件も聞いていない……とか?」


 嫌な予感がして確認をとってみると案の定……。


「救出ぅ?なんのこった?こちとら怪異の解決しか聞いてねーぞ」

「ええ、先日まではそうでした。二日前に事態が急転しまして、纐纈さんの息子さんが怪異と思われる存在に誘拐されてしまったのです」


 尚斗は二日前にあった出来事を説明した、山内と言う男は両家に対して何も説明してなかったことを見ると、一から説明した方がいいと思い事の発端から時系列順に説明することに。


「あんっのゴミカスがぁぁッ!バラシて海に撒いたろうかぁッ!」


 彼はもう協会に戻ることはできないだろう、よくても寿命を何年か失うことは確定で場合によればもう日の目を見れない可能性も出てきた。


「怒りは御尤もでしょうが、それよりもどうですか?怪異の退治と人質の救出、いきなりで対処できそうですか?」


 尚斗の言葉を受け当主同士が相談し出す。

 

「あぁ。ちょいと時間をくれ。プランを練り直す。西園寺のもそれでいいか?」

「うむ、こちらは問題ない。練り直すほどの作戦等持ち合わせてないのでな。やることは変わらん」


 どうやら西園寺家はゴリ押しで行けるだけの自信があるようだ。

 むしろ口に似合わない慎重さを持ち合わせた近衛家、彼らが準備している機材等から見てもシステマチックな戦略を組みなおす段取りが必要なのだろう。


 両家の面々達が、近衛家が構築した臨時仮設司令部と思われる一角まで下がって行く。

 すると今まで惣二郎の背後に隠れていた帆乃香がひょっこりと顔を出し尚斗に話しかけてきた。


「なんなのよあれ……怖すぎない?よく平気で話せるわね……」

「命を懸けた修羅場を潜って来た退魔師達ですからね、それなりの迫力はありますよ」

「でも神耶さんもそういった修羅場っていっぱい経験してきたんじゃないの?神耶さんはちっとも怖くないのに」

「それはそれでショックですけど、普段から威圧感を垂れ流していれば日本社会では浮いてしまいますので」


 そういう意味では方位家はやはりどこか浮世離れしているのだろう、あんな触れた物をすべて斬りつけそうなオーラを出していればコンビニで買い物すらできやしない。


「なんなら帆乃香ちゃん、神耶さんの怖いところ見てみる?」


 割って入った美詞の言葉に帆乃香がピクリと肩を跳ね上げる。


「えっ、え?神耶さんてこわいの?さっきの人達はすごかったけど……」

「帆乃香ちゃんが今どういう場にいるのかを知るためにも体験しておいていいと思うけど」


 等と美詞は言っているが、実のところ自分の大切な人が侮られるのに我慢がならないだけなのだ。

 そんな丸わかりな態度の美詞に尚斗はやれやれと首を横に振っているが、宗近と惣二郎を見てみるとなぜか頷いている。


「そうだな、なんだかんだで私は君が戦闘をしている所をまだ見たことがない。いい機会ではないかな」

「そうですね、護衛の強さの一端を知れる機会というならばぜひもありません」


 なぜかノリノリの二人にため息を吐く尚斗。


「はぁ……ちょっとだけですよ。彼らと同じ威圧感を出せばいいのかな……」


 眼鏡の奥の柔和な瞳が鋭いものへと切り替わると体から霊力が迸り出す。

 

「ぴっ!」


 一瞬でその眼力とオーラに呑まれてしまった帆乃香がぎゅっと惣二郎の上着を握りしめ震え出す。


「そしてもう一段階上、これ以上は大の大人でも腰が砕けるかもしれないので……」


 その上に殺気を籠めるとついに帆乃香は体から力が抜けその場にへたり込んでしまった。

 いわゆる「腰が抜けた」状態。


「おっと、加減が難しい。ナンパ野郎どもには遠慮なく使えるんだけどなぁ」


 美詞に群がるチャラいナンパ師達を、既にこの殺気で何度臨死体験させたかわからない。

 しかしそんな撃退用の殺気を一介の中学生に向けるには荷があまりにも勝ちすぎる。


「どぉ?こわかった?」


 美詞が手を差し伸べなんとか立つことは出来たが、未だに帆乃香の足は産まれたての小鹿のよう。

 声も出せず首を何度も縦に振る事で美詞への返事にした帆乃香も、人は見た目だけではないというのを理解できたことだろう。


「これが除霊現場の空気、危険と隣り合わせの命がけの戦場なんだよ?理解してくれた?」


 遊び半分の気持ちで除霊現場に付いてきたわけではない、弟のため、家族のために無我夢中であったことも認める。

 しかしこんな殺気や威圧が当たり前のように飛び交うような場所とは思ってもいなかった。

 そしてその中で自分はなんと脆い存在なのだろうということが分かってしまったのだ。


「ご、ごめんなさい……軽い気持ちでついてきちゃって……」


 顔を俯かせ涙を堪えるように声を絞り出した帆乃香、少しは自重してくれそうな雰囲気だ。


「いいんですよ、家族が心配であるのはわかりますので。なので無茶しないでくださいね?ここは危険な場所です、お父さんと八津波の傍を離れないように」

「……はい」


 根は素直なのだろう、聞き訳がなく頑固と思っていたが年のわりに己を省みることはできるみたいで安心した。


「なかなかすさまじいですな、冷や汗が出てきたよ」

「気を抜けば腰が抜けてましたね……あれで手加減してとは、本気が少々恐ろしい」


 宗近と惣二郎もやはり一般人、いくら社会の酸いも甘いも経験してきた猛者であっても荒事は別ということだろう。


「まぁこれで少しは怖いモノに耐性がつきましたかね?ちょっと向こうを覗きに行ってみましょうか」

「……え?」


 さっきまで怖がっていた人達のところに行くというのだからまた恐怖がぶり返してきそうな帆乃香であった。

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