第167話

 翌日の朝、ダイニングで纐纈家一同と食事を交わし終え食後のティータイムと洒落込みながら今日一日の予定を確認していた。


「では桐生さんはこちらにいらしてから一緒に行動されるんですね?」

「ええ、もうそろそろ到着するころかと。それでお二人……いえ、御三方にはお話していた通り、私と桐生先輩の護衛をお願いいたします。どうせ協会への依頼は今回限りとなりそうなので、あまり相手に気遣う必要もないでしょう。なんでしたら神耶さんも相手に嫌味の一つや二つプレゼントしてみてはどうです?」


 今回の依頼、本来ならば尚斗が指名依頼として対処する流れだったのだ、協会に文句の一個や百個漏らしたところで罰は当たらないだろう。

 どうせなにもしなくとも相手から罵声が飛んでくるのだから言葉の応酬になるのは目に見えている。


「で、問題は……」


 しれっと惣二郎の隣に座り話に加わっている帆乃香をちらりと見る。


「なによ、もちろん私も行くから」

「ですよねぇ」


 尚斗と惣二郎が諦めたかのように溜息を同時に吐いた。


「まぁ分かっていましたよ、それでお二人に準備したものがあります」


 昨晩遅くまで作っていた成果品、取り出したのは美詞も見るのがおなじみとなってしまった何時ぞやの御守り。


「霊障現場に赴くことになるので霊的防御があった方がいいかと思いまして。こちらをお持ちください。神様のご利益はありませんが、幽霊から物理的に守ってくれる御守りです」

