第168話

「もう一度尋ねる、何をしておった?」


 西園寺家当主から発せられた気迫に気圧されたのか、それともイタズラが見つかった子供の心境か、山内という協会担当者はなかなか言葉を発せられずにいる。

 西園寺家の当主の隣には背が高く30代頃と思われる目つきの鋭い男が付き従っており、その後ろには一族の者達であろう二桁にのぼる退魔師が並んでいる。

 うん、こりゃ威圧感あるわと思った尚斗だが山内の姿が滑稽であったので助け船なんて出すわけもなく。

 ガクガクと震えている山内の代わりに答えたのは依頼主である宗近であった。


「うむ、そこの山内と名乗る者では話にならないようだ。そこの御仁、申し訳ないが貴方が話を進めてもらえるかな?私は今回被害の会ったこちらの纐纈君の代理で協会に依頼した者だ。名を桐生宗近と申す」


 宗近もこれ以上主導権を握られる訳にはいかないと思ったのか、少々高圧的な対応をとることにしたようだ。


「ふむ……承知した。私は今回の怪異に対処すべく呼ばれた西園寺道臣(さいおんじ みちたか)と申す。この者がなにやら声を荒げていたようであるが何があったかお教えいただけますかな?」

「いやなに、彼が私の雇った護衛にいきなり食って掛かってね。謂れのない誹りを受けていたのだよ」


 宗近の説明を聞いた道臣が、殺気を乗せているのではないかと疑うほどの鋭い目線でギロリと山内を睨みつける。


「真であるか?山内」


 腹の底からひねり出すような声に一層体を震わせる事態になった山内であったが、沈黙は更に事態を悪くすると考え懸命に声を絞り出そうとする。


「ご、ごかいです。わたしはそのようなことは……か、かみや……こいつが、こいつがわるいのです」


「神耶?む、誰かと思えば神耶家の倅ではないか。なぜここにいるかわからんがどういう事だ……」

「ご無沙汰してます西園寺殿。桐生殿と纐纈殿よりこの度護衛の依頼を受けましてね。どうやらそこの男は私がここにいるのが気に入らない様子で」


 そう道臣と尚斗が話をしていると、今度は更に後方よりもう一方の一族が姿を現し話に割って入って来た。


「おぅおぅ、どういう事だァ?なんでここに政府の犬が居やがる、説明しろや」


 口調が荒い、どこのチンピラだと言いたくなるような男。

 年は道臣よりも若く見えるが道臣が鋭い視線とするならこの男は目つきが悪い、言うならば「メンチを切る」や「ガンをつける」といった意図的に睨むような目線を作っているように見える。

 まぁ端的に言えばガラが悪い。


「こちらもお久しぶりの顔ですね。今、西園寺殿に説明したばかりですよ?タイミング悪いですねぇ、もうちょっと早く来てください」

「あぁん?あんだてめぇ、ガキのくせにいっちょまえに喧嘩売ってんのかァ?いいからさっさと説明しろや」

「相変わらず口が悪いですよ兼平さん、まずは自己紹介しましょうよ。桐生さん、こちら近衛家の当代当主であります近衛兼平(このえ かねひら)さんです。先ほど紹介いただいた西園寺殿と同じ護衆八方位家の一角になります。兼平さん、こちらは今回の依頼主である桐生殿と纐纈殿になります。で、私は御二方の護衛として今回雇われました。ご理解いただけましたか?」

「護衛だぁ?適当ぬかすんじゃねーぞ?てめぇがそんな理由で方位家の依頼に割り込んでくるかよ。粗方またなんかあったなァ?」

「お、そちらの察しの良さも相変わらずのようで安心しました。まぁ今回私が護衛として来たのにはもちろん理由がありましてね、桐生さん、説明をお願いしても?」


 経済界での初見の挨拶の場とは違い何もかもがぶっ飛んでいる流れに辟易としていた宗近であったが、尚斗から話を振られ今回の経緯を説明しだした。


「今回の怪異を依頼したところから説明しよう。こちらの纐纈君の会社で怪奇現象が発生し私が彼から相談を受けたのだよ。そして協会を通し以前より誼のあった神耶さんを指名して依頼をさせてもらったのだがね、そちらにいる山内と名乗る男が神耶さんは多忙で対応できないと言ってきたのだ。それで直接神耶さんに事実確認をとったところそんな連絡は来ていないと言うじゃないか。協会に騙された憤りはあったがまぁ私も一度協会に依頼をした身だ、怪異の対処はそちらに任せ神耶さんをいざという時の護衛として雇わせてもらったのだが……これでいいかな?」


 説明を静かに聞いていた道臣と兼平はギロリと山内を睨みつける。

 両側から睨みつけられた山内は正に蛇に睨まれた蛙、口をパクパクして呼吸すらままならない様子。


「ち、ちが……なにかの、まちがい……かみやの仕業にちがいない、わたしははめられたんだ」


 それでも尚斗憎しの言葉を紡げるだけ大いに間違った根性を見せる山内。


「近衛の」

「おぅ……オイ!このゴミカスを連れてけッ!二度と喋れねぇように顎の骨砕いとけや」


 道臣の合図に応じた兼平が部下に指示を出すと、震える山内が両側から引っ張られドナドナされていく。

 彼の処遇はあまりに物騒な兼平の指示によりこの先が心配になる……しかし言ってしまえば自業自得以外にない。


「チッ!あのヤロゥ、俺らをダシに使いやがってタダじゃおかねぇ、産まれてきた事後悔させてやらぁ」


 兼平の言葉から分かる通りどうやら山内の独断での犯行であったようだ、方位家を騙したのだから胸の前で十字を切りアーメンと祈るしかない。


「その様子ですとお二人とも桐生さんのおっしゃった件は御存じでなかったようですね。そちらではどういった経緯があったのですか?」

「アン?どうってことねーよ、あのゴミが桐生グループから依頼が入ったってーんで方位家を集めやがったんだ。誰が行くかで揉めたが結局抽選で決めた。ヤツが交渉役は自分が任されているからと付いてきやっがっただけだ」

「あぁ……ご愁傷様で。あの山内って男、老人達の差し金で?」

「だろうなァ。尚斗が功績挙げたってんで焦ったんだろうよ。今回の件は貸しにしとけ」

「すまなかったな神耶の倅よ。私の方からもあの害虫共に釘を刺しておこう」

「ハンッ!あのジジイ共がそんなんで大人しくなるタマかよ」


 そう、彼らが言う「害虫」や「ジジイ」とは協会を裏で操る古式派有力氏族である自称顧問を名乗る老人集団。

 【天星会】等と大層な名前を付けた集まりだが、実態はただの腐った政治家の天下り先のような肥溜めだ。

 陰謀と暗躍を好み、やっている事と言えば上からしなくてもいい指示を送り協会を引っ掻きまわし、協会と退魔師の衰退を加速させるだけの正に害悪と言っていい存在達。

 懐古主義者の多い方位家でさえその老人達の在り方には辟易している悩みのタネ。


「私の方はもうスカッとしたので問題ありませんよ。ただクライアントの信頼を裏切ったのです、そこはしっかり謝っていただきたい所ですね」

「む、確かにそうだな。この度は協会が不快な対応をしたこと謝罪しよう。申し訳ない」

「迷惑かけたな、仕事の方はしっかりやるからそれで許してくれや。後で協会からも謝罪させるよう手配しとく」

「うむ、蟠りが残ったままでは除霊にも影響が出ましょう。それに聞けば貴方達も被害者のようだ、今回の事は協会への貸しと言う事で流しましょう」

「たすかる」


 謝っているのかどうかわからない謝罪ではあるが、方位家にしてみればまだ常識的な範囲に収まる対応。

 西園寺家と近衛家もプライドが高い家柄であるためこのような態度だが、この当主達は根っからの悪人という訳でもない。

 想定していたよりも「当たり」の方位家が来てくれた幸運に胸をなでおろした尚斗であった。


「んじゃぁさっそく除霊にあたりたいんだが、その前に顔合わせが必要だろう。ちょっと待っててくれ」


 西園寺家の一族は既に集合しているが、近衛家の面々はなにやら大きなトレーラーのコンテナから様々な機材を出し、まるでイベント会場の敷設をしているかのように慌ただしく動いている。

 兼平の号令に従い一旦手を止め集合した面々を見れば、実に多くの人間が集まったものだと感心した。


「神耶さん、両家を合わせればかなりの人数になると思うのですが、こんなに必要なのですか?」


 除霊現場の立会など初めての惣二郎が尚斗に疑問を呈していた。


「ええ、多いですね。正直なところどちらか一方の家だけで十分だと思うのですが……まぁ一族単位で見ても多いのは体裁を保つためでもあるのでしょう。西園寺家ですと当主の隣にいらっしゃるのが次期当主ですが、そこいらの怪異なら彼一人ですべて解決するほどの実力者ですよ」


 尚斗と惣二郎の話を聞いていた宗近も気になったのか尚斗に尋ねてきた。


「そうなのかい?こういう言い方はよくないが神耶さんよりもすごいのかな?」

「ええ、彼は所謂天才です。私では到底敵いません。私は自分が一流に届かないのを自覚し様々な工夫をもってやり繰りしてますが、彼は正真正銘の一流陰陽師です。あ、ちなみに近衛家も陰陽師の家系になりますよ」

「なるほど、方位家の面目躍如というわけだね」


 尚斗が絶賛するほどの実力者が来ていることに、惣二郎も行き先が不安であった列車が無事除霊成功という終点にたどり着けそうな安心感を覚えるのであった。

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