「へぇ……いいのですか?」

「後からお金とったりしないでしょうね?」

「『護衛』という任務内のものになりますので別途頂いたりしませんよ。それに効果時間はせいぜい今日までの使い捨てです」


 霊能力者から物を買うとなるとそれなりの金額になる、それぐらいは一般人である二人にも分かるような事だが尚斗の説明により緊張は和らいだように見えた。


「なら有難く頂戴するわ、うっ……なにこれ目が痛くなりそう」


 遠慮なくぱっと取り上げた御守りを躊躇いもなく開封するという、できれば遠慮願いたい行為に出た帆乃香が中に入っていた紙きれを見て顔を顰めた。


「あぁ、御守りは無暗に開けるものじゃありませんよ?中に入っているのは守護術式を寝る間を惜しんで刻んだ護符なのでそれがないと困ります。ちゃんとしまってくださいね」

「もしかしてこれは神耶さんの手作りなのかい?」

「ええ、こういった物作りが趣味でして。元手は材料費ぐらいなのでお気になさらずお納めください」


 霊能力者とは多才だなと感心していた惣二郎であったが、世の退魔師達が聞けば「待て、勘違いするな」と焦る事請け合いだろう。

 もちろん誰でも出来る事ではない、大家ならば一人は抱えているであろう符製作者であっても、尚斗ほどのものはなかなか作り出せない。

 いや、一枚の符に真言、ルーンに聖言、果てには魔法陣までと様々な術式をモリモリに組み合わせて盛り付ける事が出来るのは恐らく尚斗だけなのだ。

 使い捨てとは言えとんでもない御守りをポッと渡されたと知れば……まさに知らぬが仏。


「それと帆乃香さんの護衛は八津波についてもらいましょうかね?」

「『なっ!我がかっ!?……止む得まい、心得た』」


 どうやら八津波はまだ帆乃香に苦手意識を持っているようだが拒絶しないあたりやはり人(?)がいいのは間違いない。

 一同が護衛に関して話を進めていると纐纈邸のチャイムが割り込んでくる。

 対応に出た使用人が連れてきたのは先ほど惣二郎が言っていた宗近であった。


「お邪魔するよ。神耶さん、先日ぶりだね。纐纈君、息子の件大丈夫かい?」


 惣二郎から連絡は行っていたのであろう、気遣った表情で見る宗近の声に惣二郎が眉尻を下げながらも答えた。


「ええ、大分落ち着きました。妻もベッドから出ることはまだ叶いませんが、気を少しは持ち直したようですし。どう転んでも今日が勝負ですね」

「桐生のおじい様、ご無沙汰してます。今日はどうぞよろしくお願いします」


 尚斗と美詞が驚き時が止まる。

 帆乃香が丁寧なのだ、付き合いはまだ一日だがこのような姿を見れるとは思っていなかった。


「おお、帆乃香ちゃんおはよう。よろしくとは……?もしかして一緒に来るのか!?」


 宗近が帆乃香の態度に驚いていないところを見ると普段からこのような接し方なのだろう、しかし帆乃香の言葉が指し示す意味を理解しそちらには驚いた顔を見せていた。


「はい、だって家族が誘拐されたんですよ?居ても立っても居られませんよ!」

「そう言って昨日も休んでいるじゃないか。先輩すみません、言っても聞かなくて……」

「あ、いや、私はただの野次馬だから構わないのだが……危険ではないのかね?」


「大丈夫です!このわんちゃんが守ってくれるみたいなので!」

「『はぁ……不本意ではあるがそういう事だ……』」

「まぁ彼女ならお留守番させても後からタクシーに乗って追っかけてきそうですから、連れて行ったほうがまだ守りやすいかと……」


 八津波と尚斗の「ほんとは連れて行きたくないんだけど……」という思いを前面に出した声にも帆乃香は動じる様子はなく。


「よくわかってるじゃない。てことでさっさと行きましょ」


 なぜか音頭を取り始める始末。


 今日は宗近が出してくれたバンで現地に赴くとのこと、そう言えば以前運転手がついていると言っていたが、今日の運転も会社からその運転手を連れてきたみたいだ。

 昨日とまったく同じルートを辿り現地に到着するとまだ時間前であるためか協会の人間は到着していない。

 彼らには依頼主よりも前に来て準備しておくという殊勝な心掛けはない。

 きっとよくても時間ピッタリか少々遅れるはずだと予想していたがその通りで笑いが出てきそうになる。


「まぁ時間前行動程度でどうこう言うこともないさ。私達の世界でもよくあることだからね。昔は下の者が10分前には来て直立不動で待っているのが当たり前等と言っておったが、今では逆に早く来すぎるのも相手に失礼と言った風潮があるほどだ、これも時代の変化かね」


 そう言う宗近にも過去経験があったのだろう、本社社屋前で待機中そんな話題に花を咲かせていると数台の車が敷地内を通りこちらにやってくるのが見えた。

 車列の中にはなんと、かなり大型のトレーラーまで見える。

 一体どれだけの人員を連れてきたんだと不思議に思っていると、その車列はなぜか社屋前で二手に分かれ停車したではないか。

 そのような意味不明な行動も車から降りてくる人間達を見て、尚斗は納得がいきボソリと二人に情報を提供する。


「どうやら協会は2つの勢力を連れてきたみたいですね。どちらも護衆八方位家と言い、退魔師家系の中では天皇家を守護するトップに君臨する家柄達です」

「なに?神耶さんが言っていた方位家が本当にやってきたのか……しかも二家も」

「誰を手配するかで揉めて収拾がつかなくなったのかもしれません」


 人がぞろぞろと降りてくる中、一人の男がこちらを確認し慌てたように駆け寄って来た。

 依頼主である二人に挨拶でもしに来たのかと思ったのだが、どうやら憤怒の表情を浮かべる様子からそうは思えない。


「か、神耶!なぜ貴様がここにいる!!」


 等と依頼主を前に一体なにをほざいているのか。

 

「どなたかは存じませんが依頼主を前にして何眠たい事を抜かしているのですか?それともそれが協会流の挨拶だとでも?小学生でも礼節を弁えられますよ?もう一度義務教育から受け直してくることをお勧めします」

「なんだとこの出来損ないが!私に向かっての暴言許さんぞ!私が受けた依頼に割り込みおって、今すぐここから立ち去れ!」

「おお、あなたが担当者でしたか。盗人猛々しいという言葉を送って差し上げましょう。生憎私もこの御二方から依頼を受けている身なのであなたの戯言に応じる訳にはいきませんねぇ」

「な、なんだとっ!!」


 初っ端から全開の応酬、尚斗が惣二郎と宗近から依頼を受けていると聞き目の前の男は驚愕を露にしているが、そもそも依頼を掠めとったのは協会側なのだ、恐らくだがそれを行ったのは目の前の男なのだろう。


「いいかな?依頼主を他所に挨拶もなく私の護衛に暴言を撒き散らすとは君は一体なんなのだね?」


 宗近が間に入り目の前の男を責め立てる。

 さすがに依頼主が苛ついている事に遅まきながら気づいたのか慌てて繕い始めた。


「……日本怪異対策退魔協会より参りました山内と申します。なぜここに神耶家の出来損ないがいるのかを説明願いたい」


 全然繕えていない……どころかとても社会人の挨拶とは思えない尊大で太々しく謝罪のひとつも寄越さず、更には依頼主を問い詰めだすとんでもない行動。

 この態度にあきれ果てた宗近であったが、恐らくこちらがそれを指摘しても相手は言葉が通じない未確認生物のようなもの、とりあえずは叱責の言葉でも送るかと思っていた矢先、後続の人間達が山内の後ろまで迫り言葉を発したことにより気勢が削がれてしまった。


「どうした山内、なぜ依頼主を前に声を荒げておる」


 髭を蓄えた老年に差し掛かる目つきの鋭い男、今回の実働班として招集された二家の内の一つ、西園寺家の当主の姿があった。

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